⑥結愛ちゃんとお出かけ
「りーたん!明日暇?」
「池袋で遊ばない?」
「カラオケ行ったり、ショッピングしたりしようよ!」
お風呂から出ると、結愛ちゃんからLINEが来ていた。濡れた髪をタオルで軽く挟んで叩き、ベッドへ腰掛ける。お風呂上がりだから、指紋認証が上手く反応しない。指を肩にかけたタオルで軽く拭き、もう一度タップした。
「明日なら空いてるよ。」
そう送りかけて、指を止める。いやいや、落ち着け。もし遊びに行って、吃音症がバレちゃったら。それに前提として友達付き合いが苦手なのに、会話が全然続かなかったら。いきなり絶縁も有り得る。よし、やっぱり断ろう。さりげなく、さりげなく。もう一度LINEを開いた時だった。
「じゃあ、明日十一時に駅の東口で!」
続いて「楽しみ」とスタンプも送られてくる。なんだこれミイラ?
それよりも、何で遊ぶことに。遡ると、私がさっき打っていたメッセージは数分前に送られていた。もしかして、私、送るのを止めたはずが普通に送信ボタン押しちゃってた?バカすぎる私。今さら断る、なんて出来ないよね。スタンプまで送られてるし。ミイラの。「ごめんやっぱり無理だった〜てへ。」なんて送ったら呪い殺されそう。
「ん〜……。」
部屋中を歩き回る。でもいい考えは思いつかなかった。しかたない、ここは腹を決めて行くしかないか。ドライヤーを手に取りながら私はお出かけコーデ特集を調べ始めた。
「おっはよー!」
翌朝、駅に着くと、もう既に結愛ちゃんが待ち合わせ場所で大きく手を振っていた。いつもと違い、今日はハーフツインテール。それぞれの毛束がクルクル巻かれていて、Theオシャレガールって感じ。服装も淡いピンクと白のワンピースで胸元にリボンがついていて、同じ色のバッグと靴と良く合っている。
「お待たせ、えっと、行こっか。」
そう声かけると、結愛ちゃんが目を見開く。
「ちょっと待って?りーたん何で制服なの?」
「え?変かな。」
昨日調べたモデルさんは二人とも制服を着ていたんだけど。結愛ちゃんが固まっている。まさか、私早速何かやらかした?
「ま、まぁナラの制服は可愛いし、コスプレに見えなくもないか……。うん、とりあえずカラオケにGO!」
わざと声を張り上げてるように聞こえるし、顔も引きつっている。可愛いって言ってたし、服装は変では無いみたい。あ、もしかして、私、待ち合わせに遅れてた?チラッと腕時計を見る。うん、まだ五分前だ。スマホを見ても、時計がズレてる訳じゃないみたい。
良かった、失敗してない。人が沢山行き交う中、私は結愛ちゃんを追いかけた。
――カラオケきゃっと 池袋東口店――
エレベーターに乗り四階で降りると、お店に着いた。
「いらっしゃいませ。受付こちらでどうぞ。」
「10:00から予約している成瀬です。」
結愛ちゃんがテキパキと受け答えしていく。私は隣でどぎまぎ。実は私、カラオケって真白としか来たことが無い。いや、正確には小学生の時も一回みるくちゃん達――私たち五人組で来たことがあるんだけど。確か、あの時は夏休みに来たんだっけ。真白がアイスコーヒーとコーラ入れ替えてりんねちゃんにドッキリをしかけたんだ。あいつが驚く顔見てみたい、って。でも、頭の良い氷翠くんが直ぐに気がついて、真白のコップとりんねちゃんのコップをまた入れ替えたんだ。優雅にコーラを飲むりんねちゃんを見て不思議そうな顔した真白。そこからコーヒーを飲んで大惨事。私とみるくちゃんはそれを見て大笑いしたっけ。いや、思い出すのは辞めよう。胸がぎゅっと締め付けられる。こんなの過去のことだから。二度と戻ってこないんだ。なんて、落ち込んでいると、頬にひんやりとしたものが触れる。
「ひゃっ。」
「引っかかった!」
コーラを持った結愛ちゃんがにやりと笑う。
「びっくりした……。」
私が不安そうな顔をしていたから、脅かしてきたのかな?
「ほら、早くりーたんもドリンク選んで!こうしてる間もルーム時間減っちゃうぞ〜。」
そう言って背中をバシッと叩く。
「う、うん。どれにしようかな。」
少し考えて、オレンジジュースを注いだ。
「部屋番号は07ね。うわ、ドリンクバーから超近いじゃん!運良!」
ルンルン気分で結愛ちゃんがドアを開ける。黒っぽい液体がカランと音を立てて揺れた。
「あの、一応聞くけど、それってコーラ?」
「逆に何だと思ったの〜?いつも最初はコーラなの。その次は口直しにメロンソーダ!」
「あ、そうなんだ。そうだよね。」
コクコク頷いて、私も部屋に入った。照明をつけると、天井や床、壁が色とりどりの光で覆われる。これって何ていうんだっけ……そうだ、ミラーボールだ。赤やピンク、黄色にオレンジ、青に紫。様々な色が私達を照らし、それだけでワクワクしてくる。いや、正直言うとワクワクよりバクバクって感じだけど。やっぱり緊張する。友達と遊ぶのに緊張してるのって、きっとこの世界で私ただ一人だよね。
「あたし、いっちばーん!」
結愛ちゃんがマイクを持って歌いだす。そういえば、アイドル志望だって言っていたっけ。今流行りの(らしい……確か、多分)アイドルの曲をダンスをしながらノリノリで歌っている。私なんか歌うので精一杯なのに。凄いなあ。きっと沢山練習してるんだろうな。
伸ばした指先はピンとしているし、ずっと笑顔を絶やしていない。
「えっと、サイバー……。」
あ、もう続き分からない。とりあえずマラカスを降っておこう。えー、私うるさくないかな?ボリューム合ってる?浮いてないよね?
