Episode.15 黒狼の牙、迫る罠
◆ 公開処刑 ― 罠の舞台 ◆
夜のミッドウェル街――。
かつて笑い声が溢れ、冒険者たちの活気に満ちていた中央広場は、今や別世界のような姿へと変貌していた。
石畳は帝国兵の靴音に踏み荒らされ、かつての露店は押し潰されて瓦礫と化し、その上には黒狼騎士団の旗が突き立てられている。松明の炎が不気味に揺れ、血のような赤い光を市街に投げかけていた。
民衆は兵士の槍に追い立てられ、否応なく広場に押し込められていた。
泣き叫ぶ子供の声、恐怖で嗚咽を漏らす老人、怒りに震えながらも手を握り潰すしかできない男たち――誰もが帝国の圧政を前に声を奪われていた。
中央にそびえる処刑台。
そこには、鎖に磔にされた壮年の戦士の姿があった。
――グラウス・エルンスト。
ミッドウェル支部を束ねるギルドマスターにして、かつて勇者と共に戦った歴戦の男。
白髪交じりの髭は血に濡れ、逞しい体躯には拷問の傷跡が刻まれていた。
しかし、その眼光は折れていなかった。
むしろ死を前にしてなお、瞳は鋼のように燃え、広場に集まる民衆を睨み返すように光っていた。
「……帝国の犬ども……!」
掠れた声で吠える。
「ネルフィを……この街の希望を……決して渡さん! 俺の命など、くれてやる!」
その叫びに、民衆は涙を流した。
「ギルドマスター!」「やめてくれ!」
母親が幼子を抱きしめ、老兵が歯を食いしばって膝をつく。
だが、処刑台に佇む女は冷笑を崩さない。
副長――エリシア・ドゥーラン。
長い銀髪を風に揺らし、獅子を模した仮面の奥から冷たい光を放つ。
「英雄気取りの老いぼれが……人々の心にどれほど影響を与えてきたか、私たちは知っているわ」
彼女の声は甘やかに響きながらも、冷酷そのものだった。
「だからこそ、ここで見せしめにする。民衆の前で屈辱を与え、希望を無力に変える……それが、この処刑の本当の意味よ」
彼女が指を鳴らすと、黒狼騎士団の兵が一斉に前へ進み出る。
漆黒の鎧に包まれた巨躯、赤く光る仮面の眼孔。
圧倒的な威圧感が広場を覆い、市民は息を呑んだ。
処刑人が前に進む。
筋骨隆々の男が巨大な大斧を肩に担ぎ、その刃を月明かりに反射させる。
鋼の斧が掲げられるたび、民衆は怯え、すすり泣きが響いた。
グラウスはなおも叫ぶ。
「俺は……ネルフィの両親と誓った……! あの子を……必ず守ると! ここで死んでも、その意志は受け継がれる……!」
エリシアの口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「……誇り高い最後の言葉。だが残念ね――それも無意味に終わる」
彼女は処刑人に目配せした。
大斧が高々と掲げられ、鋼の光が夜を裂く。
広場全体が凍り付くような沈黙に包まれ、市民の心臓が一斉に止まったかのような錯覚が走った。
――刃が落ちる寸前。
夜空には、誰も知らない「もう一つの作戦」が動いていた。
◆◇◆◇
◆ 作戦発動 ― ステルスドローン潜入 ◆
処刑人の大斧が振り下ろされる、その刹那。
夜空の高み――。
そこには誰も気づかぬ影が舞っていた。
音を殺し、光を屈折させ、存在そのものを消すように飛翔する無数の小型機械。
ネルフィがエリュシオン=ネクサスの技術と自らの錬金術を融合させて生み出した、最新鋭の「ステルス転移ドローン群」だった。
それはまるで夜の鳥の群れのように散開し、処刑台を中心にして静かに舞い降りていく。
人々の頭上をすり抜け、兵士の槍先をすり抜け、結界すら気づかぬままに通過する。
――ネルフィの設計思想はただ一つ。
「気づかれる前に、人質を救う」
アウルディーン=ネクサスの管制室。
無数のモニターに処刑台と広場の映像が投影されている。
