人という楽器

梢 葉月

人という楽器

ここに、ピアノという楽器がある。


正式名称をクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテと言い、88鍵で構成された鍵盤から放たれる音律によって曲が奏でられる。


ここに、ヴァイオリンという楽器がある。


よく「バ」イオリンと書かれることもあるが、発音的に正確なのは「ヴァ」イオリンである。ピンと張られた弦を弓で擦ることで音色が生まれる。


ここに、ホルンという楽器がある。


正式名称をフレンチホルンと言い、音が出る場所に手を突っ込んで微妙な音程を変えたりする、若干潔癖症の人は扱いにくいかもしれない楽器である。

しかしその特異性からか、金管楽器の中で最も音域が広いといわれる。オーケストラではあらゆる楽器の音色と調和する万能楽器である。


ここに、オタマトーンという楽器がある。


とても可愛らしい見た目の楽器で、その姿はオタマジャクシを連想させる。

見た目の割に演奏は難しく、多少の音感と慣れが必要である。







ここに、人間という楽器がある。


正式名称をホモ・サピエンスまたはホモサピエンスサピエンスと言い、現在存在する生物で唯一、複雑な思考を行うことができるとされている。

彼らは声を用いて音を出し、言語という特殊な奏法を用いて、自分の思考を他の人間に伝えることができる。

初めは声と言語を生活のために使っていた人間であったが、次第に生活が安定してくると、この二つを娯楽とした使いだした。

「歌」と呼ばれるそれは、のちに生まれるどの楽器よりも、特に感情を伝えることに特化していた。


ある人は世界の理不尽に怒り、歌を歌った。

ある人は世界の美しさを賛美し、歌を歌った。


ある人はその歌を聴き、世界を変えようとした。

ある人はその歌を聴き、旅に出た。


ある少年は星の歌を聞いた。

彼は精神的に少し不安定で、寝ようと横になる度に未来からの不安で枕を濡らした。

それでも彼が今もなんとかやっていけているのは、その歌を口ずさんでいたから。


さて、あなたは今日、どんな歌を口ずさむ?

あなたという楽器から、どんな感情が聞こえるだろうか。

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人という楽器 梢 葉月 @harubiyori

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