プラント・オブザーバー

矢堂末小機

プラント・オブザーバー

 ある休日の夜のこと。コンビニエンスストアで夕飯を買った青年が、自宅への帰り道、小さな公園の横を通り過ぎると、公園の中で不審な物音がした。何の音かと気になった青年は、買い物袋を持ったまま、公園の中へ入って行った。

 そこで青年は、公園にある花壇の中の土を見つめたまま、じっとしゃがみ込んでいる少女を見かけた。

 少女の姿を見た青年は衝撃を受けた。少女の背中に、植物の葉が羽のように生えていたからだ。服装も見たことのない花のがくと葉と花弁でつくられていて、まるで映画か漫画に登場する宇宙人のようであった。

 青年は先ほど聞いた異音よりも、この少女がいったい何者なのかという、新しく抱いた疑問の方が気になっていた。

「失礼かもしれませんが、君はいったいどんな理由で、この公園にいるんですか?」

 青年は少女の近くまで歩み寄り、可能な限り丁寧に質問をした。少女はこちらを振り向いたが、質問には一言も答えてはくれなかった。

「そこに何か種を植えたのですか?」

 青年は少女が見つめていた花壇を指差しながら、再び質問をした。

 少女はうなずいた。どうやら言葉は通じているらしい。

「どんな種を植えたのかは知りませんが、もう帰宅したほうがいいんではないでしょうか。もしあてがないのなら、今から警察に連絡を・・・・・・」

 そう話しながら青年は、夕飯と同じ買い物袋に入れていた携帯電話に手をかけようとした。

 すると突然、少女は何かを思い出したかのように、携帯電話を取り出した青年の手を握り、どこかに向かって走り出した。

「なんと!?」

 青年は手を振りほどこうとしたが、少女の握力はとても強かったので、失敗した。

 後には青年が落とした携帯電話だけがあった。


 数十分ほど走ってたどりついた場所は、何年も前に廃校となった施設の跡地だった。

「こんな場所に住んでいるんですか?」

 青年の質問に答えるかのように、少女は服のポケットから、なにかの通信機のようなものを取り出し、スイッチを押した。

 すると、今まで空き地だった場所に、戦闘機に酷似した小型の乗り物が出現した。きっとバリアで隠されていたのだろう。

 青年はこの時、この戦闘機はおそらく宇宙船で、やはり少女は何らかの目的で来訪してきた宇宙人ではないかと、様々な思考を巡らせていた。そして気がつくと青年は、いつの間にか戦闘機の副操縦席に乗せられていた。青年は考え込むあまり、少女に強引に乗船をさせられていたことに、全く気づいていなかったのだ。

「ちょっと待ってください! 私はこういう乗り物の訓練を一切受けていなくてーーーーーー」

 青年が言い終わらないうちに、宇宙船は静かに動き出した。


 宇宙船は公園の上空まで戻ってきていた。

 地上に目を向けたとき、青年は今日何度目かわからない衝撃を受けた。なんと、先ほどまで公園があった地点から巨大な芽が伸び、巨大な子葉が出始めたのだ。先にはこれまた巨大な蕾がいまにも開こうとしていた。

「まさか君の目的は、この花を咲かせることだったのですか!」

 少女は、そうだとでも言わんばかりの表情で操縦席のボタンを押すと、モニターの表示が変わった。あの蕾を観測しているらしい。

「このままでは・・・・・・」

 青年はこの宇宙船を止めようとしたが、副操縦席の脇から飛び足してきたツタのような拘束具が体中に絡まって、まったく身動きが取れなくなっていた。

 そして数秒後、蕾は完全に開き、巨大植物は花を咲かせた。その姿は地球の花とは比べ物にならないほど、とても美しく、壮大だった。そして青年はもうひとつ、気になっていたことがあった。

「綺麗な花だけど、なにも、起こらない? この花は侵略兵器の類ではなかったんですね?」

 特に人が集まる様子もなく、街は静かな夜のままであった。

「なんだ。君は友好的な宇宙人だったんですね。では、そろそろ私を家に帰らせてくれないかな?」

 だが少女は、青年を解放する様子ではなかった。むしろ少女は、こちらを向いて、どこか恐怖を感じる笑顔を見せてきた。

「あのーーーーーー」

 青年が言い終わらないうちに、宇宙船は不思議な光を放ちながら、宇宙の彼方へ発進した。


 地球圏を去った宇宙船は現在、ワープ空間にいた。

「班長! 地球での発芽と開花観察、無事終わりました!」

「了解。これで太陽系全ての惑星での記録が終わったことになる。進路をこちらに」

 少女はモニターに映る仲間に向かって話しかけていた。だが青年は、少女が先ほどの花の話をしていることを察することはできたが、具体的な内容は分からなかった。

「・・・・・・ところで、助手席で縛られている生命体は?」

 縛られている生命体とは、ワープの際に発生する、強すぎる重力に、さっきからずっと持ったままだった夕飯と共に、押しつぶされそうになっている青年のことだ。

「はい。種の発芽をまっていたときにずっと喋りかけてきたチキュウ人で、観察の邪魔だったから捕獲していたんです。

 たしか発芽と開花の記録とは別で、チキュウ生命体のサンプルも必要だったとかーーーーーー」

「ああ、ちょうどよかった。その件を担当していた班員が諸事情で失敗したらしくてね。そいつは命からがら帰ってきたんだが、そうかお前がやってくれたか」

 少女とモニターの仲間がこちらを見つめてきた。

 嫌な予感がする。青年は少女と仲間の様子から、ただそれだけを感じていた。

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プラント・オブザーバー 矢堂末小機 @MasakiYadou

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