なれの果て

解月冴

第1話

ルリベラはある時を境に〈視線〉というものに付き纏われていた。

それはベルセル王国王家へ嫁ぐことが決まる、その少し前から今まで続いている。

ただでさえ侯爵家の令嬢が他のもっと上の家門の令嬢を差し置いて嫁ぐことになったのだからルリベラには多くの視線が突き刺さる。

そこに込められるのは総じて敵意。

そんな状況な為周囲に相談もしたがまともに取り合ってはもらえず、ただこれから慣れていけば良いとしか言われない。

それがルリベラに大きなストレスを与えた。

「何故信じてくれないの………?だって、だって見てるじゃない………!見られてるじゃない………!!」

ルリベラは一人自室で嘆く。

部屋の隅にはメイドが立ち、外には護衛が立っているが今のルリベラには気にする余裕は無かった。ただ恐怖だけが心を蝕んでいく。

見ているのだ。

彼女には分かるのだ。

自身だけではなく他の者達のことも。

見られているのだ。

得体の知れない何者かに。

ただでさえ王妃としての勉強や業務に追われ今までにないほどの多忙を極めている。

だというのに彼女は分かってしまうがために追い詰められていく。

満足に寝られず、食事は喉を通らない。

何かを話すのも、何かをするのも。

自身が関係する現象全てをあの視線の存在によって出来なくなってしまう。

ルリベラは限界直前で耐えていた。

それは偏に家族の為、優しすぎる両親と自身の命よりも大切な妹の為である。

家格で言うならばもっと相応しい令嬢はいた。

それが何故、彼女らより下であるルリベラが嫁ぐことになったのかといえばただ、偶然父が犯罪に加担してしまっていた、それだけだ。

そしてそれを国王は「娘を嫁にくれるならば見逃す」と言った、それだけ。

取引の商品なのだ、ルリベラは。

父は意図的では無いとはいえ、お人好しすぎるが故に犯罪に加担させられていた。

母はこの事を全く感知していなかった。

妹など学園に通っているのだから知る由もないだろう。まだ子供なのだ。

ルリベラもまた何も知らない者の一人だった。

父は成人もしていない妹を行かせるわけにはいかないが、ルリベラも渡したくないと言っていた。どこまで行っても娘が大切なのだ。

母は諦めていた。

ルリベラが自ら嫁ぐと言ったときから礼儀作法や勉学を徹底的に叩き込んだ。

それがルリベラの母が最後に母としてしてやれる唯一のことだったのだろう。

ルリベラもそれを分かっていた。

だからこそこれまで弱音を吐かずにやってきた、耐えてきた。

寄越せと言った張本人である国王はルリベラに目もくれず愛人と過ごしている。

そのせいか何なのか国政は傾いてくばかりでルリベラだけではどうしようもない。

ただの小娘に何が出来るとルリベラの意見など耳にも入れない大臣達とは連携など取れるはずもなく、各地で起こる厄介事の解決役ばかりがルリベラへと押し付けられていく。

ルリベラは耐えていた。

日々自分はこんなところで何をしているのだろうと自問し家族の為と無理矢理奮い立たせる。

だがそれすらも正体不明の視線を感じた途端に意味を成さなくなってしまう。

ルリベラは言いようのない恐怖をその視線に対して感じていた。

限界を超えそうになりルリベラは一番信用できる専属のメイドに訴えた。

「誰かが、誰かが見ているの。私のこと、私たちの事、全部………全部よ。やること、話すこと、考えてること、ぜんぶ、ぜんぶみられてるの………!!」

しかし無駄だった。

ただ疲れているのだと宥められただけ。

それだけ。

だがたったそれだけでルリベラが絶望を感じるには充分だった。

ルリベラの目にはもう涙は浮かばなかった。

彼女が限界まで張り詰めていた糸はプツンと切られてしまった。

それからルリベラは何も話さなくなった。

視線のこと、家族のこと、自身のこと。

突然物言わぬ人形のようになってしまったルリベラをメイドや護衛は心配の眼差しで見守っていたが、彼女がきちんと業務や公務などをこなしている事が確認出来ると以前のように彼女の世話と警護に集中するようになった。

ルリベラを真剣に見つめてくるのは、ただ一つ、得体の知れぬ視線だけとなった。

ルリベラは考えていた。


貴方は誰なの?


何故私を見るの?


他の人より私を見るの?


世界ではなく私を見るの?


私である必要が何かあるの?


ねえ、教えて頂戴?


問いかけていた。

視線の主に向かって。

そう、君に向かって。

答えてあげよう。

君は知っている。

私達が彼女を、ルリベラだけを見つめる理由。

それは──────


〈物語の主人公だから〉


ルリベラは納得した。

そう……主人公はいつだって一身に注目を浴びる存在だものね。

分かっているわ。

でも、そうね、私が主人公ということは、私がいなくなった場合ここはどうなるのかしら。

私、知りたいわ。


そうだな……………それは私の気分次第だ。

ルリベラがいなくなれば他の人物を再び主人公として立てるかもしれないし、そのまま世界が閉じるかもしれない。


ルリベラは落胆した。

そう…………そうなのね。

案外つまらないのね。


酷い言いようである。


だから私の人生こんなにもつまらないんだわ。


彼女は………意外に毒舌なようだ。


「一人にしてくれないかしら」

ルリベラは突然メイドや護衛にそう伝えた。

彼らは戸惑う。

主人を置いていなくなるのはメイドはまだしも護衛は完全に職務放棄だ。

「いいから。命令よ」

立ち尽くす彼らに対してルリベラは冷たい声でそう言い放つ。

それに気圧されメイドと護衛は引き下がった。


一体何をするつもりだ?


「聞きたくて。貴方達は私にどうなって欲しいのかしら」

ルリベラは虚空を見つめ言う。


私としては幸せになって欲しいけどね?


「この状態でどうやって幸せになるというの」

ルリベラは呆れたように言う。

同時にため息を吐いた。

「貴方は、どうして欲しい?」

聞かれてるよ、君。

さ、どうして欲しい?

君は彼女にどうなって欲しい?

「私は、貴方の言う通りにするわ」



「───────────────────」



だってさ、ルリベラ。

「そう…………分かったわ、ありがとう」

ルリベラは小さく微笑むように笑うと、椅子から立ち上がり何処かへと向かった。


君の選んだ結末を果たしに。

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なれの果て 解月冴 @KaiTukasa

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