第四話 冒険者ギルドにやってきた

 よっこいしょと、お婆ちゃんみたいな声でカウンターに例の保温バッグを置いて、十個で一タワー、計六タワーを丁寧に並べる。


 その姿に、冒険者達がほっこりしていると。受付嬢の一人が、「シェリアさん、新作のクルミ飴、あれ最高ですよぉ♪」と恋する乙女の様な顔で絶賛しながら近づいてきた。


 シェリアは途端に、口は死にそうなスライムの様に潰れてひくつき。帰る一分前に仕事を任された中年氷河期の様な顔をしながら、ネットリと恨みがましい視線を受付嬢におくる。途端に、うっとなる受付嬢。「あれは作るの大変なのよぉ、ただでさえ作った側から騎士団と冒険者ギルドがせっせともってっちゃうし……」


 受付嬢だけでなく、それを聴いていた冒険者達もうっとなった。


「だって、甘味であの安さで買えるなんてこの国のどこにもないですよぉ」


甘味じゃなく、回復がメインだという事は記憶から消えていた。


「値上げした方がいい?」と冷たい視線を向けるシャリアの背後で、冒険者全員が首を横にブンブンと振った。


 冒険者は死と隣り合わせで、あれで命が助かった冒険者は多い。飴を舐めながら、ポーションが買えるまで。もしくは、治療院に駆け込むまで。それまでの間、命を繋いでくれる回復飴。死んで蘇生なんて御伽話の類であり、時間と個数さえ揃えれば部位欠損ですら治る為、仮に手足を失ったとしても薬草採集などで食い繋ぎながら飴を買い。手足が治ったら復帰という手順を踏めば、今までなら法外な治療費が必要だったそれを格安でなおせる。しかも、飴なので瓶に詰めて湿気対策をすれば年単位持つ。


 それだけではなく、シェリアの作るものは大抵美味しい。安い、スマイル付き。


 どちらも、今の冒険者ギルドにはなくてはならないものだ。


 そんな訳で、受付嬢としてはクルミの飴は欲しいが。弁当や回復飴を止められたら、ギルドマスターに背中から蹴りを入れられて、減給ボーナスカット間違いなしという苦行。


 結果、労働を増やしたくないシェリアと社会人としての辛さを背負う受付嬢はお互いの境遇を嘆きながらいつもの様に停戦。


「シェリアさん、いつものあれ頼んでもいい?」と弁当を置いたカウンターに料金を払いながら、スキンヘッドのハゲ(名前)が爽やかに声をかけた。


 右手の肘に、左手のひらを添えて首を傾けながら「お弁当のお買い上げありがとうございます♪」と陽だまりの様な雰囲気を作りながらハゲに微笑みかける。


「ありがとう、絶対また頼むよ」とキリッとした顔で弁当を受け取り席に戻って行く。


 そう、これが弁当を注文した人だけが頼めるスマイル。特に、受付嬢にすら表情に出てしまうブサメン相手にすら、シェリアは渾身の微笑みを向けてくれる。


 同性の受付嬢ですら、顔を赤らめる程度には決まっている訳で。元々は、シェリアに甘すぎる父親に店が欲しい時にねだる為に開発されたもの。


 特に、ハゲは一番最初にお弁当買ってくれた人だ。


 次々に、料金を払い。弁当を手渡ししながら、希望者にスマイル。ハゲ以外の冒険者も大事そうに弁当を受け取り自分たちが座っていた机に戻っていく。


 いつも通りに全ての弁当が完売すると、「ありがとうございました♪」とペコリと頭を下げて空の保温バッグを背負い。冒険者ギルドを後にした。


 今日はもう配達がないので、店に戻る筈だが。そこはサボり魔のシェリア「そうだ、寄り道しよっと♪」と両肩を揺らしながら怪しい動きで、鼻歌を歌い喫茶店に吸い込まれていく。


 勿論、今店内では騎士団が神速で持って行った在庫を補充すべく灼熱の店内で汗だくになりながら恨み節を歌いつつ、リアンナが作業している筈だがシェリアは記憶の彼方に都合よく消し去った。


 軽やかなステップで、冒険者ギルドと同じ通りにある喫茶店に入店し。ドライフルーツと紅茶を注文すると、窓際の席に座り注文を待つ間頬杖をつき。深窓の令嬢の様な空気を出しつつ外を見ると、顔中血管だらけにして約一万年封印されて、ご立腹の邪神の様な表情のリアンナとバッチリ目があう。


「うぉっふ……」思わず自分の口から出た乙女にあるまじきセリフに口もとをおさえる。


「てぇぇぇぇぇんちょぉぉぉぉぉぉ!!」リアンナが獣の唸り声の様な声を上げながら、シェリアの席の正面に座った。


「あら、飴は出来たの?」との問いに「問題なく、全部出来てますよ。後は、店長が店に帰って。もう一回原液を作って下さい!」


 その返しに、ぐぬぬ顔になるシェリア。「もう紅茶とドライフルーツ頼んじゃったから、貴女もどう? 勿論、この暑さだもの。体調に気をつける為にもビタミンや塩は重要だとおもうのよ」


 あくまで、倒れない為の健康管理の一環だと主張。そう言われると、真面目なリアンナとしては弱い。不満を露わにしながらも、それなら私も紅茶と焼きアポルお願いします。飴を作るのも暑いんですからねと文句を言いながらも注文した。


