恐怖の自動販売機
みららぐ
恐怖の自動販売機
「こんなところに自販機なんてあったっけ」
時刻はすっかり夜中の23時。今日は、9月6日。
残業ですっかり帰りが遅くなってしまった俺は、例の自販機の前でふと足を止めた。
自販機を見てみると酒は売っていないようだが、その代わり製品見本の部分に、「彼氏」「彼女」「男友達」「女友達」「夫」「妻」「息子」「娘」「兄」「姉」「妹」「弟」…等、たくさんの代名詞が並んでいる。
不思議に思った俺はふと値段を見てみると、なんと表記が「0円」となっているではないか。
これは普通にジュースを買うより面白そうだ、と俺は勢いで「彼女」のボタンを押したのだった。
そして、ボタンを押した直後に自販機内に落ちてきた、「彼女」と書かれた缶。
手に取ってみると、缶自体は空みたいだ。飲み物が入っているわけではない。
自販機の大きさ自体、見た目は普通のそれとさほど変わりはないので当たり前かもしれないが、人間の可愛い女の子が出てくるわけでもないらしい。
取り出し口のフタを開けてみて中を探ってみても中には何も入っておらず、空の缶を開けて中を覗いてみても、やはり中に何かが入っているわけではなかった。
「なんだよ…インチキじゃねぇかよ」
俺はその言葉とともに舌打ちすると、空き缶をゴミ箱の中に放り入れてその場を後にした。
******
しかしその直後から、俺の人生は少しずつ変わり始めた。
あれから自販機を離れてようやく自宅に帰ったはいいが、独り暮らしの寝室に入るなり、学生の頃から10年くらい大好きで仕方なかった女優が「デキ婚した」というネット記事を目にした。
「ええーっ!?」
今までチラホラと噂だけが行き来していたが、まさか結婚に至ってしまうとは…。
そしてやるせない気分でコンビニ飯を頬張って、友人からのラインに目を通していると、高校時代に付き合っていた元カノが、「元気?」といきなりメッセージを送ってきた。
高校を卒業して以来約5年ぶりの元カノからの接触に、俺は驚きうろたえつつも「元気だよ」とつまらない返事を送る。
しかしさすがにそれだけでは味気ないので、「どした?」「俺に会いたくなったかw」と調子に乗ったことを送ると、そこから数分くらい経って元カノから返事が来た。
こんないきなりの連絡、期待するでしょ?
俺だったら間違いなくその先を妄想しては顔がニヤけますね。
なんて、心の中でそんな独り言を言いながら秒でスマホを開くと、元カノとのトーク画面にはこう書かれてあった。
『ざんねーん』
『私もう子供いるしw』
…はぁ!?
そしてその文面だけで大きなショックを受けていると、そのうちに元カノから畳みかけるような返事がきた。
『旦那から、同じ会社でたまたまあなたが働いてるって聞いたから』
そのメッセージに俺が食い気味で「だれ!?」と聞くと、元カノの旦那は俺の直属の上司(35歳)だった。
そのあとからは、マジで生きた心地がしなかった。
風呂に入っていてもほとんど意識がなく、テレビを見ていても内容が一切頭に入ってこない。
大好きなゲームも連続して「GAME OVER」の文字が並んだ。
「俺がいったい何をしたっていうんだ…」
そしてその夜さえ一睡もできず、切実に「彼女が欲しい」と願った直後だった。
俺は、同じ会社の若い後輩(通称、マドンナちゃん)に翌朝とつぜん愛の告白をされた。
「私、先輩のことが好きです!付き合ってください!」
この告白を、俺は断るわけがなかった。
マドンナちゃんとは正直会社内で挨拶を交わす程度だったが、まさかマドンナちゃんが俺を好きでいてくれたなんて見当もつかなかった。
マドンナちゃんは照れ屋で俺たちが付き合っていることを周りに隠したがったが、俺は皆に自慢したくて仕方ない。
同僚との雑談中も、タイミングを見つつ今にも全てを話してしまいそうだった。
彼女がいるということは、こんなにも幸せなのか。
社内で目が合ったらマドンナちゃんが優しく微笑んでくれるから、俺はそれだけで昇天しそうだった。
しかし、なぜこんなタイミングよく俺に彼女ができたんだろうか?
