0017. 同居人を誰にしよう

 再び意識がぼんやりと覚醒したとき、父と母のひそやかな会話が耳に届いた。声量を抑えているが、その内容には切迫した熱がこもっている。どうやら、私の将来に関する作戦会議はまだ続いているらしい。


「……社の禰宜ねぎ権禰宜ごんねぎは、ただの神官では務まらん。いざという時、姫御子様をお守りできる、荒事のできる者でなければな」

 父上の思慮深い声が聞こえる。


「社が出来るまでに信頼できる透破すっぱ乱破らっぱの一族を探し出し、家臣として取り立てるのが良いと思うが、どうじゃ。彼らを金雇いではなく正式な家臣として召し抱え、神領の土地に住まわせれば、護衛と神領の民を兼ねて一石二鳥。つまり、彼らに神領の中の神域の土地管理そのものを任せることで、裏切ることのできぬ強い忠誠心を得るのがよいと考えておる」

(すっぱ? らっぱ? ……それって、いわゆる忍者のこと!?)

 私の護衛に、本物の忍者を雇う相談をしている。なんだか物騒だけど、ちょっとだけワクワクしてしまうのは前世のオタクの血だろうか。リアル忍者! 手裏剣とか水遁の術とか、生で見られるかもしれない!


「良いお考えかと存じます。ですが、お前様、そのような者たちを、どこで探せば……。それに、影に生きる者を城下に置くのは、諸刃の剣にもなり得ましょう」

 母上の声には、懸念が滲む。


「うむ、それよな。……ここはひとつ、鞍馬衆くらましゅう飯母呂いぼろ一族に声をかけてみるか。鞍馬衆は情報収集に長けるが、依頼は金次第と言われておる。

 また、飯母呂は腕は立つが、排他的で扱いが難しいと聞いておる。この二つの一族を互いに競わせ、牽制させれば、裏切りもなかろう」

 忍びの一族は、「伊賀」や「甲賀」は規模が大きく引き抜くのは難しく無理、「風魔」は目と鼻の先で近いから論外……と、まるでゲームの勢力図を見ながらユニットを選ぶように、父上が候補を絞っていく。その横顔は、武将そのものだ。


「……うむ。それから、姫御子様の一番近くに仕える出仕しゅっしじゃが、我が子、二郎太郎じろうたろうに加え、まだ小さい孤児の奴隷を何名か買い入れようと思うておる。あやつは、心根は弱いが真っ直ぐな性格であるから、姫様をお守りする役目を与えれば、きっと強く育つであろう」

――奴隷?

 その言葉が、私の脳天に雷のように突き刺さった。眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

 聞き間違いじゃない。父は確かに「奴隷を買い入れる」と言った。平和な令和日本では、教科書の中でしか見たことのない、あまりにも重い言葉。

 すると、母上が静かに、しかし確かな悲しみを声に含ませて同意する。


「孤児の奴隷でしたら、わらわの実家筋の甲斐の国がよろしいかと。あの地は……武田の殿様の苛烈な治世と度重なる戦で、民が生きるには過酷な地獄と化しております。口減らしのための人売りは、もはや日常の風景にございます。きっと、安く買い入れられますし、まともな食事を与えるだけで、あの子たちは生涯の忠誠を誓いましょう。……これも、乱世の定めなのでしょうか」


「そうか……。甲斐で孤児を買い求めるのであれば、義父上に文を出してお願いをするのが早かろう。せめて、我らの元に来た子らには、人としての温かい暮らしをさせてやりたいものだな」

(嘘でしょ……?)

 背筋が凍りつく。人身売買が、当たり前のこととして語られている。しかも、私の世話係として、私と同い年くらいの子供たちが「買われて」くるというのか。同じ人間なのに。まだ、何も知らない子供なのに。

 これが、戦国時代。人の命が、あまりにも軽い。

 前世の記憶があるからこそ、その異常さが骨身に沁みる。私は何もできず、ただ自分の無力さに打ち震えることしかできなかった。


「では、侍女と女中も甲斐の孤児で揃えるのがよいかと。兄弟姉妹で買い求めれば、互いを案じて、辛い務めから逃げ出すこともなかろう。寂しさも紛れましょう」


「うむ。それと巫女は、透破・乱破の一族の娘から選べばよいか。神聖な役目を与えれば、一族の忠誠もより確かなものとなるはずじゃ」

 私の知らないところで、私の「同居人」となる子供たちの運命が、淡々と決められていく。彼らには、選ぶ権利すらない。

(……私に、何ができる?)

 今はまだ、泣くことと、おむつを濡らすことしかできない非力な赤ん坊。無力だ。あまりにも。でも、もし彼ら彼女らが私の元へ来たら、その時は――。

 私は、固く、固く決意した。

(絶対に、奴隷なんて呼ばせない。ちゃんと名前で呼んで、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、勉強して。もし、誰かがその子たちを虐げたり、モノのように扱ったりしたら、神の子パワーとやらで徹底的に守り抜いてやる。私が、この子たちの家族になるんだ)

 その後も、私の頭上では具体的な人選が続いていった。


「社の宮司は、堀内兵部少輔氏兼ほりうちひょうぶのしょうゆううじかねにするかの。かつては槍働きで名を馳せた猛者だが、今は仏門に心惹かれているという変わり者。ガタイも大柄であるし、腕の立つ忍びどもを取りまとめるのには丁度良かろう」


「そうすると、女官長は、宮司と同じ様に信頼できる者が絶対ですね。私との文のやり取りもございますし。長年、奥を取りまとめてくれている【たき】か、あるいは、たきの娘で、しっかり者の【まつ】がいいかしらね。まつは、琴とも年が近いですし」

 もう、情報量が多すぎる。

 私の小さな頭は、たくさんの知らない名前と役職でパンク寸前だ。


「そうと決まれば、皆を呼んで話を詰めねばな!」

 議論がまとまったのか、父上の力強い声が響く。それまでのひそやかな声とは打って変わり、城主としての号令が部屋の空気を震わせた。


「誰ぞある! 堀内氏兼を火急の要件で、それから連雀れんじゃく光賀こうがを明日の巳の刻に、と呼んでまいれ!」

 部屋の外に控えていた小姓が「ははっ!」と応え、城の廊下を慌ただしく走り去っていく足音が聞こえた。

 物語が、私のあずかり知らぬところで、急速に、そして確実に動き出している。

(優しいお兄様。買われてくる、名も知らぬ子たち。槍働きが得意な宮司様。しっかり者の侍女さん。そして、リアル忍者さんたち……)

 これから私の人生に深く関わることになる、まだ見ぬ同居人たち。

 その一人一人の顔を思い浮かべようとしながら、私は再び、深く重い眠りの中へと落ちていった。次に目覚めた時、世界はまた少し、変わっているのだろう。

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