5.病みし陰キャはすべていえて

 それから俺とぎゃる美さんは、海の近くの飲み屋街へと移動し、適当な居酒屋に入店した。


「は? じゃあカゲっち、仕事中だったのに職場脱走して、そのまま海に来たの?」

「ええ、まあ……。休み無しで何十連勤もしてて、メンタル参ってたんですかね。職場のデスクで『うわああああああっ!』て叫んで、会社飛び出してました」

「あはは、やばっ! 超クレイジーじゃん!」


 酒が入って上機嫌になったぎゃる美さんは、俺のくだらない話にも愉快そうに笑っていた。

 かく言う俺も、酒を飲んでかなり口が軽くなっていたのだが。


「俺、引っ込み思案なんで、人の頼みとか断れないんですよね。それで、頼まれた仕事いちいち引き受けて、勝手にキャパオーバーして……。真性の陰キャにとって、正直社会人とか、すげーキツイんですよお……」

「あー、ちょっと分かる。ウチも頼まれごととか、つい引き受けちゃうタイプ。なんか、断った時にガッカリされるの嫌だなって思っちゃうよね」

「ぎゃる美さんって、見た目は派手だけど、結構繊細なんですね」

「人を見た目で判断するなっつーの! ってかカゲっち、年齢トシいくつよ?」

「俺? 二十四ですけど」

「なんだ、タメじゃん! じゃあ、敬語やめなよー!」

「えー……それはちょっと、ハードル高いですよ。俺ほんと、根っからの陰キャなんで。本音言うと仕事とかしないで、家に籠もってずっとアニメとか観てたいタイプなんです……」

「アニメ? ウチも結構好きだよ」

「え? マジすか」

「うん。魔法少女モノとか、衣装が可愛いから、つい観ちゃうんだよねー」

「じゃ、じゃあ、今期の『粘着魔法少女ヒルドラ★ドロロ』、観てました⁉」

「モチロン! あの究極地雷形態アルティメットヤンデレフォームの衣装、めっちゃフリフリで可愛かったよねー」

「そうなんですよね! あと、脚本も練られてて、複線回収も見事だったし」

「最終回とか、作画ヤバくなかった? 八話の戦闘シーンも!」

「ちょ、ぎゃる美さん、作画に言及するって、めっちゃオタクじゃないっすか!」

「だから、アニメ好きって言ったじゃーん」


 酒が入り、おまけにぎゃる美さんもアニオタだったことが判明して、俺たちは大いに盛り上がった。


 まさか、陰キャに優しいギャルがこんなところに実在していたとは。なんと嬉しい誤算だろうか。


 それから、アニメトークや職場の上司・同僚への愚痴などで大いに盛り上がった俺たちは、近くの店にハシゴして、二次会へ突入。


 夕方から飲み始めたのに、気がつくと時間は深夜に達していた。


「あ、ヤバい。俺、そろそろ終電だ」

 

 二軒目の飲み屋を出た俺は、時計を見て呟いた。


「えー。いいじゃん、もっと飲もうよー」

「いや、もう夜遅いし、さすがにそろそろお開きにしないと……」

「やだー。ってかウチ、もう終電終わってるしー」

「え、マズイじゃないですか! 帰りどうするんすか」

「えー? 泊まってけばよくなーい? ほら……アソコとか」


 ぎゃる美さんが指さした先には、静かな海辺に不釣り合いな、ネオンきらめくお城のような外装のホテルが一軒、どっしりと建っていた。


「いや、だ、だめですよ! ってかあれ、普通のホテルじゃないし……」


 どこか扇情的な色合いの照明に照らされたホテルを見て、俺は動揺した。


「いいじゃん。……ね、良かったら、一緒に泊まる?」


 ほろ酔いでとろんとした表情のぎゃる美さんが発した言葉に、俺はギョッと驚愕した。

 その反応に、ぎゃる美さんは「あ!」と、慌てたような素振りを見せた。 


「い、言っとくけどウチ、誰にでもこんなこと言うわけじゃないからね⁉ 見た目は軽そうって思われがちだけど、中身はけっこーピュアっていうか……いや、自分で言うなって感じだけど……」


 慌てて弁解するぎゃる美さんは、耳まで真っ赤にしながら、パタパタと自分の手で顔をあおぎ始める。

 その様子は派手なギャル姿に似合わずぎこちなく、彼女の緊張を感じさせた。


「ウチら、さっき知り合ったばっかだけど、一緒に飲んでてすごく楽しかったし……。これでお別れは、なんか嫌だなって。それに……」


 先ほどまでの快活な様子とは打って変わって、頬を赤らめモジモジしているぎゃる美さんの姿は、なんだかとてもいじらしい。


「……それに、カゲっちとならいいかなって、思ったから……」

「あ、え、お、お、お、俺とならいいって? その、あの、うあ……」


 俺があたふた混乱していると、ギャル美さんが、俺の手をそっと握った。


「ダメ……かな?」


 潤んだ瞳をこちらに向けながら、ぎゃる美さんは濃艶に身をよじり、俺に身体を寄せてきた。


 これまでに嗅いだことの無い甘美な匂いが鼻腔をくすぐり、同時にふんわり柔らかいの感触が、俺の二の腕あたりで、プルンッと弾けた。


 その感触を知覚した瞬間、俺の脳内でスパークが起きて、何かが覚醒した。


「ダメじゃないです。全くダメじゃないです。行きましょう」


 寸前までと打って変わってキリッとした益荒男ますらおの表情で、俺は答えた。


「ホント? ……良かった♡」


 そう言って腕を組んできたぎゃる美さんの柔らかな双丘の感触を、俺は覚醒した脳内メモリーに、深々と刻み込んだ。


 そうして俺たちは、まばゆい照明に彩られた海沿いの愛の城へと、ゆっくりむっくり歩いていった。


 今夜は、きっと俺の人生の里程標りていひょうに深々と刻まれる、最高にファンタスティックな夜になるに違いない。


 益荒男に覚醒した俺はこの時、何の根拠も無く、そう確信していた。

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