『俺達のグレートなキャンプ94 キャンプ場で同人誌即売会開催』
海山純平
第94話 キャンプ場で同人誌即売会開催
俺達のグレートなキャンプ94 キャンプ場で同人誌即売会を開催
朝の光がテントの薄い生地を透かし、富山の頬を黄金色に染めていた。彼女は目を擦りながらテントから這い出ると、既に石川がバーナーの炎を囲んで何やら興奮気味にメモ帳に書き込んでいる姿が目に飛び込んできた。
「おはよう、石川。また何か企んでるの?」富山はため息混じりに声をかけた。石川の肩越しにメモを覗き込むと、『同人誌即売会』『テーブル配置』『参加費』といった文字が乱雑に踊っている。
「富山!おはよう!」石川は振り返ると、まるで宝くじに当選したかのような満面の笑みを浮かべた。「今回のグレートなキャンプが決まったぞ!」
その時、隣のテントから千葉がもぞもぞと這い出てきた。寝癖で髪が四方八方に跳ね、まだ完全に覚醒していない目を擦っている。
「おはよーございます〜。石川さん、また何か面白いこと考えてるんですか?」千葉は欠伸をしながらも、期待に満ちた声で尋ねた。
石川は勢いよく立ち上がり、メモ帳を空中でひらりと回転させてキャッチした。「千葉、富山、聞いてくれ!今回の俺達のグレートなキャンプは...」
「キャンプ場で同人誌即売会開催だ!!」
その瞬間、富山の顔は青ざめ、持っていたコーヒーカップがガタガタと震えた。千葉は逆に目をキラキラと輝かせ、手をパンと叩いた。
「うわぁ〜!それめっちゃ面白そうですね!どうやってやるんですか?」千葉は石川の周りをくるくると回りながら興奮を隠しきれない様子だった。
「ちょ、ちょっと待って!」富山は慌てて立ち上がり、石川の肩を掴んだ。「石川、正気?キャンプ場で同人誌って...管理人さんに許可取れるの?」
石川は胸を張り、親指を立ててニッと笑った。「もちろん!昨夜のうちに管理人の田中さんに相談済みだ!『面白そうですね、ぜひやってください』って快諾してもらった!」
富山の額に青筋が浮かんだ。「いつの間に...」
「それで、それで!」千葉が両手をひらひらと振りながら割り込んだ。「僕たち、同人誌持ってないですけど、どうするんですか?」
石川は得意げに人差し指を立てた。「そこで!俺達で作るんだ!テーマは『キャンプ』!今日一日で描き上げて、明日他のキャンパーさんたちに販売する!」
「え〜っ!?」富山は目を丸くし、口をぽかんと開けた。「一日で?無理よ、絶対無理!」
しかし千葉は既に想像を膨らませているようで、宙に向かって手をひらひらと動かしながら呟いた。「キャンプ漫画かぁ...焚き火の擬人化とか、テントが恋愛する話とか...」
石川は千葉の肩をバシッと叩いた。「その調子だ、千葉!富山も一緒にやろう!みんなでやれば絶対楽しいって!」
富山は頭を抱え、小さくうめき声を上げた。「はぁ...また始まった...」
石川は既にテントに向かって小走りで駆け出していた。「よし!まずは画材を調達だ!近くのホームセンターに行くぞ!」
三人が車に乗り込み、山道を下ってホームセンターに向かう道中、千葉は後部座席で手をひらひらと振りながら興奮を抑えきれずにいた。
「石川さん、僕、絵は下手なんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!」石川はハンドルを握りながら振り返った。「下手でも味がある!それがインディーズの醍醐味だ!」
「前見て運転して!」富山が助手席から慌てて石川の頭を前に向けた。
ホームセンターに到着すると、石川は買い物カゴを勢いよく引っ張り出し、文房具コーナーに突進した。色鉛筆、マジック、画用紙、のりに至るまで、手当たり次第にカゴに放り込んでいく。
「石川、これ全部必要なの?」富山が心配そうに眉をひそめた。
