Episode.12 転移の決断、古代遺跡都市へ

◆ 崩壊する街 ◆


ミッドウェル街は、すでに地獄そのものと化していた。

赤牙(レッドファング)の放火は通りという通りを炎に変え、黒鴉団の影は人混みを裂きながら市民を襲い、黒爪派職員の裏切りは街の防衛網を内側から崩壊させていた。


さらに、帝国が送り込んだ密偵たちは市民の不安を巧みに煽り、恐怖を怒号へと変えていく。

「逃げろ! 魔獣が来るぞ!」

「ギルドはもう駄目だ! 工房が狙われている!」

偽りの声が広場に響くたび、人々は雪崩のように路地へ押し寄せ、互いにぶつかり倒れ、炎と血の中で混乱を拡大させていった。


瓦礫と化した家屋の隙間からは泣き叫ぶ子どもの声が上がり、炎に飲まれた店からは煙を吐きながら崩れる屋根が轟音を立てる。

人々の絶叫と獣の咆哮、そして炎の爆ぜる音が入り混じり、もはやこの街が文明の営みを保っていた痕跡は消え去りつつあった。


黒猫のアルスがネルフィの肩に飛び乗り、鋭い声を放つ。

「ネルフィ様、街の耐久限界まであと数時間……このままでは全壊します!」


その言葉にネルフィの心臓が大きく脈打つ。

胸を押し潰すような不安と、背筋を刺すような冷気。

しかし彼女は震える手をぎゅっと握りしめ、仲間の前に一歩踏み出した。


「……守る。工房も、仲間も――そして、この街も!」


十歳の少女とは思えぬ言葉の強さに、荒れ狂う炎の中でも確かな意志が宿る。

その背に仲間たちの視線が集まり、誰もが一瞬、崩れゆく街の喧噪を忘れるほどの決意の光を見た。


だがその時、遠くから轟音が響いた。

帝国の戦術兵器の爆炎か、あるいは裏社会が仕掛けたさらなる罠か。

辺境の街は最期の悲鳴を上げるように揺れ、暗雲に閉ざされた夜空を、赤と黒の光が交互に照らしていた。




◆◇◆◇


◆ 母の遺産 ― 転移装置ゲート ◆


ゼルダンが荒々しく扉を開き、汗に濡れた顔で叫んだ。

「ネルフィ嬢、帝国の包囲網が迫ってる! 裏通りも、港も、全部塞がれていやがる……もたねぇぞ!」


その報せに仲間たちの表情が強張る。だがネルフィは小さく頷き、迷いなく工房の最奥へと仲間を導いた。そこは普段は固く封鎖され、限られた者しか立ち入れぬ“禁じられた区画”だった。


重厚な扉を開けた先――そこには、異様な光景が広がっていた。

壁一面を覆う複雑怪奇な魔導回路、床下を走る銀色の導線、そして天井まで届く巨大な水晶柱。その中心に鎮座していたのは、古代文明が遺した転移装置ゲート


ただの機械ではなかった。柱からは淡い蒼光が脈打つように漏れ出し、空気そのものが振動している。部屋に入った瞬間、仲間たちは誰もが息を呑んだ。まるで「空間そのものが呼吸している」かのようだった。


