反転シンデレラ 2

 お城の門をくぐり、長い長い階段を上ったら、パーティー会場はもうすぐそこです。


「付きそってくれてありがとう。でも、階段を上るために手を繋ぐのは、少し心配のしすぎではなくって?」

「シンデレラさまが階段を見るや駆け出そうとするからでしょう。それも、そんな歩きにくい靴で」

「これを出してくれたのは、あなたでしょう」

「かわいさ重視なんです。おてんば姫のめちゃくちゃな行動には対応していません」


 実のところ、ダンスパーティーだというのにわざわざこんな歩きにくい靴を出したのも、魔法使いの小さないたずらなのでした。うまく踊れなくて、王子に呆れられてしまえばいいのに!


「それに、この階段はかなり高さがありますから、もし落っこちでもしたら大変ですよ。最悪死んでしまうかも」

「それは本当にそうね。お城って、どうしてこんなに何もかも大きいのかしら」


 階段の上までお姫様をエスコートしたら、二人はいったんお別れです。


「では、ここからはシンデレラさまお一人で。私は魔法で透明になって、この階段の下で待っています」

「わかったわ。何から何までありがとう」

「かならず、十二時の鐘が鳴るまでには、階段の下にいてください。十二時になっても戻らなければ、王子があなたさまを選んだのだと思って、私は永遠にシンデレラさまのことを忘れます」


 本当はちょっとくらい時間を過ぎても待つつもりではいたけれど、それを口にすればシンデレラはずっと王子と踊ることを選ぶかもしれませんし、自分もずっと待ってしまうでしょう。十二時を過ぎたら、希望を捨てる。半分自分のための約束でした。


「わかった、約束ね」


 それでも、シンデレラは自分と小指を絡めてくれました。それだけで、魔法使いは彼女のどんな選択も受け入れようと思えたのでした。


***


 家族から毎日のように醜い女だとののしられている自分など、王子様に相手にしてもらえないかもしれない。そんなシンデレラの心配は不要でした。誰が見てもわかるほど、シンデレラの姿は会場で一番美しかったのですから。その姿は当然、王子の目にも留まります。


 「なんでシンデレラがここに……」と唇を噛む義姉たちの横を通り過ぎ、シンデレラは王子が差し出した手を取りました。魔法使いさんの手よりずっと大きくて、たくましくて、だけど少し固い手でした。


「お前、名はなんと言う?」

「シンデレラと、そう呼ばれております」

「灰被りか、とてもそうは見えんな。宝石を頭から被っても、この輝きは生み出せまい」


 そこからは、夢のようなひとときでした。それこそ、時がたつのも忘れるほど……。


「俺と結婚してくれ、シンデレラ」


 シンデレラにかなわないとわかった女たちは、一人また一人と会場を後にしてしまいました。ずっとシンデレラをしいたげてきた継母や、義姉の姿もありません。そうして会場に二人きりになったとき、王子はシンデレラの前にひざまずいて言いました。


「え……」


 まさかこの場でプロポーズされるなんて思わなかったシンデレラは、ぽかんと口を開けて固まりました。


「俺と結婚すれば、この城に住まわせて、思いつく限りの贅沢をさせてやる。うまい食事でも美しい宝石でも、お前が望めば何でも用意させよう。それに、灰被りなんてみすぼらしい名前でなく、もっといいものを俺がつけてやれる」


 シンデレラの胸の底から、喜びが湧き上がってきました。あの家で召使いよりも劣るみすぼらしい生活をしていた自分。王子様に選ばれるはずなんてないと思っていた自分。そんな自分が、お姫様になれるのです!


 思えば、たった一夜でいろんなことが起こったものです。小さな魔法使いがたずねてきて、かぼちゃの馬車でここまで来て、階段の上で約束をした。……約束。シンデレラははっとします。今は何時だ?


「あ……」


 時計の長い針と短い針は、今まさにてっぺんで重なろうとしています。鐘が鳴るまでに階段を降りなければ、魔法使いは去ってしまう。


 けれども、それでいいじゃないか。自分は王子に選ばれたのだ。魔法使いも言っていました。王子が自分を選ぶのならば、彼女はシンデレラのことを忘れる、と……。


『私、この日のためにずっと魔法の勉強をしてきたんです。いじわるなお義姉さんたちに灰被りとののしられながらも懸命に畑仕事をするあなたさまを、はじめて見かけたその日から!』


 彼女の言葉がよみがえります。この日のためにずっと、と彼女は言いました。シンデレラが彼女をはじめて見かけたのは、あつい中畑仕事を命じられた二年前。彼女が同じタイミングで自分を認識していたかはわかりませんが、もしそうだとしたら二年間、彼女は話したこともない自分のために魔法を学んでいたことになります。


 彼女に「灰被り姫シンデレラさま」とはじめて呼ばれた時のことを思い出しました。義姉たちがくすくすと笑いながら口にするその名を、彼女はまっすぐに自分の目を見て、義姉たちの汚らしいそれとはまったく違った笑顔で呼んでくれました。はじめて、自分の呼び名を美しいと思えました。


「俺の申し出を受け入れてくれるのであれば、どうかこの手を取ってほしい」


 かちかちと、時計の針の音が聞こえるようでした。今王子の手を拒んだら、次にこんな機会が訪れることは永遠にないでしょう。


「……申し訳ございません、王子様。わたくし、お姫様になることよりももっとずっと大切なことに、気がついてしまいました」


 それでも、シンデレラは駆け出しました。急いで、シンデレラ! 魔法使いとの約束まで、もう時間がありません。彼女のもとにたどり着くには、あの長い階段を降りなければいけません。


 走って、走って。会場を出て、ガラスの靴が階段にかかる真っ赤なカーペットを踏みしめて。


 ――十二時を告げる鐘が、鳴り響きました。


 めでたし、めでたし……?

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