【序章 3万年後の現実】第0考 『東の神狼』 カリプダヴィデ
長い青髪の少女が、氷点下の凍てつく空気の中、激しく息を切らす。
第2騎士団騎士長、青のルサールカ。
標高2,000m地点の山中、あたりは不自然な霜で覆われ、彼女の乱れた息は白い。
手には
『氷瀑の聖女』が兵器アルテマを手にしながらも、ここまで
額の傷は深く、頭蓋骨まで達している。
その白い肌を染める赤黒い血が顔の左側を覆い、使える方の目を眼前の脅威から片時も離さぬよう、少女は細心の注意を払う。
出血が看過出来ない量であることが、彼女の呼吸を更に速めた。
視線の先の、高さ5メートルはあろうかという
鋼線を
その間から覗かせる、獣特有の
『
額の傷を受けた時の経験から、瞬時に次の判断がルサールカの脳裏に
エクスオートメーションで割り出された先ほどの連撃は、計0.5秒の神速の5連撃。
この怪物の巨体を考えると、到底信じ難い数値である。
加えて、避けるにつれ速さが増していくので、最後の一撃に関しては優に0.1秒を切っていた。
とてもでは無いが、避けられる速度ではない。
周囲の熱エネルギーを吸収する『本物の
青の少女はこの隙に、エクスオートメーションをフル稼働させた。
相手の動きの予測パターンの解析と、攻撃を受ける場合に有利な退避方向が割り出されてゆく。
頭上の雪の結晶のような立体の
刹那、15メーター先にあった
次の瞬間に彼女の目の前に現れた初撃は、一番威力が強い
『氷瀑の聖女』は構えていた三つの戦棍全てを合わせ、盾にしてこれを受ける。
華奢な体があまりの威力に、軽々と宙に舞う。
しかし、彼女の青く輝く瞳は、次の動きに移る相手を捕らえ続けていた。
盾にしていた一つから手を離す。
上から巨大な岩が
少女はこれを手に持ったままの2つで受け、先ほど手放した1つが下に向くように脇で挟む。
凄まじい勢いで叩きつけられるが、地面にめり込んだのは下に向けていた棍棒であった。
青の騎士長はその先に繋がるチェーンを
そして、そのまま慣性の法則を利用しつつ、自分を助けた鉄の塊の裏に、流れるように身を隠す。
透かさず来る水平方向からの一撃をそれで受けるとともに、その衝撃を使って地面から三本目を引き抜いた。
『あと二つ』
ほとんど無意識の思考が彼女の脳内の神経を流れたが早いか、最高速度を誇る最後の2連撃が襲い掛かった。
1つ目。やや斜め下からの搗上。
先ほどのように大きく吹っ飛ばされないよう、1つを後ろに向けて重心をコントロールし、残りで受ける。
対策は完璧だったが、それでも2メートルは後方に飛ばされた。
2つ目。斜め上、ほぼ水平方向からの振り下ろし。
足が地面につくと同時に、威力を軽減させるためにステップバックし、これは片手で受ける構えをする。
後ろに向けていた1つを踵で地面に蹴り込み支えにしたが、ヒットの瞬間、鈍い金属音と共に想定以上に深くメリ込んだ。
歯を食いしばりながら
『東の神狼』カリプダヴィデの
エクスオートメーションは攻撃時間を2.4秒と割り出し、即座に彼女の頭に流し込む。
先の時と違い、避けずに受けたことで、一つ一つの攻撃にそれぞれ5倍近い時間が掛かっていた。
二つ名を
ルサールカが最後の一撃の衝撃を利用して支えを引き抜くとともに、そのまま半歩下がり、
そして、巨大な狼の眼前に
鎖で繋がれた3つの黒い
跳躍から、振り下ろした戦棍が敵の頭の位置に至るまで僅か0.8秒。
しかし、其処に神狼の頭は既になかった。
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