ネルフィは椅子に浅く腰掛け、両手を忙しく動かしながら次々と魔術式を入力していた。
額には玉の汗、しかしその瞳には怯えではなく、鋭い集中の光が宿っていた。
「……民衆の座標固定、完了。結界の位相は……あと3秒で突破できる!」
傍らで黒猫のアルスが低く呟く。
「ネルフィ様、時間は限界です。処刑人の刃が振り下ろされれば……」
「分かってる!」
ネルフィの声は震えず、むしろ仲間たちの鼓動を束ねるように強かった。
リュシェルの声が通信に響く。
《ネル……必ず救って。ギルドマスターは、この街にとってもあなたにとっても大切な人よ!》
ネルフィは頷き、端末に手を置いた。
「……だから絶対に失わせない。もう誰も!」
ドローン群は処刑台の足元に淡い光を刻む。
円形の魔法陣が地に広がり、鎖に縛られたグラウスの足元に蒼白い光が滲み出す。
同時に、観衆の中にも小さな光輪がひとつ、またひとつと咲いていく。
それは泣き叫ぶ母子の足元、恐怖に震える老人の杖の下、青年が握りしめた拳の影に――誰にも気づかれず、静かに展開されていった。
ネルフィの声が管制室に響く。
「転移座標、固定完了。エネルギー充填――」
鼓動が一瞬止まったかのような張り詰めた空気。
その瞬間、処刑人が大斧を振り下ろす。
ネルフィが叫ぶ。
「今だッ――発動!」
操作盤を叩いた瞬間、ドローン群が一斉に光を放った。
眩い蒼光が広場全体を走り抜け、人々を包み込む。
鎖は一瞬で解かれ、グラウスの全身を救済の光が覆う。
同時に、市民たちの姿が次々と消えていった。
「なっ……!?」
処刑人の斧は虚しく空を斬り、処刑台の木材を粉砕した。
爆ぜる木片と共に、そこには誰一人として残っていない。
広場を満たしていたはずの民衆の姿が、一瞬で蒼光と共に掻き消えたのだ。
残されたのは、風に揺れる残光と、呆然と立ち尽くす帝国兵だけ。
副長エリシアが仮面の奥で目を見開く。
「……転移……!? この規模を一度に……!? ありえない……!」
だが、それは現実だった。
ネルフィの知恵と仲間の連携、そしてアウルディーン=ネクサスの力が実現させた奇跡。
その瞬間、夜空に轟音が走った。
広場全体が振動し、上空に巨大な光紋が描かれていく。
――次の瞬間。
蒼白い輝きの中から、天空の
◆◇◆◇
◆ ネクサス転移 ― 天空の要塞の降臨 ◆
静寂を裂くように、夜空そのものが震えた。
広場に立つ帝国兵や黒狼騎士団の眼前で、空に巨大な魔法陣が描かれていく。
幾重もの円環が組み合わされ、古代文字が輝きを帯びて浮かび上がる。
その紋章は都市を覆い尽くすほど巨大であり、誰もが息を呑んだ。
「な、なんだ……!?」
「空が……裂けていく……!」
兵たちが狼狽する間にも、魔法陣の中心から蒼白い光が奔流のように降り注ぐ。
やがて、その輝きの中から――巨大な影が現れた。
雲を裂き、夜空を切り開いて姿を現すのは、空に浮かぶ都市。
幾千もの塔と回路が輝き、青白い障壁を纏った巨大要塞。
《アウルディーン=ネクサス》
それはただの都市ではない。
古代の遺産と現代の技術、そしてネルフィの意志が融合した、天空に浮かぶ砦そのものだった。
轟音と共に、要塞の外壁がせり出し、無数の砲門が展開する。
金属の咆哮のような低音が夜空を震わせ、全ての視線がそこに釘付けになった。
「馬鹿な……! 都市ごと……転移してきただと!?」
処刑台の上で、黒狼騎士団長ラドクリフが赤い瞳を燃やし、獰猛な声を漏らす。
「……小娘……ここまでの規格外を……!」
彼の声には驚愕と、ほんの僅かな愉悦が混ざっていた。
「面白い。ならば叩き潰す価値もある……!」
だが、その瞬間、広場全体にネルフィの声が響いた。
ネクサスの通信システムを通じ、堂々と放たれる声。
「――もう誰も犠牲にさせない!