「必要だ!クリエイティブには投資が必要なんだ!」石川は両手いっぱいに画材を抱え、レジに向かった。
千葉はA4の画用紙を手に取り、目を細めて何かを想像している様子だった。「う〜ん、テントくんとタープちゃんの恋愛ストーリー...」
「千葉、それいいね!」石川が振り返って親指を立てた。
富山はただただ呆れ顔で二人を見つめていた。
キャンプ場に戻ると、石川は早速テーブルの上に画材を広げ始めた。他のキャンパーたちも何事かと興味深そうに近づいてくる。
「何かイベントやるんですか?」隣のサイトの中年男性が声をかけてきた。
石川は振り返ると満面の笑みで答えた。「同人誌即売会です!明日開催予定!ぜひお越しください!」
中年男性は首をかしげながら「同人誌...?」と呟いて、困惑した表情のまま自分のテントに戻っていった。
千葉は既に画用紙に向かい、舌をちょろりと出して集中している。描かれているのは二つの山のような形...どうやらテントらしい。
「千葉、それテント?」富山が覗き込んだ。
「はい!テントくんです!」千葉は嬉しそうに答えた。「目をつけたらかわいくなりました!」
確かに、簡単な線で描かれたテントには丸い目がつけられ、なんとも言えない愛嬌のある表情をしていた。
石川は隣で『キャンプファイヤー戦隊レンジャー』という謎のヒーロー漫画を描き始めていた。焚き火、ランタン、テントがそれぞれ人型になって悪と戦うストーリーらしい。
「石川のセンス、相変わらずぶっ飛んでるわね...」富山はため息をつきながらも、自分も画用紙を手に取った。「私は何描こうかしら...」
「富山は料理が得意だから、キャンプ料理の漫画はどう?」石川が振り返って提案した。
「キャンプ料理の漫画って...どういうこと?」富山は眉をひそめた。
「カレーの擬人化とか!」千葉が手をひらひら振りながら割り込んだ。「カレールーちゃんが野菜たちと友情を育む話!」
富山は深くため息をつき、「もう、わかったわよ...」と諦めたように呟いて、ペンを手に取った。
時間が経つにつれ、三人の周りには他のキャンパーたちが集まってきた。最初は遠巻きに見ていた人たちも、次第に興味を示し始めた。
「面白そうですね!私も参加できますか?」若い女性キャンパーが声をかけてきた。
「もちろんです!」石川は勢いよく立ち上がった。「みんなで作りましょう!」
気がつくと、キャンプ場の一角が即席の創作スペースと化していた。子供連れの家族、カップル、ソロキャンパーまで、様々な人たちが画用紙に向かって何かを描いている。
「あらあら、賑やかね〜」管理人の田中さんがやってきて、様子を見ていた。「同人誌即売会、本当にやるのね」
石川は汗を拭いながら振り返った。「はい!明日の午前中に開催予定です!」
「楽しそうね。私も何か描こうかしら」田中さんは微笑みながら画用紙を手に取った。
千葉のテントくんの物語は順調に進んでいた...と思われたが、途中で千葉の手が怪しい動きを見せ始めた。
「えーっと、テントくんとタープちゃんが夜中に二人きりになって...」千葉はにやにやしながらペンを握り、何やら際どいシーンを描こうとしていた。
「ちょっと待った!」富山が慌てて千葉の手首を掴んだ。「千葉、それはダメよ!ファミリーキャンプ場なのよ!」
「え〜、でも恋愛漫画だから少しくらい...」千葉は不満そうに唇を尖らせた。
石川も振り返って苦笑いした。「千葉、それは18禁だ!ここは全年齢対象のイベントにするんだからな!」
「わかりました〜」千葉は肩を落として、テントくんとタープちゃんが手を繋ぐ程度の健全なシーンに修正し始めた。「でも、ちょっとドキドキする展開にしたかったんですけど...」
「ドキドキは心理描写で表現しなさい!」富山がきっぱりと言い放った。
