追憶浦島太郎 2
楽しい時ほど進むのは早いもので、浦島が次に亀と会った時には、竜宮城に来てから半年がたっていました。
「やあ亀さん、お久しぶり」
「やあ浦島さん、やはりまだ竜宮城にいましたか。どうです、ここはいいところでしょう」
「ええ、一生ここに住みたいくらいですね」
「浦島さんらしいですね。竜宮城と聞いて身を乗り出すほどに海が好きな方なのでしょうから、それも当然か」
「おや、これは恥ずかしい。しかしそんな昔のこと、よく覚えていますね」
「記憶力には、少し自信がございまして」
たかが半年、されど半年。浦島は懐かしい気持ちで会話に花を咲かせます。亀の方も心なしか、旧友と話すときのような、優しげな目をしているように見えます。
「ところで、亀さんは今までどちらにいらしたのですか? 竜宮城にはいなかったようですが」
「はい、少し城の外でやるべきことがありまして」
「身分が高いと、なにかと大変ですね」
「それ、乙姫様が言ったんですか? 私はただ、ちょっと年を食って変化の術を覚えただけの亀ですよ」
くすりと笑った亀は、乙姫に報告することがあると城の奥へ引っ込んでゆきました。浦島に対する乙姫の態度が変わったのは、思えばこの頃からだったかもしれません。それまでは毎日、挨拶のように言われていた「せめてもう一日、ここにいてください」という言葉は次第に二日に一回、三日に一回、一週間に一回と頻度を減らしていき、一年が過ぎる頃にはさっぱり言われなくなりました。さすがに滞在のしすぎで迷惑になっているのかもしれないと不安になり、
「そろそろ、よそ者である自分はおいとました方がいいのだろうか」
と時折乙姫に訊いてみるのですが、彼女の返事はいつも、
「そんな、そんな、滅相もございません。どうか浦島様の心ゆくまで、いつまでもご滞在くださいませ」
というものでした。
永遠に続けたいとすら思った竜宮城暮らしもそのうちに飽きてくるもので、まして乙姫の態度も冷たくなったとあると、なおさら地上が恋しくなります。地上では、海に出て帰らない自分のことを母が心配して待っているでしょう。浦島は地上に子供はおろか嫁すらおりませんが、竜宮城にいてはそれらを手にすることだってできません。そんなわけで、浦島はようやく地上への帰還を決意しました。竜宮城に来てから、実に三年の月日が流れた頃のことでした。
「そうですか、お帰りになりますか。寂しくなりますね」
浦島が自身の決意を告げると、乙姫は白々しい顔で残念がりました。腹の底では、厄介者がいなくなると安堵しているに違いありません。
しかしその一方で、浦島にも寂しいという思いがありました。乙姫に対してではありません。この美しい竜宮城での、のんびりとした暮らし。飽きた飽きたとは言うものの、いざ地上に戻ったら恋しくなりそうな気がします。そのことを乙姫に告げると、
「でしたら、こちらを」
と、彼女はどこからか取り出した巻貝を浦島の額にこつんと当てました。
「ここに来てから、今日までの日々を思い返してみてください。できる限り鮮明に」
言われた通り、浦島は思い出します。タイやヒラメの舞い踊り、浴びるほどの酒、机に並びきらないほどの馳走。ここに来たばかりの頃の、優しかった乙姫のこと。
「これを、こうします」
乙姫が巻貝をこつんと叩くと、貝の口からもくもくと煙があふれました。その煙を、乙姫は何やら豪華な重箱に詰め込み、青い紐で封をして浦島に手渡します。
「もし、人間界に戻ってからここでの暮らしが恋しくなったら、この箱を開けてください。ここでの記憶がよみがえるでしょう」
これはよいものをもらったぞ、と浦島は思いました。おみやげにこんなものまでくれるのなら、もしかしたら乙姫は自分のことをそれほど嫌っていなかったのかもしれない。……まあ、これから地上に帰る浦島には関係のないことですが。
「乙姫様、アレもお渡しした方がよいのでは?」
「ああ、そうでしたね」
亀に耳打ちされた乙姫は、今浦島に渡したのとは別の、赤い紐で封をされた重箱を持ってきました。
「こちらも、あなたに差し上げます。……ただし、こちらの箱は決して開けてはなりません。くれぐれも、そのことをお忘れになりませんよう」
「……開けてはいけないのなら、どうしてそんなものを俺に渡すのですか?」
浦島は真っ当な疑問を口にしますが、乙姫は
「これは、あなたが持つべきものだからです」
とだけ告げ、それ以上は答えようとしません。仕方なく、浦島はその箱も受け取りました。要は開けなければすむ話です。
「さようなら、竜宮城。さようなら、乙姫様!」
こうして、浦島は三年前に助けた亀に連れられて、竜宮城をあとにしました。
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