 リアンナはため息を一つつくと、表情が普段のそれへ戻った。


 いくら、リアンナが普通の雑貨屋よりも多めにもらっていても。砂糖菓子なんて頼める訳もなく。


 必然的に、店員価格で飴を買った方が安いというオチまでつく。しかし、冬はともかく。飴の製造工程はサウナそのものなので、食べたら補充を作るのは自分という意味で決心が鈍る。大体シェリアが店の店員募集で、力仕事に体力仕事なのに女性しか頼めない理由は汗で身体中に服や下着がはりついて、目のやり場に困る状態になってしまうからだ。


 焼きフルーツやドライフルーツなどの果物系が値段的にも丁度で、自分達の仕事を増やさないという意味でも心理的に頼みやすい甘味となる。


 重ねて言うと、シェリア達の扱っている飴が一番安くて、砂糖と同等に甘い。あれは紅茶やミルクなどにいれても、味も風味も邪魔をせず。角砂糖代わりにつかっている者もいる位。ちなみに、分量さえあっていれば回復効果はあるので、残業で疲弊したギルドマスターは回復飴無しで連日残業など殺されてもゴメンだと言って憚らない。


 そりゃ、受付嬢にも冒険者達にも通達がでて。本来商売できないギルド内で例外的に商売もさせてもらえるわけである。


 ではなぜ、誰もパクって作ろうと思わないのかと言うとその製造工程をシェリアは女性限定で見せた事があるのだが、まともな人間では体力も精神力も足りず、倒れてしまうからというのが理由になる。


 自分の魔力で補充するタイプの熱源と材料を用意して、魔力を加えながらひたすら全身全霊修行僧の様に魔力を少しずつ練り込みながら長時間煮るだけで原液は誰でも作れる。


 錬金術師の時給は高い、シェリアと同じ値段で飴を売っていたら赤字で、五倍で売ってもトントンにしかならない。


 長時間煮るだけというが、高給取りの錬金術師が細かい魔力操作をしながらそれを続けるのは相応に難しい。


 薬草とりから、制作作業まで自力でやっていて熱源が薪でないから出来る値段というオチ。魔道具もシェリアは自作だが、自分達がやるなら設備投資になってタダではない。


 もっというと、魔道具は軒並み高級品だ。シェリアだって、最初はその予定は無かった。しかし、雑貨屋として余りにも品が売れず。仕入れにも困った時、薬草や魔道具に弁当とあらゆる事をやって仕入れをケチった。そのおかげもあって、シェリアはランクの高い物こそ作れないが。ある程度のものは大体作れるのだ。


 そんな訳で制作方法をみた商人達は微妙な顔を浮かべながら、シェリアから優しい笑顔で飴を仕入れている。


 少なくとも、自分達でやりたくない事を強く確信した。


 それに付き合わされているリアンナも、初日はひっくり返って気絶したのだ。原液を作る時ほどでは無いにしろ、ひたすら用意した木型に原液と色をつけるための果汁等をを加える。


 むせる様な作業場と暑さで、下手をすれば作業場の温度は五十度付近になる。


 これに加え、原液を作るときはその灼熱の中でマヨネーズに酢を入れるようにちびちびと魔力を足しながら数時間練り続ける集中力がいる。この魔力をチビチビと練り込む作業が自動化を妨げている。均一ではなく、原液の状態を見ながら点滴の様に入れなくてはならないからだ。



 二人は、やってきたドライフルーツと焼きアポルをそれぞれツマミながら紅茶が時間差でやってくるのを視線で追って。アイスティの氷がからんと乾いた音をたて、水滴だらけになっているそれに口をつけた。


 表情が一瞬で溶け、しばし夢中になって二人は果物をつまむ。


「店長、私が来なかったらどうするつもりだったんですか?」とリアンナが尋ねると、シェリアがキョトンとした顔で「私だけ、フルーツと紅茶を楽しむつもりだったわよ?」と一瞬だけリアンナの表情が最初の目があった時の様になるが、すぐに紅茶に手を伸ばし自制する。


(自分だけ、フルーツと紅茶で昼から休憩とかいいご身分じゃない)


 結局二人で、紅茶を楽しむと。お店に二人で帰ってきた。



「作りたくない……」開口一番そんな声をあげるシェリアに「店長、しっかり休憩とったんですからちゃんと続きをやって下さいね」


 トボトボと、寸胴を洗い始め。リアンナも無言で薬草の下処理を始めつつチラ見すると、シェリアが水を入れているので一安心。


 かと思いきや次にリアンナが見た時、シェリアの姿は何処にも無かった。


 額に血管が浮び、寸胴を覗き込むと水と材料は入っていたが火はついていない。


 もしかして……と、思い。冷静につまみを回すとカチャンと渇いた音がしただけで火が入らない。怒りは消し飛び、顔が真っ青に変わるリアンナ。


 よく見ると、いつもは一杯になっている机の上にメモが置いてあった。


 魔道コンロのアフターバーナーが壊れたので、修理部品を買いに行って来ます。帰れなかったら適当に鍵を閉めて帰って下さい。


 メモ用紙にはそう書かれていたので、ため息を一つついて。「店長……」弁当にしても回復飴にしても、この店にとって魔道コンロは命綱そのもの。了解とだけ呟くと仕事にならないので掃除を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る