シャンシャンシャンシャン。……これで良いんだよね?
「りーたんも曲予約しなよ。あたしもう五曲ぐらい入れちゃった。」
多いな。結愛ちゃんがパッドを指さす。そうだった。私も歌わないと完全結愛ちゃんのソロライブだよね。パッドを手に取るけど、曲名検索のページで指が止まる。どどどどどうしよう。結愛ちゃんのアイドル曲は知らないし。実は私の歌える曲と言ったら、とら衛門くらいなんだよね。真白は結構曲を知ってて色々なジャンルを歌えるんだけど。もしここでキッズソングを流したら……。
――「うわ、ガキかよ。」
何て思われちゃったら。あーこうなるなら流行を取り入れるべきだった。とは言え、ぼんやりと知っている曲入れて全く歌えなかったとしたら……。
――「何しに来たんだこいつ。」
すーっ。息を吸う。どっちに転んでも地獄。昨日服よりカラオケ曲を調べるべきだった。服は完璧でも肝心の曲がボロボロなんて……。でも、後悔しても遅いよね。トップページをただスクロールをしていた指があるバナーで止まる。
「困った時にはコレ!カラオケ定番曲」
あ、これなら丁度いいかも。タップすると、王道の曲がズラっと一覧で出てきた。どれにしようかな。私が選んでいると、懐かしい曲の名前が目に入った。
「ずっとともだち」
なんだっけ、これ。見覚えがある。思い出そうとすると、直ぐに分かった。これ、五人で来た時に、真白が最後に歌ってた曲だ。歌詞を表示させると、やっぱり。あの時と同じ曲だ。真白はこの曲を歌って……。
――「俺達ずっと友達でいようぜ!大人になっても、えっと、死んだ後も。天国でまたこうやって遊ぶんだ。」
確か、バカ真面目な顔でそんなことを言っていた。
「うん!」
「もっちろん。」
みるくちゃんと私が答えて。
「私達の友情は永遠に不滅です。」
りんねちゃんが続けて。
「南はコーヒードッキリ仕掛けたから地獄に行くかもしれないぞ?」
って氷翠くんが脅して、またみんなで笑ったんだ。ずっと友達、か……。そんなことを言ったのに、死ぬ前から友情は終わっちゃったよね。なんて、そんなこと考えても仕方ないか。半ば勢いで予約ボタンを押す。すると少ししてイントロが流れ始めた。
「良い曲選ぶねぇ。」
結愛ちゃんがニコニコして椅子に座る。テレビ画面の横に立てかけてあるマイクを手に取り、しっかりと握りしめた。実は吃音症の人は基本的に歌っている時は症状が出ない。だから、カラオケでは声のことは気にせずに歌える。大きく息を吸って、歌い始めた。あー心臓の音やばい。マイクに拾われないかな?私の歌い方変じゃないよね?声小さくないかな?いや、寧ろ小さい方があまり聞かれずにすむかな。歌詞を見ると、あの時の記憶が頭にかすめる。今度こそは、もう友達を失いたくない。そんな思いを込めながら歌った。そして、気づいた時には歌は終わっていた。音楽の余韻が小さなルームボックスに染み込んで消えた。結愛ちゃんは目をぱちぱちさせている。
「えっと……どうだった、かな?」
乾いた笑いが漏れる。選曲のことばかり気にしていたけど、肝心の歌唱力は気にしていなかった。私、歌下手だったかな。真白はいつも褒めてくれるけど、真白の言うことって信用ならないし。私が冷や汗を流していると、結愛ちゃんが私の手を掴んだ。
「りーたんこんなに歌上手いんだ!凄い凄い!」
「うぇ、そんなに?」
賞賛の言葉を言われ、顔が赤くなる。信じられないけど、素直に嬉しい。緊張のドキドキは興奮のドキドキに変わっていた。陽キャはとりあえず褒めておく癖があるって分かってるけど、それでも嬉しい。凄い、最初はあんなにみんなの前で歌うことが怖かったのに。
今は幸せでいっぱいだ。
「あ、ああありがとう。嬉しいよ。」
お礼を言った後に気づいた。私、今吃音の症状が出ていた?途端にまた冷や汗がぶり返す。
――「六華ちゃん何でそんな変な話し方なの?」
何度目かの莉音ちゃんの言葉がフラッシュバックする。
「うん、どういたしまして!」
結愛ちゃんはにっこり笑ってそう言った。
「え?」
「んー?お礼言われたから、どういたしましてって言ったの!」
そうじゃなくて。
「今、私の話し方、変だなって思わなかった?」
ごくりと唾を呑む。こんなこと自分から聞くなんて。墓穴を掘っちゃったかな。ドキドキしていると結愛ちゃんがあっけらかんと答えた。
「何か変だったっけ?まぁ、早く曲予約しようよ!」
びっくりした。私、変だって思われてない。それどころか、吃った話し方に気づかれてもいなかった。それが私の不安を一気に消し去った。アイドルソングが、また流れ出す。
「あとさ。」
結愛ちゃんが私に向き直る。
「りーたん笑った時が一番可愛いよ。さっきみたいにさ!」
そう言ってポーズを決めた。なんだそれ、チャラい。
「うん。」
私もにっこり笑い返した。
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