それも相手はあのみんなが憧れるマドンナちゃん。
俺、なにかしたかな?
そう考えていた時だった。
俺の脳裏に、「あの自販機」がふと過った。
マドンナちゃんは可愛くて料理も出来て仕事も出来るし、家事も熟す。
誰が見ても「完璧な彼女」であるマドンナちゃんに、俺は日が経つにつれて満足どころか「もっと」「もっと」と更に理想を求めるようになった。
…───マドンナちゃんに俺の妻になってほしい。
そして、マドンナちゃんとの間に子供もほしい。
そうだなぁ、最低でも5人は欲しいな。
俺はやがてその望みが抑えられなくなり、マドンナちゃんにプロポーズ……ではなく、会社帰りに一人で例の「自販機」へと向かった。
******
いざその場所に出向いてみると、まだ同じ場所に自販機が存在していた。
そして自販機の製品見本を見てみると、そこには相変わらず「彼氏」「彼女」「男友達」「女友達」「夫」「妻」「息子」「娘」「兄」「姉」「妹」「弟」…等、たくさんの代名詞が並んでいる。
「…これだ」
俺は独り言のようにそう呟くと、早速「0円」表記の「妻」を選択した。
……けど。
「…」
俺は手に渡った「妻」の缶を右手にしながら、なんとなく目の前の不思議な自販機を眺める。そして、迷いなく「女友達」のボタンを押した。
もちろん、これも0円だ。どうせ無料なんだから、マドンナちゃんが俺の奥さんになる他に可愛い女友達もほしい。
そしてその流れで、「ついでに子供5人も用意しておくか」と、娘3人息子2人の割合でその缶を次々と押していった。
あとはー…あ!
俺ずっと一人っ子だったから、姉と妹が欲しかったんだよね。
俺はそう思うと「姉」と「妹」のボタンも次々と押していったのだった。
さて、俺の人生はこれからどれだけ輝かしいものになるだろう。
そう考えて妄想するとウキウキが止まらなかったが、俺はそれぞれの空き缶をこの前と同様ゴミ箱に捨てると、「帰るか」と自販機に背を向けた。
…───けど。
「…」
俺はその直後に後ろを振り返ると、「最後にあと1つだけ」と、つい欲が出て再び自販機のボタンを押す。
それは、俺がこの自販機で一番最初に押した「彼女」のボタンだった。
俺はマドンナちゃんという可愛くて完璧な彼女を奥さんにしても、別で彼女が欲しいのだ。俺は早速出て来た「彼女」の缶を手に取ると、それもゴミ箱に捨てた。
さすがにこの空き缶の量は、持って帰りたくない。
…───しかし、鼻歌交じりで自販機を離れたその直後。
俺は、帰り道の大きな交差点で交通事故に遭った。
その事故は、トラック運転手の飲酒による事故だった。
運転手は酷く酔っぱらっており、俺だけが渡っていた横断歩道に横から突っ込んできたのだ。
俺は気が付けば、生きている奴らからは“目に見えない存在”となっていた。
「あなたっ…あなたぁ…!」
しかし、俺の葬儀を自分で見てみて、俺は驚いた。
自販機で選択した通りに「妻」「女友達」「娘」「娘」「娘「息子」「息子」「姉」「妹」を手に入れてはいるが、俺の奥さんとなっている人は明らかにマドンナちゃんではない。
むしろどこの誰かもわからない非常に「ブスな女」である。
そんなはずは…そんなはずは…。
じゃあ、最後に「彼女」を選択したから、マドンナちゃんは彼女のままなのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしかった。
…俺の葬儀にマドンナちゃんがいない。
何でだ?そして俺の両親が座るところを見てみると、そこには一切の身に覚えがない「別人」が座っていた。
俺が全く知らない60代くらいの男女が、まるで俺のことを息子であるかのように俺の遺体のそばで号泣している。
…何だこれ。
もしかして俺は、こんな現実のために死んだっていうのか。
俺は大きな怒りを覚えると、そのまま葬儀場を出て例の自販機がある場所に向かった。
しかし…
「…あれ?」
何故か既にその場所には、自販機がもぬけの殻になっていた。
あの自販機はいったいどこに行ったんだろう。
あの自販機はいったい何だったんだろう。
無茶苦茶なことを思っていることは百も承知だが、あの自販機に俺の人生を返して欲しい。今すぐにでもどうにか出来ないか。
そう思い俺は辺りを見渡すけど、俺はそこであるものを発見した。
…───ゴミ箱の中に、俺が捨てた空き缶がまだ残っている。
しかし、そう思ってゴミ箱の中から空き缶を取り出そうとしてみても、俺がいま“幽霊”のせいかその空き缶を掴むことさえ出来ない。
「クソ…!!」
そもそも手に取れたとしても今の状況を打破できる術はないのだが、俺はとにかく人生を狂わされたことで冷静な判断力を失っていた。
なにか…何かないのか、何か…!
