あの流れに身を任せて

逢瀬

3月9日

「すまん青藍(せいら)!待たせた!」

「あ、やっと来たし……」

川の向こうから大声を張り上げた私の幼馴染、一条 颯真(いちじょう そうま)は、軽く手を振りながら私の元へ走ってきた。

今日は、颯真がずっと望んでた事をする日。

桜を見に行くの。

「それじゃ、行こうか」

「だな」

私達の地元である青森県では、弘前公園の夜桜が有名だった。

日本三大桜のひとつで、すごく有名。毎年観光客も多かった。

「颯真はもう足大丈夫なの?」

「うん。さっき見ただろ?あんなに走れるようになったしな」

颯真は爽やかに笑いながら風に揺れる葉を見つめていた。

「それにしても、あの約束覚えてたなんてな」

「当たり前でしょ。私をなんだと思ってんの…」

約束、っていうのは、3年前に颯真としたこと。

颯真は、中学二年生の時に事故にあって、一生下半身が動かないと言われていた。

それで、中学三年生の今日-つまり、私の誕生日に約束したことがあった。

『18歳になったら、2人で桜を見に行こう』

つて。

あれから3年経って、颯真は走れるようにまでなった。

今でも信じられないな。

「大丈夫?」

「え、ああ、大丈夫だよ」

随分考え込んでいたみたいで、気付くと、颯真が私の顔を心配そうに見つめてきていた。

「あの時のこと思い出しちゃってさ」

「ああ……あの時か」

颯真は少し天を仰いで、遠くを見つめるような目をした。

「……置いてってごめんな」

「いや……謝らないでよ」

私がそう話してから、神妙な空気が広がった。

それもそのはず、だよね。

去年、色々あったから。

「……あ、青藍!桜見えたぞ!」

「わ、ほんとだ」

明るい声でそう言われ、顔を上げると、そこには確かに桜並木が広がっていた。

すごく綺麗で、ライトアップされた何十本もの桜が川に反射されていて、それも素敵だなと思い、暫く見蕩れてしまった。

2人でゆっくり歩き進めると、見覚えのある-忘れることの出来ない橋が見えてきた。

「……」

暫く、見つめたまま何も出来なかった。

一瞬強い風が吹き、橋の真ん中に添えられていた白い薔薇の花びらがひとつ舞っていった。

「……青藍、ひとつお願いしていいか?」

「え?うん、いいけど」

颯真は私に向き直り、ちょっと寂しそうに笑った。

「俺の事、忘れて欲しいんだ」

「……え、なんで?」

衝撃的だった。

ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染である颯真に、そんなことを言われるとは思っていなかったから。

「お前、上京するんだろ?」

「まぁ……。私も働かないといけないからね」

私には夢があった。

医師になる、っていう夢。

助けたかった。もう自分の目の前で命が消えるのは嫌だった。

「俺はこの場所から離れらんないからさ。忘れて欲しかったんだ」

それは、そうだ。

颯真はここから離れられない。

「……ごめんだけど、忘れる気はないから」

「……ま、青藍ならそういうと思った」

「じゃあ聞かないでよ……」

「ははっ、悪い悪い」

颯真は笑った。

私はこの笑顔に何回も救われた。

ずっとこのままならいいのにな。

「……じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」

「あ、そっか、もうそんな時間か……」

時計を見ると、午後7時を差していた。

「じゃあさ、最期に写真撮らない?」

「お、いいな。撮るか!」

私はスマホのカメラを起動して、桜と川をバックに2人でツーショットを撮った。


カシャッ。


「お、お前撮るの上手いじゃん」

「でしょ?もっと褒めてもいいよ?」

「はいはい上手いです」

「なにそれ雑いなー」

他愛ない話をして笑いあった。

ああ、この何気ない時間が好きだったな。

「……それじゃ、また会おうな」

「……うん。また、ね」

私は颯真の大きな背中を見つめていた。

遠くに消えていくまで、ずっと見つめていた。

「……?」

少し颯真が振り向くのが見えて、私は声をかけようと思った。どうしたの、と。

「青藍!!」

私が声をかける前に、颯真は私に叫んだ。

「早くいい人、見つけろよ!」

「……! …………はは、」

私は何も言わず、ただ笑った。

颯真はとびきりの笑顔で笑い、走って遠くへ消えていった。

暫くして、橋の真ん中に立ち、白い薔薇を手に取った。

相変わらずいい匂い。薔薇っていいな。

「……言わなくて、良かったのかなー…」

私は、颯真の事が好きだった。

幼馴染としても、もちろん。

一緒にいる時間が増えるうちに、どんどん恋愛感情が湧いてきた。

「忘れられるわけ、ないのにね」

私は薔薇の匂いを吸い込みながら、ちょっと笑った。颯真も私も、馬鹿だなぁと思いながら。


去年の今日。3月9日。

颯真は、この川に飛び込んで亡くなった。

また、事故だった。

この川で溺れていた小学一年生の女の子を助けようとして、ちょうど通りかかった颯真がここに飛び込んで助けた。

女の子は助かったけど、颯真はその日のうちに冷たくなった。

一緒に来ようって、約束したでしょ。

ねえ、颯真。

「私も、もう追いかけていいかな……」

白い薔薇は、颯真がいつも付けていた香水の匂い。

薔薇を抱えて、橋の真ん中で泣き崩れた。

遠くから、軽快に走る足音が聞こえてきたような気がした。

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