ネルフィは震える指で装置に触れた。その感触は冷たくも、どこか懐かしい。

「……母が残してくれた“遺産”……。これなら工房ごと、街から脱出できる」


アルスが黒猫の姿のまま、低く呟いた。

「この構造……ただの転移装置ではありませんね。空間座標を拡張し、巨大建造物ごと転送可能な規模……。まさしく古代文明の秘匿技術」


ネルフィは深く頷き、胸元から一つの銀鍵を取り出した。小さな鍵の中央には、蒼き宝石が埋め込まれており、微かな光を放っていた。

「――《古代の鍵》と転移装置ゲート。母、リュシアが私に託したもの。座標は……古代遺跡都市」


その名を聞いた瞬間、仲間たちの間にざわめきが走る。

忘れられた神殿、機械仕掛けの塔、結界の残滓に覆われた秘境――長い年月、伝承の中でしか語られなかった都市。帝国ですら座標を掴めていないと噂される、秘匿の地。


マリウスがにやりと口角を上げる。

「いいね……全部準備は整ってる。残りは君がスイッチを押すだけさ、ネルフィ」


榊は刀を抜き放ち、背を預ける覚悟を言葉にした。

「お嬢、背中は俺に任せろ。斬るべき敵が立ちはだかるなら、すべて斬り捨ててやる」


レオンは血に濡れた肩を押さえながらも、赤い瞳を燃やして前に進み出る。

「俺が前を切り開く。たとえこの身がどうなろうと……絶対に君を守る」


リルが武装を展開し、ラムがぷるぷると体を震わせ、アカとシロが尻尾を絡ませながらネルフィの足元に並んだ。

「ネルフィちゃんと一緒なら、怖くないにゃ!」

「ここがぼくらの帰る場所にゃ!」


――母の遺産が、いま息吹を取り戻そうとしていた。

爆炎と血の街の中で、唯一の救いとなる道。

それは「逃げ」ではなく、「未来を切り拓く決断」だった。


ネルフィは仲間たちを振り返り、声を震わせながらも力強く告げた。

「……行こう。私たちの工房ごと――新しい戦場へ!」




◆◇◆◇


◆ 工房総力戦 ◆


街は赤牙の爆炎と黒鴉団の魔獣で地獄と化していた。

逃げ惑う市民の叫びと、魔獣の咆哮、炎の轟音が渦を巻き、絶望の空気が人々を飲み込もうとしていた。


だが、その混乱を切り裂くように――ネルフィの声が響き渡る。


「全員、配置について! ここは私たちの街、絶対に渡さない!」


仲間たちが応じると同時に、戦場全体が一気に熱を帯びた。




◆前衛の激突


リルが前に出た瞬間、その装甲の各部から無数のハッチが展開される。

「――全火器、解放ッ!」

次の瞬間、蒼白い尾を引いたミサイルが雨のように放たれ、夜空を灼いた。

轟音と閃光が交差し、突撃してきた赤牙の兵や黒鴉団の魔獣たちが爆炎に呑まれて吹き飛ぶ。

その光景に一瞬ひるんだ敵の隙を、榊が逃さない。


「斬り伏せる!」

鬼哭が炎を裂き、数体の《シャドウハウンド》を一度に斬り払った。


レオンもまた瘴気を纏った剣を振り抜き、前衛を薙ぎ払う。

「ネルフィには触れさせない!」

榊とレオンの刃が交差し、前線には絶対防壁が築かれた。




◆錬金魔法の閃き


後方でネルフィは両手を組み、錬金術式を高速で編み上げる。

「即席兵装――魔法式ガトリング!」


彼女の手元に組み上がったのは、魔力を弾丸として放つ多銃身砲。

轟音とともに紫紺の閃光が連射され、押し寄せる黒鴉団の刺客を次々と薙ぎ倒していく。


続いて彼女は別の触媒を組み替え、即席の錬金爆弾を完成させる。

「投擲――爆炎中和弾!」

炸裂と同時に強力な冷却霧が爆炎を覆い、燃え広がっていた火災を一瞬で鎮火。

火に追われて逃げ場を失っていた市民の背後に、避難路が開かれる。


「行って! 今なら抜けられるわ!」

ネルフィの叫びに、市民たちが涙を流しながら走り抜けていく。




◆サポートの牙


ラムはその巨大な体をバネにして跳ね上がり、迫る魔獣を弾き飛ばす。

「ぷるるん! 邪魔なのは弾き出すの!」


アカは紅蓮の火球を連打し、建物に燃え移った炎の進行を相殺。

「にゃふふ〜! アカの火で炎を食べちゃうにゃ!」


シロは上空に霊光の網を展開し、敵の急所をマーキング。

「ここだにゃ! 狙って!」

その光を受けた榊とレオンの刃が、さらに鋭さを増して敵を斬り裂く。




◆工房全員の覚悟


「リル、全力射撃! 私も援護する!」

ネルフィが錬金魔法を連打し、リルと砲撃を合わせる。


「――ッ行けぇぇ!」

数百を超える敵の群れに、ミサイルと魔力弾が一斉に降り注ぎ、爆炎と閃光が夜空を真昼のように照らし出す。


気づけば工房周囲を埋め尽くしていた敵は、8割近くが壊滅していた。

残る者たちの瞳には、恐怖と絶望が色濃く浮かんでいる。


だが工房の仲間たちは退かない。

ネルフィが掲げる小さな手のもと、皆が声を合わせた。


「――私たちは、家族を守るために戦う!」


炎に包まれた街で、工房はひとつの巨大な生命体のように躍動していた。

その姿は、市民にとってまさに絶望を切り裂く光となったのだった。



◆ 帝国の影と小さな社長の宣言


その光景を上空から見下ろす影――腐蝕十二柱の第四皇女影蝕伯爵夫人エリュシア。

「ふふ……面白いわ。けれど抗えば抗うほど、その絶望は深まる」

冷笑とともに、彼女の影兵が新たに市街へ降り注いでいく。


ネルフィは歯を食いしばり、転移装置に《古代の鍵》を差し込んだ。

魔導回路が一斉に輝き、工房全体を包む光が生まれる。


「ここで終わりになんかしない……!

