第6話 おじさま、迷宮に入る



「俺はギューネ・アッカマツ。猫王より迷宮の道案内を仰せつかった」


 ギュウ? 牛丼?


 耳が遠くなってきたのか、ファーストネームを聞き取れなかった。

 まだ歳のせいとは思いたくない。


「あ゛? なんだオッサン、その通りだよ。最近東京の世界から入ってきた"映画"のせいで言われるんだよ、お前あの一族と似た姓なのに弱すぎるとか、あいつと名前が似ているからチー牛みたいだとか。お陰で俺の評価はガタ落ちだよ」


「私は何も言ってませんが……」


「おまけに俺のスキルが"爵位を持つ者向きじゃない"からって、跡継ぎ候補から外されたし。食べてばっかりの落第魔道士とどこのヌートリア川辺にいる害獣の骨とも知らないくたびれた黒い背広姿のオッサンを道案内なんて、全滅確定じゃん。俺捨てられた? 人生終わった?」


「それ以上おじさまの文句を言うとTILTの呪文でぶっ飛ばすわよ」


 ミオが小型の杖をいつの間にか取り出し、アッカマツの頬に突き当てていた。

 

「"ダイトカイ"世界初、スキルが"生えてきた"お人です。骨ではありません。」

「わ゛か゛り゛ま゛し゛た゛い゛た゛い゛か゛ら゛や゛め゛て゛」


 杖が頬にめり込んでいく。


「わかればいいのです」


 そう言いながら、ミオは杖を仕舞う。

 意外と彼女は武闘派ですね。


「失礼ですが、アッカマツと言われましたか。参考までにあなたのスキルを教えて下さい」


「お、俺は……、鍵とか罠の扱いが得意になる『鍵罠師』と影や黒い所に隠れる事が出来る『影法師』の2つを……」


「盗賊みたいですね、一応貴族なのに」

「そのようですね、一応貴族なのに」


「ウワァァァ……終わった。俺の人生終わった。最底辺と思っていた平民から見下されたぁー」


「それは私達に一番不足している能力です。歓迎します」

「一緒に頑張りましょう、アッカマツさん!」


「……俺、必要とされてる?」


 私はあごを撫でながらうなづく。

 ミオさんはエヘヘぇと、笑顔を見せる。


「期待しています」

「期待しているわ」


「こんなに必要とされるなんてッ! 生まれて初めてッ! 俺、精一杯努めますッ」

 アッカマツの目が、光り輝いていた。


「ではアッカマツ君、頼んで良いかな」

「何なりと!」


「私にも、このア・ベシを一袋もらおう。出来れば別の味で」

「……よ、ヨロコンデー」


 ◇◇◇


 迷宮に入ってすぐの所に、荷物が散乱していた。

 おそらくミオさんののご学友が投げ出した物だろう。

 漁っていた子鬼達がこちらへ襲いかかってきたが……


「炎よ!炎よ!我が剣となり……薙ぎ払え!」


 ドカーン!


 ミオさんの火球がぜ、一発だけで群れを吹き飛ばした。


 その後も、電撃、氷塊、果ては地面を割って吹き上がるマグマで、出てくるモンスターを一撃で蹴散らして行く。



「あー、お腹すいた」


 ミオさんは一回攻撃魔法を放つごとに、ア・ベシゆべしを一袋平らげないといけなかった。

 威力は破壊的だが、燃費も破壊的だ。


「おじさま何か言いましたか?」


 不用意な正論は傷をつけます。やめておきましょう。


「すごいですねミオ! 俺、感動しています。こんな強力魔術、初めて見た」


 アッカマツ君が体を半分影から出して言った。


「アッカマツ君は戦闘中、私の影に入ったままなんじゃけど?」

「俺の能力は、戦闘向きではないんで……」


「それは私も同じですが。せめてノーブレス・オブリージュ……いえ、これも同じですね」


 私も学習しました。

 正論を言ってわざわざ敵を作るのは愚かであると。


「にしても俺が知る限り、防犯として放ってあるモンスターは大人しかったはず。何かあったんだろうか」


 おそらく、何かあったのでしょうね。



 ♪てれれ~てってれ~

 突然頭の中で聞き覚えのある曲が流れ、思わず回転して妙なポーズを取ってしまった。


 ミオさんが私をじっと見つめる。

 あの、少し恥ずかしいのですが──


「おじさま、どうやら新たな技『解体・分解』スキルが使えるようになったみたいです」


 分解修理するスキルですか。

 試しに中折れ帽から愛用のドライバーを取り出すと……


「オッサンの道具が、光ってる……」

「アッカマツ君、それくらいで驚かないで。おじさま、機械であれば何でもこれで解体出来るそうです」


 ふむ……廃棄PCを処分する時、業者にボッタクられずに済みそうですね。

 こちらではPCを使用しないようなので出番はなさそうですが。


 ◇◇◇


『グゴゴゴゴ!』


 迷宮の奥。

 部屋に入ると大地が揺れ、崩れた壁から5メートルはある巨大な影が現れる。

 全身が廃棄された電化製品を無理やりつなぎ合わせたような、歪んだシルエット。


 胸には割れたテレビ、背には錆びた洗濯機。

 片腕だけが残り、もう一方は失われている。


「おじさま、スチールゴーレムです……でも、この大きさは初めてみました」


 電化製品はいったいどこから来たのだろう。

 そう思う間もなく、巨体が地響きを立てて迫ってくる。


 もぐもぐもぐもぐ……

「すいません、攻撃魔法はもうちょっとかかりそうです」


 運悪く、ミオさんはまだ魔力チャージ中。

 アッカマツ君は……言うまでもなく私の影の中ですか。


 ここは私がなんとかしないといけませんね。


 (スキル発動:ヘルプデスク観察眼)


 頭部にPCのような筐体が埋まっている。

 リセットスイッチと二口のUSBソケット。

 そのうち一つは、例のUSBメモリで塞がれていた。


『グゴー!』


 ゴーレムが拳を振り上げる。


(つづく)

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