ここからは、私たち《アウルディーン工房》が相手をする!」
その声は幼い少女のものだった。
だが、そこには揺るぎない決意と、仲間すべてを背負う強さが宿っていた。
市民を失った処刑場は、もはや意味を成さない。
黒狼騎士団の威光を示すはずの舞台は、一瞬にして逆転した。
空に浮かぶ要塞は、民にとって希望の光。
だが帝国にとっては――脅威そのもの。
「……やはりネルフィ・アウルディーン……お前はただの小娘ではないな」
副長エリシアが吐き捨てるように呟く。
「けれど……覚悟しなさい。黒狼は必ず獲物を噛み砕く」
だがネルフィは臆せず、仲間たちへと告げた。
「全員、出撃準備! 街を、仲間を、この手で守る!」
アウルディーン=ネクサスの艦首ハッチが開き、光の通路が戦場へと伸びていく。
次の瞬間――仲間たちが一斉に飛び出した。
◆◇◆◇
◆ 突撃 ― 新たなる兵器と仲間たち ◆
アウルディーン=ネクサスの艦首ハッチが開いた瞬間、蒼白い光の奔流が地上へと走った。
光の通路が処刑場へと架けられ、戦場と要塞を繋ぐ架け橋となる。
そこから――仲間たちが次々と飛び出した。
榊が先陣を切る。
新改良された
漆黒の刃が閃くたび、黒狼兵の鎧が斬り裂かれ、地に伏す。
「退けぇぇぇッ!」
鬼気迫る咆哮と共に、榊の姿はまさに一人で千を斬る修羅だった。
続くはレオン。
ネルフィが調整した《瘴気共鳴剣》が赤黒い光を放ち、彼の剣筋に呼応して唸る。
「ネルフィには触れさせない!」
振り抜いた瞬間、地面が割れ、炎を纏った黒狼兵ごと薙ぎ払われた。
瘴気の力は彼を蝕むものであるはずなのに、その刃先には「守る意志」という純粋な光が宿っていた。
リルは狼の巨体を地に叩きつけ、背部から展開された砲門を一斉に開放。
「――全砲撃、解放ッ!」
雨のように降り注ぐ砲弾が広場を震わせ、敵陣を爆炎で飲み込む。
火花と土煙の中、リルの咆哮が雷鳴のように響いた。
その背後ではセレナが結界を張り、市民避難路を守る。
リーは拳で黒狼兵を吹き飛ばし、ユリウスは軽妙な挑発と魔術で敵を翻弄。
双子のレイナとエレナは舞うように連携し、治癒と攻撃を同時に繰り出す。
リュミエールの幽玄な光が味方の心を安らげ、恐怖を払う。
そして――上空から影が落ちる。
ネルフィが操縦席に座り、自らの発明を投下した。
それはエリュシオン=ネクサスの試練で戦った存在を改造した、三体の機械魔獣。
《アイアン・レギオス》
獅子型機械魔獣。振動波を纏った咆哮で地面を砕き、敵陣を粉砕する。
《エコーズ・アーマメント》
幻影兵団を模倣する兵団型。影の分身を放ち、敵同士を錯乱させる。
《セラフ・ディフェンサー》
氷と炎の翼を持つ飛行型。空から冷気と熱流を撒き散らし、戦場を封鎖する。
「これが――私たちの切り札!」
ネルフィの声が広場全体に轟いた。
黒狼騎士団が一瞬ひるむ。
敵兵たちは思わず後退し、隊列が乱れる。
だが、ネルフィはそこに畳みかけた。
自身もまた、即席で組み上げた最新兵装を展開する。
《アルケミック・キャノンブレード》。
銃剣から大剣へと変形し、さらに砲口からは錬金魔導砲が解き放たれる。
「もう一人も奪わせない!」
光が奔り、黒狼騎士団の陣列を吹き飛ばす。
榊とレオンがその両脇を守り、リルとラムが後方を支え、アカとシロが急所をマーキング。
仲間のすべてが一つとなり、戦場は完全に逆転していった。