千葉は「はーい」と素直に返事をして、テントくんの心の中のモノローグを丁寧に描き始めた。意外にも、その心理描写が非常に繊細で美しく、見ていた他の参加者たちも感心していた。
石川の『キャンプファイヤー戦隊レンジャー』も佳境に入っていた。火の戦士ファイヤーレッド、光の戦士ランタンイエロー、守りの戦士テントブルーが力を合わせて、キャンプ場を荒らす悪の組織「アリ軍団」と戦っている。
「石川、アリ軍団って...」富山が苦笑いした。
「実体験だよ!去年のキャンプでアリにやられただろ!」石川は真剣な顔で答えた。
富山のカレー擬人化漫画も予想以上に可愛らしく仕上がっていた。カレールーちゃんが野菜たちと協力して美味しいカレーになる、ほのぼのとした4コマ漫画だ。
「富山さん、これすっごく可愛いです!」千葉が目をキラキラさせて見入っていた。
「そ、そう?」富山は照れながら頬を赤く染めた。
夕方になると、参加者たちの作品が次々と完成していった。子供が描いたクレヨンまみれのキャンプ絵日記、カップルが協力して作った恋人たちのキャンプデート漫画、ソロキャンパーの哲学的な焚き火エッセイまで、バラエティに富んだ作品群が出来上がった。
「みなさん、お疲れさまでした!」石川は立ち上がって大きく伸びをした。「明日の即売会が楽しみですね!」
富山は肩を回しながら呟いた。「まさか本当に一日で作品作っちゃうなんて...」
千葉は自分の作品を眺めながら満足そうにうなずいた。「みんなでやると本当に楽しいですね!」
その夜、焚き火を囲みながら、三人と参加者たちは明日の即売会について話し合った。値段設定、テーブル配置、宣伝方法など、本格的な準備に余念がない。
「値段は100円でどうでしょう?」若い女性キャンパーが提案した。
「いいですね!」石川が手を叩いた。「売り上げはキャンプ場の美化基金に寄付しましょう!」
管理人の田中さんは嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます。キャンプ場がもっと素敵になりますね」
翌朝、キャンプ場の管理棟前に即席の同人誌即売会会場が設営された。折りたたみテーブルの上に手作りの同人誌が並び、手書きの看板が風にはためいている。
「『第一回キャンプ場同人誌即売会』開催!」石川が拡声器代わりにメガホンを口に当てて叫んだ。
会場は予想以上の賑わいを見せていた。石川が作ったカラフルな手作りPOPが風でひらひらと舞い、「キャンプファイヤー戦隊レンジャー!必見!」「テントくんの純愛物語」「癒し系カレー4コマ」といった宣伝文句が目を引く。
子供たちは目をキラキラさせながら「これなーに?これなーに?」と質問攻めで、作者たちはてんてこ舞いだ。千葉なんて「テントくんはね、雨の日にタープちゃんに会えるんだよ」と真剣に説明している。
「100円で〜す!」という売り声があちこちで響き、まるで縁日のような活気に溢れている。カップルが「これ可愛い〜!」と指差しながら富山のカレー漫画を手に取ったり、おじいちゃんが石川の戦隊物を「昔のウルトラマンを思い出すな」と懐かしそうに読んでいる。
管理棟の前には長蛇の列ができ、「次の人どうぞ〜!」という声が絶えない。子供向けの絵本風作品から、大人が読んでも面白いエッセイ風作品まで、幅広いジャンルが揃っているのが功を奏していた。
「あら、この4コマ面白いわね!」おばあちゃんが富山の作品を読んで笑っている。
「ありがとうございます〜!」富山は真っ赤になって照れている。
一角では石川が「キャンプファイヤー戦隊レンジャー」の実演をしていた。「ファイヤー、パンチ!」と言いながらポーズを決めると、子供たちが「かっこいい〜!」と歓声を上げる。まさにライブパフォーマンス付きの即売会だ。
