第29話・2006/4/30 (Sun.) 08:19:25紺野比呂視点

もう欲しいものなんか何もない。だけど朝は必ず来てしまう。望む事などひとつだけなのに、わけもなく背が伸び声まで変わった。


親を2人とも失った俺は、たらいまわしになることなどなく、優しい人に引き取られたけど、どうせだったら何もわからない子供の頃にそうして欲しかった。


住む場所があるのに居場所がないのはつらい。



居場所をなくしているのが自分の意地や固執のせいなのはわかってる。だけどそんなのどうしようもなくて、他人はそれをあれこれ言うけど、俺にはこの世界が全てだから、そこでもがく事しかできない。


俺は死んだ母親に、寂しい時にはマフラーをしたらいいと教えられ、それでも心が痛むなら鎮痛剤がよく効くといわれた。そんなわけがないことなんか、数年前には気づいていた。だけど、子供の頃からしていたそれを、今更変えることなんかできない。


俺は非力だと思う。年齢的にもまだ幼く、働いたところで家一軒を買うことなんてできやしない。仮に俺が家を買ったとしても、壁やドアや床が俺に『おかえり』とは言ってくれない。その言葉だけは捨てられない・・。だから俺は結局今の生活が好きなんだと思う。


本当は何もかもが大好きで、友達も、俺の新しい両親も、自分の事だって大好きで、好きなものだらけの中で生きてる。 でも俺・・それを認めるわけにいかない。無理だよ。だってもう音羽くんはいない。


俺なんかが生まれたせいで、20歳で父親なんかにさせられて・・いらないものまで背負わせた。あの人の人生を奪ったのは俺だ。


たくさんの思い出をもらった。本当に大好きだった。それなのに、遊んだことや話したことを記憶の中から取り出そうとすると、浮かんでくるのは目の前で音羽くんが倒れた瞬間なんだよ。


朝が来て・・目が覚めるたびに苦しくなる。何事もなく日々が続くことは、天国からの拒絶のようで悲しい。それでも結局また次の朝が来て、下の階から足音が聞こえると、ほっとして少しだけ眠る。


このままじゃいけないってわかってる。けど、抜け出す方法がわからない。割り切ることで音羽君との思い出を切り捨てることは絶対できない。生まれた事や育ってしまった事を、後悔して謝ることしかできないのなら、全部終わりにした方がいいのに、音羽君のことを二度と思い出せなくなるなんて無理だから自分では死ねない。



大切にしてもらった。目に浮かぶ光景が苦しくつらい瞬間ばかりだとしても、優しかった声も、一緒に笑ったことも、全部俺の心の中にある。俺の心の中に生きてる。捨てられない。絶対に。


だから今はこういう朝を毎日繰り返していくしかないんだと思う。どうしていいかわからないときは何もしない方がいいんだと思う。だけど変わるチャンスは、いくらでもあると思うんだ。



変わらなきゃいけないって‥思ってるんだ。

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(高校一年生編) ハシバミヒオ @hiohashibami

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