処刑場を覆っていた絶望は消え去り、代わりに「希望の光」が立ち上がっていた。
◆◇◆◇
◆ ネルフィの大活躍 ◆
戦場の喧噪のただ中、最年少の少女――ネルフィ・アウルディーンは堂々と前に進んでいた。
彼女の手に握られた《アルケミック・キャノンブレード》は、剣であり砲であり、錬金の叡智を凝縮した象徴。
その小さな背中からは、もはや「天才少女」ではなく「仲間の未来を背負う英雄」としての光が溢れていた。
「榊さん、右側の列を抑えて! レオンは私と前に!」
「了解だ!」榊の刀閃が疾風のように走り、
「任せろ、ネルフィ!」レオンの瘴気剣が赤黒く輝いた。
ネルフィは二人の刃の間に身を置き、即座に装置を変形させる。
銃口が展開し、魔導触媒が回転。
「――連射モード、アルケミック・バースト!」
放たれた光弾の雨が敵兵を穿ち、爆散させる。
その一撃は小さな少女の腕力ではなく、彼女の知恵と技術が生み出した「未来の兵器」だった。
背後から迫る黒狼兵を、ラムが体当たりで吹き飛ばし、
「ぷるるんパンチ!」
アカとシロが同時に跳び回り、敵の急所を閃光でマーキングする。
「ここにゃ!」「ピカピカにゃ!」
ネルフィはすぐさま狙いを定め、砲撃を叩き込んだ。
閃光と爆炎が重なり、敵列が一気に崩れる。
その姿に、広場の遠くで隠れていた市民の誰もが目を見張った。
かつてこの街を救った少女が、いまや天空の要塞を背負い、仲間たちと共に戦場を支配している――。
人々の胸に「奇跡」を見るような感情が広がっていった。
エリシア副長はその光景に舌打ちをした。
「……小娘が。子供のくせに、この舞台を奪うつもりか」
だが彼女の目には、もはや勝利を確信した余裕はなかった。
さらに戦場を震わせたのは、ネルフィの即興兵装。
地面に触れた触媒を一瞬で変換し、即席の《魔導杭砲》を生成。
「設置完了――発射!」
杭が地面を貫き、結界を無理やり固定。
黒狼兵の退路を封じ、その場を戦場ごと閉じ込めてしまった。
「……見たか? あれがアウルディーンの娘だ……!」
救出された市民の間から、涙混じりの歓声が広がっていく。
「英雄だ!」「街を取り戻せる!」
ネルフィはその声を背に、仲間たちと並び立ち、キャノンブレードを振り上げた。
「――私たちは、誰も犠牲にさせない! ここで未来を掴むんだ!」
その叫びは仲間の力を束ね、市民の心を奮い立たせ、そして帝国の黒狼騎士団の威容すら揺るがした。
ネルフィは、確かに戦場の中心で「光」となっていた。
◆◇◆◇
◆ 黒狼騎士団の撤退 ◆
広場を覆っていた轟音と閃光が一瞬鎮まり、代わりに残響のような金属音と焦げた匂いだけが残った。
瓦礫の上に立つアウルディーン工房の仲間たちは、肩で息をしながらも決して退かなかった。
その中心にいるネルフィはまだ幼い少女でありながら、大剣へと変形したキャノンブレードをしっかりと握りしめ、真っ直ぐに敵を睨んでいた。
「……これ以上、私たちに触れさせない」
その言葉は小さな声だったが、戦場に残る誰もが聞き取れた。
しかし次の瞬間、空気を切り裂くように獰猛な気配が広がった。
黒狼騎士団長――ラドクリフ・ガルザートが、血煙の中から現れたのだ。
漆黒の鎧に赤い眼光、黒狼の咆哮を思わせる殺気。
彼の一歩一歩に、砕けた石畳が軋み、兵たちが思わず後ずさる。
「……小娘。これが貴様の“力”か」
低く唸るような声。
その声には怒りではなく、むしろ獲物を吟味する獣の冷酷な興味があった。
