ささやかな秘め事

なまなま

桃色の宇宙に見惚れて

 頭をあげると、水滴だらけの顔が映っていた。口をあけ、空気を体内に流しこもうとする、お間抜けな顔。

 口を開けたまま、自分の顔をまじまじと見てみる。顔の土台になっている浅黒い肌。その上に、尖った目尻、パキパキの唇、狭いおでこ、肉のあまりついていない鼻。それらが自分の主な要素である。

 口を閉じ、じっと自分の顔を睨む。加えて、顎にある白ニキビ、真っ黒な目の真ん中、肉に挟まれたまつ毛、全体に広がる毛穴、かすかに通るほうれい線。ぼやけていた自分の顔をくっきりと形作り、現実を自分に示してくる。

 顔をひいて、自分をぼやけさせる。くるっと振り向き、後ろをもう一度チェック。誰もいない。

 後ろに気をつけつつ、通学用カバンから自分の秘密を取り出す。部活帰りに手に入れた、片手に収まる秘密。

 コロンとした、丸っこい容器。これを買うのに使った勇気と葛藤は、かなり多かったなと思い返す。くるくると持ち手を回し、上に引き上げると、小さなブラシに桃色の宇宙が絡まっていた。

 ぎっしりと星や惑星の詰まった、夢のように甘い色のそれを、そっと唇にのせる。

 生の唇が、染められていく。

 ゆっくりと、唇からはみ出さないように。慎重に塗っていく。

 やがて染まりきったときには、唇は宇宙に侵食されていた。唇だけ見ると、ちょっとイイ感じ。

 少し恐ろしいが、今度は顔全体を見てみる。すると予想通り、全くもって似合ってない。自分でもはっきりと分かるぐらいミスマッチだった。笑えるほどに。

 でも、自分は気に入っていた。

 その時の、自分の顔全部。

 じっと見つめた後、唇についた色を水で手早く流し、いつもの顔で、何事もなかったかのように家族の前へ姿を現す。

 自分だけの秘め事をバッグの底へ隠して、残り少ない今日を過ごしていく。


 

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