そう思って再び辺りを見渡してみると、その空き缶の裏になんと製造会社名と住所等の連絡先が書かれてあった。
「これだ…!」
俺はその住所を見ると、「ここにいきたい!」と強く願ってみた。
するとその瞬間、目の前の場面が切り替わって、俺は目を見開いて辺りを見渡した。
すると目の前には…“あの自販機”が立っていた。
この場所は、この自販機の製造会社か何かだろうか。
でも今はそんなことはどうでもいいか。
俺は飛びつくように自販機に駆け寄ると、必死になって訴えかけるように言った。
「っ…なぁ!俺、この前お前から彼女とか妻とか…いろんな!色んなモン手に入れたんだけど、命を失ったんだよ!俺まだやりたいこといっぱいあるし、彼女とか奥さんも自分で努力して作るからさ!俺の人生返してくれよ!お前から貰ったもの全部返品でいいから、だから…お願いだよ…」
…最後の方は何とも情けない声を出して懇願してしまったが、この際そんなことどうでもいい。
お願いだから何もかも元に戻して、マドンナちゃんのことも彼女じゃなくていいから。
…───すると、何度もそうやって懇願していた時だった。
俺はその瞬間、目を開けていられないような眩しい光に包まれた。
「っ…!?」
******
「お兄さん、お兄さんってば」
「…うぅん」
「お兄さん起きてほら、早く」
「…?」
眩しい光に包まれたかと思ったら、そのうちに瞼の奥から聞き慣れないおじさんの声が聞こえてきた。
その声に俺がゆっくり目を開けると、目の前には何故か2人の警察官が俺の方を見てしゃがみこんでいた。
「っ、うお!?」
目の前のそいつらに俺が思わず驚きでそんな声を出すと、その警察官が少し安心したように俺に言う。
「やっと起きた。なんでお兄さんこんな場所で寝てるの。たまたま僕らが署に戻る途中で通りかかったから良かったものの、近頃クマの目撃情報とかあるんだから気を付けたほうがいいよ」
「…?」
そんな警察官の言葉に、俺は不思議に思いながらあたりを見渡してみると…どうやら俺がいるこの場所は、元々例の自販機が設置してあったあの場所らしい。
そして今は夜なのか、空は藍色になっている。
…もしかして俺、生き返った?自販機に願いが通じたのか?
そう思いながら慌ててスマホをスーツのポケットから取り出すと、日付は俺が例の自販機に初めて出会った9月6日まで戻っていた。
そして…
「…!!」
あの可笑しな自販機も、変わらずに俺のそばに佇んでいる。
俺が放心状態になっていると、警察官の人達が呆れたように言った。
「…お兄さん特に酔っぱらっては無いみたいだけど、心配だからパトカーで自宅まで送るよ。ほら乗って」
俺はそんな警察官に促されると、未だ戸惑いを隠しきれないままパトカーに乗り込んだ。
……そんなパトカーの背後で。
「…うん?なにこの自販機?」
今度は別の若い女性が、その不思議な自販機の前で足を止めた────…。
【完】
恐怖の自動販売機 みららぐ @misamisa21
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