千葉のテントくんコーナーでは、「続きはいつ出るの?」「タープちゃんの気持ちが知りたい!」と熱心なファンが質問を浴びせ、千葉は嬉しそうに汗をかきながら応対している。
「次回作の構想はあるんですが...」千葉がもじもじしながら答えると、「ぜひお願いします!」という声が飛び交った。
会場の端では、購入した同人誌を読みながら「これ、意外とちゃんとしてるじゃない」「キャンプ場でこんなイベントがあるなんて思わなかった」と驚きの声が聞こえる。
中には「私も描いてみたい!」と言い出す人まで現れ、石川は「来年は参加者倍増ですね!」と大喜びだった。
千葉のテントくん物語は予想以上の人気で、「続編はないの?」と言われて照れまくっている。
「えへへ、今度『タープちゃんの秘密』を描こうかな...」
石川のキャンプファイヤー戦隊レンジャーは子供たちに大うけで、「アリ軍団やっつけて!」と応援の声が飛んでいる。
富山のカレー4コマも「癒される〜」と女性キャンパーたちに好評で、富山は嬉しそうに頬を染めている。
「あら、富山さんって絵が上手なのね」
「そんなことないですよ〜」富山は手をひらひら振りながら謙遜している。
気がつくと、即売会には近隣のキャンプ場からも人が集まってきていた。SNSで情報が拡散されたらしく、「キャンプ場で同人誌即売会って何?」と興味深々の人たちがやってくる。
「こんなイベント初めて見ました!」若いカップルが興奮気味に話している。
「キャンプの新しい楽しみ方ですね!」中年のソロキャンパーも感心している。
お昼頃には、用意した同人誌がほぼ完売状態になっていた。売り上げは予想以上で、キャンプ場の美化基金には十分な寄付金が集まった。
「皆さん、ありがとうございました!」石川は満面の笑みで頭を下げた。「第一回キャンプ場同人誌即売会、大成功です!」
参加者たちは拍手喝采で応えた。子供たちは「また来年もやる?」と目をキラキラさせて尋ねている。
管理人の田中さんも嬉しそうに手を叩いた。「素晴らしいイベントでした。来年もぜひお願いします!」
片付けをしながら、富山は石川を振り返った。「石川、今回はまともなイベントだったわね」
「まとも?」石川は首をかしげた。「同人誌即売会をキャンプ場でやるのがまともかな?」
千葉は段ボール箱を抱えながら笑った。「石川さんの『まとも』は、一般的な『突飛』ですからね!」
「でも...」富山は少し照れながら続けた。「楽しかったわ。みんなで何かを作って、それを人に見てもらって、喜んでもらえるなんて」
石川は胸を張って空を見上げた。「それが俺たちのグレートなキャンプだ!みんなでやれば、どんなことだって楽しくなる!」
千葉は荷物をまとめながら呟いた。「次は何をするんですか?」
石川はニヤリと笑って振り返った。「次回は『キャンプ場でプロレス興行』だ!」
「えぇぇぇ!?」富山と千葉の声が山にこだました。
しかし、心の奥底では二人とも、また石川の突飛なアイディアがどんな楽しい体験をもたらしてくれるのか、密かに期待していることを自分でも感じていた。
夕日がキャンプ場を金色に染める中、三人は満足そうにテントを片付けていた。今日という日は、きっと彼らの記憶に長く残る、特別な『グレートなキャンプ』の一日となったのだった。
そして石川は既に、次回のプロレス興行に向けて、こっそりとノートに計画を書き始めていた。富山がそれに気づいて深いため息をつくのは、もう少し後の話である。
「俺たちのグレートなキャンプ、まだまだ続くぞ〜!」
石川の元気な声が、夕暮れのキャンプ場に響き渡った。
『俺達のグレートなキャンプ94 キャンプ場で同人誌即売会開催』 海山純平 @umiyama117
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