coffee
帰りたい
第1話
蝉も鳴かないほど暑い初夏。
私は重い荷物を持って街を出た。
どこか違うところへ行きたかった訳じゃない。
しかし行かないと気が済まなかった。
山奥にある旅館はどこも薄暗く、不気味な冷気とぼんやりついた電灯が私を照らす。
荷物を置いて辺りを見回りながらご飯処に向かう。
あと少しあと少しと急かす気持ちを抑えながら冷めたご飯を無理やり緑茶で流し込み、部屋に戻りながら明日の準備をする。
君はこれが好きだったよね。なんて思い出にふけながらお土産を紙袋に押し込んだ。
次の日の早朝、足早に旅館を出ると辺りは霧に覆われていた。
暑い夏にはちょうどいい空気が辺りを包み込む。
しばらく山奥を歩くと大きな大樹が私の影を包み込んだ。
その下には小さな芽。いや、目。
遅くなったね。
持って来ていたスコップで周りの土を掘り返す。出てくるのは土で汚れた白い肌。血色のない唇。可哀想に、こんな姿になっちゃって。
私はそっと頬の泥を拭った。
彼女に最初に会ったのは数日前。
私に彼女がコーヒーを溢したのがきっかけだった。
彼女は溢したコーヒーを見つめながら一言。
「店長、客に足引っ掛けられました。」
それが私の転機だった。
世の中にはこんなにも頭の悪い人間がいるのか。否、此奴は決して人間なんかじゃない。
千切れた金髪に割れた爪、乾燥した唇にシワだらけのエプロン。
きっとどこかで間違えたんだ。
最近の人間はみんな自分に甘いから。
私の時代ならこんな人は居なかった。
こんな人間は要らない。
私が自然に生物として還してあげなければ。
そうして私は彼女を大樹の下に生き埋めにした。
これは彼女に贖罪のチャンスをあげている。
決して人殺しではない。そう私は考える。
「これは土産だ。好きだろう?コーヒー。」
そう言って君が溢した種類のコーヒーを目に注ぐ。
茶色く濁った目が私を見つめる。
君は私に見つかったとてつもなく幸福者な生き物だ。君もそう思うだろう?
そう思いながら土を被せる。
そこに自責の念は一つもなかった。
君が優しい目をするその日まで、私は君を赦さない。
たとえそれが長く重い期間になろうとも。
時代が大きく変わろうとも。
そうして私は大樹の元を離れた。
昼間、旅館のテレビが彼女を大きく映す。
「女子大生行方不明事件 未だ手がかりなし」
コメンテーターが一つコメントするたびに血管が浮き出る。
その場に置いてたコーヒーが少し揺れた。
coffee 帰りたい @nkyshiki
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