ネルフィは一瞬、背筋を凍らせた。だが震える膝を押し止め、剣を構える。
榊が前に出て鬼哭を抜き、レオンもまた瘴気の剣を構えて彼女を庇った。
ラドクリフはその姿を見ても嗤うことはなかった。ただ仮面の奥で赤い瞳を燃やし、静かに剣を抜いた。
「……だが今は、刃を交える時ではない」
次の瞬間、彼は天へ向かって雄叫びを放った。
「黒狼咆哮波――!」
衝撃波が広場全体を覆い、崩れかけた建物がさらに砕け散る。
その轟きと振動に紛れて、黒狼騎士団は一斉に後退を開始した。
副長エリシアが民の残光を睨みながら合図を飛ばし、十二牙将が次々と影に消えていく。
「……退くのか!?」「くそ、まだ戦えるのに!」
帝国兵の中には動揺する声もあったが、ラドクリフの威圧に逆らう者はいなかった。
最後に振り返った団長は、ネルフィとレオンの姿をしっかりと見据える。
「――“銀狼に近しき者”よ。次は必ず、その血を討つ」
重い咆哮の余韻を残し、黒狼騎士団は闇の中へと消えていった。
その撤退は敗北ではなく、次なる決戦を約束する宣言であり、戦場に残された者たちの胸に重い影を落とした。
だが、同時に――。
彼らが去ったことで、広場には無事救出された市民と、解き放たれたギルドマスターの姿があった。
民は涙を流し、互いに抱き合い、ネルフィたちへ向けて声を上げた。
「ありがとう!」「街を救ってくれた!」
ネルフィは剣を下ろし、息を切らしながらも小さく笑った。
「……よかった。誰も……犠牲にならなかった」
その言葉は、工房の仲間たちにとっても、市民にとっても、最大の勝利の証だった。
◆◇◆◇
◆ 復興 ― 規格外の奇跡 ◆
戦場に漂っていた血と煙の匂いが、次第に静まり始めた。
黒狼騎士団が去った後に残されたのは、瓦礫と炎に覆われたミッドウェル街の惨状。
だが人々は絶望してはいなかった。
なぜなら、広場の中心にネルフィが立っていたからだ。
彼女は胸の奥で決意を燃やし、腰のポーチから無数の小型ドローンを解き放った。
「修復プログラム、全機展開――街を立て直す!」
瞬間、青白い光を帯びたドローン群が一斉に飛翔した。
瓦礫をスキャンし、崩れた壁や柱を分子単位で分解。
そして即席の魔導建材として再構築し、家々を積み木のように再生していく。
「おお……!」「家が……甦っていく……!」
市民の口から驚きの声が次々に漏れた。
壊れた井戸には配水ドローンが降下し、地脈を繋ぎ直す。
詰まった水路が解放され、清らかな水が再び流れ出した。
市場跡には仮設の調理機構が並び、保存食が次々と配布されていく。
倒壊寸前の学校には補強フレームが組み込まれ、子どもたちが笑顔で走り回れる空間へと変わった。
榊は腕を組み、無骨な顔で呟いた。
「……戦うだけじゃねぇ。こうして守ることも……俺たちの役目か」
レオンは肩を負傷しながらも、瓦礫をどかしてドローンの作業を手伝っていた。
「ネルフィ……お前の力は、本当に人を救えるんだな」
その赤い瞳には、誇りと愛情が隠し切れずに輝いていた。
子どもを抱いた母親が涙ながらにネルフィへ駆け寄る。
「ありがとう……ありがとう……! 工房は私たちを見捨てなかった!」
ネルフィは頷き、小さな手を握り返した。
「……約束だから。絶対に守るって、決めてたから」
そして――。
ギルドマスター・グラウスが、傷だらけの身体を引きずりながらも堂々と立ち上がった。