 私たちは逃げるんじゃない。――未来を、この手で掴むために進むんだ!」


轟音とともに装置が咆哮する。

床が震え、壁が軋み、眩い光が仲間たちを包み込んだ。


迫り来る敵は呆然とその光を見つめ、次の瞬間――工房も、仲間たちも、街の大地から忽然と姿を消した。




◆◇◆◇


◆ 遺された街と市民救済 ◆


工房が転移の光に包まれ、仲間たちの姿が消え去った後――ミッドウェル街は、燃え盛る炎と崩れ落ちた瓦礫の中に取り残された。

街の人々は膝をつき、絶望の声を上げながら夜空を仰いだ。

「……行ってしまった……英雄工房も、もう……」

誰もがそう思いかけた、その時だった。


暗闇の中で、微かな光が瓦礫の隙間から灯り始める。

それは、ネルフィが転移直前に仕込んでいった――《自律修復ドローン群》。


カチリ、カチリと音を立てて展開した機械群は、まるで命を持つ小さな兵士のように街中へ散っていった。

崩れた家屋を組み直し、倒壊の危険がある建物を補強し、焼け落ちた場所には応急的なシェルターを建て上げる。

壊れた井戸や水道管に再接続される導線からは清水が流れ、飢えに苦しむ人々の手には自動調理された保存食が次々と届けられた。


子供を抱いた母親は涙を流し、老人は震える手でドローンに触れながら呟く。

「……アウルディーン工房……わしらを……見捨てなかったのか」


やがて、修復装置が投影する光の紋章が街路に浮かび上がる。

――蒼白に輝く「A」の印。

それはネルフィたちが遺した希望の証であり、街に残る全ての人々への誓いそのものだった。


ゼルダンの言葉が住民の間で広がっていく。

「ネルフィ嬢は、この街を忘れちゃいねぇ……工房は必ず帰ってくる」


人々は涙を拭き、焼け焦げた空を見上げながら声を上げ始める。

「アウルディーン工房!」「ネルフィ様!」

その叫びは次第に大きくなり、崩壊しかけた街に、新たな鼓動を吹き込んでいった。


確かに街は傷つき、帝国の残した影は重い。

だが、その中で「工房は最後まで人々を守り抜いた」という事実は、消えかけた灯火を再び燃え上がらせた。


――ネルフィの決断は、街を離れる選択でありながらも、人々の心を救う“救済の奇跡”でもあった。




◆◇◆◇


◆ 古代遺跡都市へ ◆


転移の光が収まった瞬間――そこは、まるで時が止まったような静寂に包まれていた。

先ほどまで耳を劈いていた炎の轟音も、怒号も、悲鳴もない。代わりに彼らの視界に広がっていたのは、月光に照らされた巨大な廃墟都市。


空を貫くようにそびえ立つ機械仕掛けの塔。

蔦に覆われた神殿の列柱。

崩れた広場には、今なお微弱な魔力を放つ光の紋章が刻まれていた。

――そこは伝承に語られる“古代遺跡都市”。数百年前に突如として姿を消した文明の残骸が、眠るように広がっていた。


「……ここが……」

ネルフィは思わず息を呑む。

幼い頃、母が眠るような声で語ってくれた物語。遥か昔、栄華を誇ったがゆえに滅び、いまは幻と化した都市。

その場所に、今まさに工房ごと転移してきたのだ。


リルの瞳が青白く輝き、空気に残る結界の残滓を感知する。

「高濃度の防御障壁痕跡……まだ生きてる部分もあります。ここならしばらくは帝国も手を出しにくい」


ラムは瓦礫の上にぴょんと跳ね、ぽよんぽよんと広場を弾む。

「ここ、すごーい! なんかドキドキする!」

アカとシロも続けて走り出し、にゃふにゃふとはしゃぎながら崩れた柱に登る。


榊は静かに周囲を見渡し、鞘に手を添えた。

「……気配は薄いが、影は残っているな。油断はできねぇ」

その隣でレオンは剣を構え、赤い瞳を細める。

「ネルフィ。この都市は安全じゃない……でも君が選んだなら、俺は共に進む」


背後では、リュシェルの声が静かに響く。

「……古代文明の記録反応、複数検知。解析を開始するわ。ネル、ここは“知識の宝庫”だわ」

情報支援の響きに、ネルフィの胸が熱を帯びた。


アルスはすでに人間の姿となり、剣を肩に担いでいた。

「ネルフィ様。ここからは戦う執事として――あらゆる影から貴女をお守りいたします」


仲間たちの言葉を聞き、ネルフィは改めて決意を固める。

「……ここから始めるの。私たちの工房を、最強の工房へと」


彼女の声は夜風に乗り、崩壊した都市に響いた。

リルは咆哮し、ラムはぴょんと跳ね、アカとシロが尻尾を振って喜びを分かち合う。

双子は手を取り合い、セレナは微笑みを浮かべ、リーは拳を握り締める。

マリウスは早速崩れた塔を見上げて興奮した声を上げた。

「見ろよ……あれ全部、研究素材だ!」


暗く荒れ果てた都市は、彼らの到来を待っていたかのように、沈黙の中で輝きを放ち始める。

――アウルディーン工房。

滅びかけた街を後にし、新たな拠点を得た彼らは、ここからさらなる戦いと冒険に挑むのだった。



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