第2話
炎が燃え移った小屋の中で、私は師匠の指示通りに魔法陣へとチョークを走らせていた。焦りで手は震えてるのに、体を流れる魔力はなぜかどんどん熱くなっていく。
「円はもっときれいに!線が歪むとあの世行きだぞ!…クソ、思ったよりも火の回りが早いな」
「わ、わかってます! けど、あの世はちょっと……まだ……っっていうか、どこに行くつもりなんですか!?」
「北だ!王都から一番遠い村…まずは身を隠して態勢を整えることが必要だ」
でも、焦ってるのは私だけじゃない。師匠の声も、いつもより焦っていたし、ほんの少しだけ震えていた。
外では、怒号と剣戟の音。火の粉が風に乗って、崩れかけた小屋の隙間から舞い込んでくる。
焼けた木の匂いが、まるで私たちの生活の終わりを告げているみたいで、胸の奥がギュッと締めつけられた。
──嫌だ。こんなところで、まだ終わりたくない。
「完成だ。エリナ、あとはお前が起動しろ」
「し、師匠は?」
使い終わったチョークを床に捨てると足で踏みつぶし粉にして、少し考えるそぶりを見せたあと、師匠はいつものように腕を組み、不敵に笑いながら言った。
「私はここに残る。2人で消えたら魔法陣を使われかねないしな。後始末が必要だ。ついでにあいつらの気を引いて時間稼ぎくらいはしてやるさ」
「でも、それじゃ──!」
「心配するな。私が誰だと思ってる。この大陸1の錬金術士様だぞ?そりゃあ、いくら私でも本気のお前には勝てないかもしれないが、あんな下っ端が何人集まったところで……なぁに、せいぜいちょっとした火傷で済むさ」
絶対ウソ。そんな生易しい相手じゃない。だって外には王国の精鋭部隊。世界で最強の名を持つ吸血姫の私を“討伐対象”として狙ってくるような人たちなのに。
「そんなの、イヤです……私がいなくなったら、師匠が……!」
「バカもの。お前がいなくなった方が、よっぽど私も自由だよ」
そう言って、師匠はいつものようにニヤッと笑う。
……ずるい。そうやって、いつも強がって。
「でも、でも……」
私は泣きそうな顔を無理やり隠して、歪んだ笑みをつくった。
「わかりました。わかりましたよ……師匠命令だもん。逆らえません」
「よろしい」
──魔力、集中。
私は魔法陣に手をかざし、吸血姫としての内なる力をゆっくりと解放する。身体の奥がじりじりと熱を持ち、光が足元を照らし始めた。
「エリセフィーナ、最後にひとつだけ言っておくぞ」
「えっ……?」
師匠がこちらに背を向け、ドアへと歩きながら言った。
「お前は“普通”じゃなくていい。お前は、お前らしく生きろ。誰にも縛られるな、エリセフィーナ…そのままの化け物でもいい。強く生きろ」
その言葉を最後に、扉が勢いよく開かれた。
「発見! 中にいるぞ!」
王国兵の怒号が響くと同時に、魔法陣が光を放つ。私の視界が一瞬だけ真っ白になった。
その直後、小屋の屋根が火に包まれて崩れ落ちる。
──次の瞬間、私は森の小屋の中に、もういなかった。
「し、師匠っ……!」
どこか遠くに転送されたはずの私の耳に、かすかに木が裂ける音と、爆音のような轟きが響いた。
でも、それは過去。
今、私ができるのは──生きること。
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