一國志演義 ― 虫食い史書から生まれたもう一つの三國志 ―

五平

虫食いから始まる物語

ある世界線に――「一國志」と呼ばれる、穴だらけの物語があった。

あまりに断片的で、人物も出来事も抜け落ち、ただ点在するように並んだ記録にすぎなかった。


だが、人はそこに線を引き、色を塗った。

虫食いの隙間を埋めるように、後の世に「三國志」という大著が編まれた。

それは、一國志の断片に血と肉を与え、英雄たちを永遠の存在へと変えるベストセラーとなった。


――そして、物語はさらに増殖する。


三國志に描かれた人物を借り、史実を越えて自由に語られる「一國志演義」が次々と書かれた。

そこでは、忠義が美化され、奸計が脚色され、戦の烈しさはより壮大に。

本来の史実よりも、人の心に刻まれる“物語”が優先されていった。


やがて、人々にとって本物の「歴史」とは、この演義の方になっていく。


――最初は、虫食いの物語にすぎなかったはずなのに。

隙間を埋める人の想像力が、時代を超えて「英雄」を創り上げてしまったのだ。


だから、今日もまた誰かが筆をとる。

三國志の登場人物を動かし、己の「一國志演義」を紡ぐ。

それは新たな歴史であり、永遠に尽きぬ物語の連鎖。

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