第3話


「ねぇ、ちょっといい?」


 

 次の日。



 私は転校生の彼女を──ともりを連れて、人気の無いところに行った。



「えー、急になになに?」



 困ったようなセリフを吐きながらも、嫌な雰囲気が感じられない笑顔を浮かべる彼女の袖を引っ張り、顔を隠すための気休め程度だったマスクを外して、ありったけの憎悪を込めて睨みつけた。



「あんたのせいで、今日仮面を付けられなかったんだけど」



 そう、今の私は素の表情そのもの。取り繕ってくれるお守りは無い。今日という1日を過ごすのがどんなに心細く、そしてとても恐ろしかったことか。



 しかし、灯は悪びれるどころかにっこりと口角を上げる。



「へえー、良かったじゃん」


「はぁ?どこが!?あれが無いと──」


「いい子でいられない、って?」



 唐突に低い声を出してきた。思わず口をつぐんで灯を見た。相変わらずの笑顔だった。


 

 背筋に悪寒が走った。前々から思っていたが、彼女は表情と声のトーンや言葉が噛み合っていない。それが時折、どうしても恐ろしく感じる。



 何も言えない私に、灯は深いため息をついて、彼女は瞳に軽蔑の色を浮かべる。



「あのさ、そんなに取り繕うのが大切?自分の心を押し殺して、他人にいい顔ばかりすることって必要?」


「何それ」


「いや、純粋に気になっただけだよ。君が、どうしてそこまであの仮面に執着するのかを、ね」


「……、あんたに分かるわけがない」



 無意識に拳を握っていた。爪が手のひらに食い込んで痛みが走る。どうしようもなく腹が立った。


 

 なんでそんな表情を向ける?

 なんで責めたような言葉を投げられなければいけない?

 何も知らないくせに、なんでそんなことを言われなきゃいけない?



 いつも笑ってて、クラスメートに囲まれて、何の不自由もなさそうで。そんな奴に心配される筋合いは無い。最早、癪に触る。



 今、少しでも力を抜いて仕舞えば、すぐにでも彼女に殴りかかれる。骨を折って、皮膚を割いて、気の済むまでぐちゃぐちゃにする。そんな衝動が湧いては飲み込むのに必死だった。



「私は、いい子でいなきゃいけないの。それが、お母さんとの約束なのっ!」

 

「……へえ。だから仮面を買ったんだね。……ピエロから」


「っ!?」



 息を呑んだ。まさか、灯の口からその言葉が出てくるなんて。激しい衝撃と同様に襲われる。



 それがトリガーとなってあの日の光景が脳裡に浮かんだ。忘れもしない、母の命日が。



 

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