転生したらチート職業(濱口隼弥)にされて勝手に家に居候しているエルフの娘とスローライフを送っています。 ~気づいたら伝説の違法使いと呼ばれていた件~

@hama_fifteen

第1話

俺の最初の記憶は、温かい羊水に抱かれていた微睡まどろみと、やがて全身を襲う圧迫感、そして世界に押し出された瞬間のまばゆい光だった。


「オギャア、オギャア!」


自分の意思とは無関係に、肺が空気を求めて叫びを上げる。視界はぼやけ、何も判別できない。ただ、自分を抱き上げる優しい腕の感触と、聞き慣れない言語で語りかけられる声だけが、確かなものとして感じられた。


――いや、違う。俺には、もっと別の記憶があった。


(俺は、鈴木太郎。享年46歳。私立中高一貫校の物理教師で……確か、連日連夜のデスマーチの末に、職員室のデスクで突っ伏して……)


そうだ。俺は死んだはずなのだ。それなのに今、こうして赤ん坊として泣いている。状況は明らかだった。いわゆる「異世界転生」というやつだ。物語の中だけの出来事だと思っていたが、まさか我が身に降りかかるとは。


俺は、カニス・イルガルという新しい名前で、この世界に生を受けた。


父、エルマンと母、セリーナは、辺境の小さな村で暮らす心優しい夫婦だった。二人は、言葉も話さず、ただ泣くだけのカニスを、深い愛情をもって育ててくれた。前世では孤独だった俺にとって、その温もりはあまりにも心地よかった。


精神が成熟している俺は、赤ん坊の身体に宿るという奇妙な状況に戸惑いながらも、驚異的な速さでこの世界の言葉や常識を吸収していった。両親は俺を「神童」だともてはやしたが、内心は冷や汗ものだ。ただの中身おっさんなだけである。


この世界には、人々を律する二つの大きなことわりがあった。


一つは、「魔法」の存在。人々は体内に魔力を宿し、訓練次第で様々な奇跡を顕現させることができる。


そしてもう一つが、「職業ジョブ」の存在だ。人は五歳になると、神殿で「授与の儀」を受け、神から生涯の指針となる職業を授かる。戦士、魔法使い、農夫、鍛冶師……。与えられた職業によって、その者の人生は大きく左右される。強力な戦闘職を授かれば騎士や冒険者への道が開け、生産職ならばその道の職人として生きることになる。


そして、俺が五歳になった年の春、ついにその日を迎えた。


「カニス、緊張しなくていいからな。お前がどんな職業を授かっても、お前は私たちの自慢の息子だ」


父エルマンが、俺の頭を大きな手で優しく撫でる。母セリーナは、心配そうな顔で俺を見守っていた。二人とも、俺に過度な期待を寄せているわけではない。ただ、この世界では「無職」や、誰も知らない「未知職」は、時に不吉の象徴として扱われる。それを案じているのだろう。


村の小さな神殿。その中央には、子供の背丈ほどもある大きな水晶が鎮座していた。授与の儀は、この水晶に手を触れることで行われる。


「では、カニス・イルガル。前へ」


神官の厳かな声に促され、俺は祭壇へと進み出た。深呼吸を一つして、水晶にそっと両手を触れる。


その瞬間、水晶がまばゆい光を放った。それは、今まで儀式を受けてきたどの子供よりも強く、神殿中を白く染め上げるほどの輝きだった。


「おお……なんという魔力量だ……!」


神官が驚きの声を上げる。村人たちも、固唾をのんでその光景を見守っていた。光が収まると、水晶の表面に、この世界の文字が浮かび上がるはずだった。


しかし。


そこに現れたのは、誰にも読めない奇妙な文字列だった。


「な、なんだこれは……?このような文字は見たことがない……」


神官が困惑する。村人たちもざわめき始める。だが、俺だけは違った。俺は、その文字を読むことができた。なぜならそれは、俺が前世で使い慣れた、見慣れた文字だったからだ。


そこに浮かび上がっていたのは、こうだ。


【 濱 口 隼 弥 】


(はまぐち……はやと?)


誰かの名前だ。日本人らしい響きだが、俺――鈴木太郎の記憶にはない名前だった。一体なぜ、こんなものが俺の職業として?


「神官様、カニスの職業は、なんと?」

父の問いに、神官は苦々しい顔で首を横に振った。

「……わからん。どの文献にも載っておらん。そもそも、これは文字ですらないのかもしれん。何かの紋様か……。前代未聞だ」


結果、俺の職業は「不明アンノウン」として扱われることになった。村人たちの視線が、期待から戸惑い、そして微かな侮蔑へと変わっていくのを感じた。両親は俺をかばってくれたが、その日から俺の平穏な日常は少しずつ形を変えていった。

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