追憶浦島太郎 1

 昔々、ある漁村に浦島太郎という青年がおりました。浦島がいつもの通り海に出ようとしたところ、海岸でなにやら子供たちがたむろしているのを見つけました。


「やあい、のろま」

「ぐず」

「お前なんか、こうだ」


 ただ事ではないと判断した浦島は、すぐさま子供たちのもとへ駆け寄ります。


「こらお前たち、何をしているんだ」

「あっ、大人が来たぞ!」

「逃げろ逃げろ!」


 浦島が近づくと、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。


「まったくけしからんガキどもだ……。おい、大丈夫か?」


 浦島は、今まで子供たちに囲まれて、いじめられていたその子に手を伸ばします。……いじめっ子たちと同じくらいの年に見える、小さな男の子でした。


「いてて……。すみません、助けていただきありがとうございます」

「いや、それは構わないが……。お前さん、子供の割にしっかりした言葉遣いだな。年はいくつなんだ?」

「ああ、いえ、私は……」


 男の子がぱちんと指を鳴らしたかと思うと、ぱっと煙がたちのぼりました。煙が晴れると男の子は消えていて、代わりに一匹の、立派な甲羅を持った亀の姿がありました。


「こう見えて、私はそこそこ年のくった亀なんです。海の外の世界に憧れて、人間の子供の姿に化けて陸に上がってみたのですが……。見かけない顔だ、よそ者だ、追い払え! なんて言われてしまい、あのありさまでございます」

「ああ……それは災難でしたね」

「せめて大人の姿に化けていればよかったのかなあ……。それでも、村に居場所がないよそ者には変わりないけれど」


 人に化ける亀も、人語を話す亀も浦島は初めて目にしましたが、彼は海の広さをよく知る漁師です。海にはそういう生き物もいるのだろう、と案外あっさり受け入れました。


「……と、助けていただいた上に愚痴まで聞かせてしまい申し訳ありません。お礼と言ってはなんですが、あなた……ええと」

「浦島です。浦島太郎」

「浦島さん、海の底にある竜宮城という場所にご興味はございませんか?」

「なんですって?」


 海の底の底、人間の力ではとてもたどり着けないほど奥深くに、海の生き物たちが住まうお城があるのだと、人間の言葉を器用に操る亀は言います。海を愛するがために漁師になった浦島は、それが本当ならぜひ行ってみたいと身を乗り出して告げました。


「それでは、私の背中にお乗りください」


 こうして浦島は、助けた亀に連れられて、竜宮城へとやってきました。


「ようこそ、浦島様。事情は亀から聞いております。精一杯おもてなしをさせていただきますので、どうぞごゆっくり、心ゆくまでご滞在ください」


 城の主である乙姫の言葉通り、浦島へのもてなしはそれはそれは素晴らしいものでした。タイやヒラメの舞い踊り。たっぷりの酒と、豪華な食事。さらには乙姫のような美しい女性が自分を慕い、楽し気に話しかけてくる。もう少し、せめてあともう一日ここにいてくださいと甘えた声で毎日せがんでくる。浦島の人生の中で、一番と言っていいほど幸福な時間でした。


「こんなによくしてもらって、かえって申し訳ないなあ。せめてここに連れて来てくれた亀さんに、お礼のひとつでも言いたいものだが」


 竜宮城前で別れてから、浦島は一度も亀と会っていませんでした。助けただけでここまで感謝されるということは、きっとあの亀はかなり高い身分の者だったのでしょう。であれば、何かと忙しいのも当然かもしれないと浦島は結論づけました。

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