彼は瓦礫を背にし、復興の光に包まれる街を見渡して静かに呟いた。
「……リュシアよ。お前の娘は……確かに、お前を超える存在となった」
その声は誰に向けられるでもなく、夜明け前の空へと響いた。
空には、雲を裂くように朝日が昇る。
光は街を覆い、焼け焦げた建物も、人々の疲れた顔も、すべてを黄金に染めていった。
瓦礫と炎に覆われたはずのミッドウェル街は、わずか一晩のうちに甦り、再び息を吹き返した。
それは人智を超えた奇跡。
だが同時に――ネルフィとアウルディーン工房にとっては、「家族を守る」という当たり前の行動でもあった。
その姿に、市民はもう一度確信する。
――自分たちの英雄は、この街にいるのだと。
◆◇◆◇
◆ 灯火の継承 ◆
夜明け。
ミッドウェル街を包んでいた黒い煙は、朝日と共にゆっくりと晴れていった。
瓦礫の山は修復ドローンの手によって姿を変え、家々は再び立ち並び、広場にはかつての賑わいを思わせる光景が甦っていた。
市民たちは互いに抱き合い、涙を流しながら声を上げる。
「……工房が、救ってくれた!」
「もう一度、生きていける!」
その叫びはやがて波紋のように広がり、街全体を包む大合唱となった。
その中心に立つネルフィは、白衣の袖を握り締めながら朝空を見上げた。
胸の奥に宿る熱は、恐怖や不安ではない。
仲間を信じ、街を救えたという誇りと決意だった。
レオンがそっと彼女の隣に立つ。
赤い瞳は朝焼けに照らされ、柔らかに輝いていた。
「ネルフィ……お前は、この街の英雄だ」
ネルフィは小さく首を振る。
「……違う。私一人じゃ何もできない。みんながいたから、ここまで来られたんだよ」
その言葉に、榊が腕を組んで笑みを浮かべる。
「ふん、相変わらず謙虚なお嬢さんだ。だがその背中を見て、誰もが動いたのも事実だぜ」
リルは狼の眼を細め、静かに咆哮を上げた。
アカとシロはネルフィの足元をくるくる回り、
「ネルフィちゃん大好きにゃ!」
「これからも一緒に守るにゃ!」と跳ね回る。
ラムは身体を大きく膨らませ、「ぷるるんっ」と弾けるような声を上げた。
「街も、人も……みんな守った! ネルフィのおかげ!」
その光景に、市民たちはさらに涙を溢れさせた。
そして――。
ギルドマスター・グラウス・エルンストが、傷を負いながらも堂々と立ち上がった。
彼は杖代わりの剣を突き、広場に集まった市民に向けて声を張る。
「皆の者、聞け! この街を救ったのは――ネルフィ・アウルディーンと、その仲間たちだ!
彼女こそ……アウルディーンの名を継ぐ真の工房主にして、我らが未来の灯火である!」
その宣言に、市民たちは一斉に歓声を上げた。
「アウルディーン工房万歳!」
「ネルフィ様!」
「英雄工房!」
涙で滲む視界の中、ネルフィはただ一言を呟いた。
「……母さん、見てて。私はちゃんと……未来を継げたよ」
その声は風に乗り、昇る朝日の中で遠くまで響いた。
街に集まった人々はその灯火を胸に刻み、二度と消えない誓いを共有した。
――たとえ帝国が迫ろうとも。
――黒狼騎士団が牙を剥こうとも。
彼らには、この街と工房と未来を守る「灯火」がある。
それは小さな少女が掲げた誓いであり、仲間たちが共に燃やす炎。
その炎は、やがて大陸全土を照らす光へと広がっていくのだった。
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