YOLO ー You only live once

北野美奈子

第1話 Let Her Go

 夏子は隣でぐっすりと眠っている裕之を起こさないようにそっとバスルームに入った。裕之は日本人にしては長身で、とても痩せている。この半年ストレスのせいで痩せたのだと言っていた。自分にも覚えがあるので、つい話を聞いてあげていたらこういう関係になってしまった。


 軽い気持ちで体の関係になったということではない。ただ、同情する気持ちが増大し過ぎて起きたことなのか、それ以上のものなのか自分でも区別が付かない。そんなことでこのような関係になってしまうのは動機が不純な気がして、これでいいのかと考えてしまう。


 離婚のプロセスが精神的に辛いということは夏子にも痛いほどよく分かった。ただ、正直のところ裕之の気持ちははっきり分からない。何も言わないけれど、彼なりに必死なのだ、と思う。藁にもすがる気持ちなのだろうと、そして私はその藁なのだと一人で納得して笑う。



 裕之の妻だった美樹には一度だけ会った事がある。夏子の元夫、ケンタの50歳の誕生日パーティーだった。ケンタはデンマーク語ではKennethという長く発音しにくい名前なので、日本人を含む外国人の友人の間ではケンあるいはケンタと呼ばれている。


 ケンタのパーティーは親しい同僚や部下も招待して盛大だった。ケンタのマンションはコペンハーゲンの中央駅からさほど遠くなく、徒歩でも地下鉄でも行ける立地条件のよい場所で、夏子と離婚してから購入したものだ。そのパーティには夏子も子どもたちと一緒に招待されたが、正直居心地が悪いのではないかと心配していた。


 元夫には5年くらい前から一緒に暮らしているスウェーデン人の女性がいて、顔を合わせるのはどうかと思ったけれど、北欧の人は当たり前のように元妻や元カノをパートナーに会わせる。もちろん喧嘩別れして仲が悪い場合もあるし、嫉妬心を隠さない人もいるが、子どもが両親の間を行ったり来たりするのが普通なのでオープンに付き合った方がお互いの為なのだ。


 裕之の元妻の美樹とは日本人同士だったので、気さくに話せたし、何より場が持ったので内心感謝していた。美樹は可愛らしい外見をしていたが、芯は強そうな印象を受けた。夏子は美樹のその芯の強そうなところが気に入った。反対に裕之は当たりは柔らかいが、自分の世界がある人だと思った。その世界に他人は足を踏み入れさせてはもらえないような、そういう自分だけの世界だ。

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