【30分読破シリーズ④】代打でマッチングした俺は、キミの代打彼氏

アキラ・ナルセ

第1話 代打デートでマッチング

「頼むって、海斗かいと。評価が下がると次からマッチできなくなるんだよ! 飯代も全部出すから!」


 金曜の夜、自宅のソファでくつろぐ俺のスマホにかかってきたゼミ仲間・宏志ひろしからの電話は、やけに必死だった。

 マッチングアプリで知り合った女の子と明日デートの約束があるのに、どうしても外せない予定ができたらしい。


「嫌だよ。責任もってお前が断るか行けよ」


 最初は即答で断った。けど、宏志は食い下がった。

 最近のアプリは「評価システム」というものがあって、ドタキャンしたり、印象の悪いことをすると星が下がり、次のマッチに不利になるらしい。


(評価性で世の中はどんどんシビアになっていくな)


 現に宏志の評価は★2.9。


「待ち合わせに十分も遅刻された」

「メッセージの返事が遅い」

「写真がないのは不安」

「直前キャンセル二回。さすがにない」


 とまぁ、散々なコメントが並んでいた。


(これ以上評価を下げたら終わり、ってわけか。自業自得だけど)


 結局、押し切られる形で了承したのだった。


 * * *


 翌日の昼過ぎ、俺は大学最寄りの駅前に立っていた。


 腕時計を見て、ため息をつく。


「……ホントに何やってんだ、俺」


 宏志のアカウントでアプリを開き、相手のプロフィールを確認する。けど、顔写真は載っていない。相手の女の子も非公開設定にしているらしい。


 これじゃあ、待ち合わせといっても本当に会えるのか怪しいもんだ。


(今日はせめて、“ドタキャンしない人”っていう評価だけでも回収して帰るか)


 そう決めて、待ち合わせ時刻の五分前に東口の時計台へ向かう。

 時計台の柱には“最近話題”のアイドルのコンサート告知ポスター。


 周りでは中高生が写真を撮り合っていたり、献血の協力を求めるアナウンスが聞こえたり、だだをこねる子供が泣いている声が聞こえたりしている。


 俺はひとつ深呼吸をして、視線を巡らせた。


 待ち合わせ時間ちょうど。けれど、約束の相手らしき人影は見えない。


 腕時計を見る。

 秒針が一周する。


 人の波が入れかわる。


 もう一度アプリを開いて、メッセージ欄を確認する。特に連絡はない。


(まあ、顔写真なしだしな。すれ違ってる可能性だって――)


 人混みの中でキョロキョロしていると、不意に声をかけられた。


「おまたせ!」


 振り返ると、黒髪の綺麗な女の子が立っていた。

 大きな瞳に、控えめな笑顔。思わず息を呑むほど整った顔立ちで、だけど派手さはなく、どこか落ち着いた雰囲気をまとっている。


「あ、あの……」


 彼女は戸惑うように言葉を濁した。

 緊張しているのかな。俺は待ち合わせ相手のプロフィールの名前を思い出しながら言った。


「もしかして、マッチングアプリの……えっと、遠山さんだっけ」

「あ、うん。そうだよ! 今日はよろしくね。えーっと……」

「あ、俺? 藤井海斗です。こちらこそよろしく」

「そっか、カイトくんね」


 彼女は頷くと、えくぼを際立たせる綺麗な笑顔を作った。


(……マジか、宏志。こんな美人とマッチしてたのか? そんな日にはずせない予定だなんて、つくづく運のないやつだなあ)


 思わず内心で苦笑してしまった。


「じゃあ、遠山さん、ご飯でも食べに行く?」

「あ……うん。じゃあ、あっちにカフェがあるから、そこでいい?」


 彼女は駅の中を一瞬振り返り、すぐに俺の腕を軽く引いた。

 その仕草が、やけに急いでいるように見えたのは気のせいか。


 歩き出す後ろ姿は、黒髪がふわりと揺れるたび、柑橘かんきつのような香りを残した。


 俺は半歩うしろからついていき、彼女がさっき駅の方を気にしたことを思い返す。

 なにかを探している、というより、なにかから視線を外したい、そんな目の動きだった。


(って、考え過ぎか。とにかく俺は宏志の代打としてそつなくやって、早めに帰るだけだ)


 俺達はカフェに入って向かい合うと、彼女はストローを指先でくるくる回しながら微笑んだ。


「こういうの、なんだか緊張するね」

「まあ……お互い初めて会うしな」

「確かに!」


 彼女が笑う。えくぼができる。

 この笑い方、どこかで見たことがあるような気がして、喉の奥に言葉が引っかかった。


 会話は案外、軽快に弾んだ。俺の大学の話、趣味の話。それを聞きながら彼女はよく笑った。

 気づけば、俺も自身が「代打」だということを忘れそうになるくらい。


 俺は喉が渇いてアイスコーヒーを口に含む。氷がカランと音を立てる。


(それにしても)


 ぱっと見の見た目は清楚系なのに、どこか芯の強さを感じさせる子だ。


「カイトくんはアプリは……その、どれくらいやってるの?」


「ん?」


「ほら、さっきのマッチングの。今日が初めて?」


(おっと、今はアイツのフリをして応えなきゃな。えーっと、どういえばいいだろう)


「あ……えっと初めてじゃあなくて、何回かは使った、かな」

「ふーん、そうなんだ。CMとかネット広告で最近流行り始めたみたいだもんね」

「みたいって――」


 そのとき、俺のスマホが震えた。


「……ん?」


 画面を見ると、マッチングアプリの宏志のアカウント宛てのメッセージが届いていた。


 遠山:《ごめんなさい。今日は行けなくなりました。また今度にしてください》


(は?)


 心臓がドクンと跳ねる。

 目の前の彼女は、確かに「遠山だ」と言った。

 でも、本当の相手はドタキャンしていた。つまり――この子は、別人。


 それにあの時、彼女は自分の口で名乗ったわけじゃない。


(じゃあ……誰だ? なんで俺の前に座ってる? 一体なんの目的で)


 疑問が頭を駆け巡る。


 その時、彼女がふいに窓の外を見た。

 すっと笑顔が消え、真剣な表情に変わる。


「カイトくん……ごめん、立って。今すぐ」

「え?」


 戸惑う俺の手を、彼女が強く引いた。


 カフェの窓越しに視線をやると、黒いスーツ姿の男たちが無線機を手に歩いている。駅前のロータリーには黒いセダンが二台、横付けされていた。


(な、なんだよあれ……!)


 彼女は俺の手を握りしめて、低い声で言った。


「お店を出たら走るよカイト君!」

「はい?」


 わけもわからず、会計を済ませて店を出る。

 ――次の瞬間、俺は彼女に手を引かれてカフェを飛び出していた。


(なんだか面倒なことに巻き込まれてないか俺!?)

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