8月65535日
犬には名前がなかった
…
古い小説を読んで、俺は思った。8月がループするからダメなんだ。大事なのは2学期が始まらないこと、9月1日が来ないこと。戻る必要はない。やり直す必要はない。ずっと続いていけばいい。
俺はレジストリに手を加え、カレンダーを作り替えた。
*
夏休み、夏の盛りも過ぎそうで過ぎ切らない頃。
週に一度の部活が終わり、Aは自宅が近い弥智子と連れ立って帰宅の途についた。
「ねえA、もう明日は登校日だけど、宿題進んでる?」
「まあそれなりだ。月内には問題なく終わる」
「終わんなきゃヤバいけどね。やらかして文化祭出場取り消しとかやめてよ?」
電子音楽研究部が学内でステージに立つ唯一の機会、それが文化祭だ。部員10名それぞれがいい感じにやる気を出してる中、新部長が足を引っ張るわけにはいかない。開催は10月、体育の日だ。Aが個人で出すトラックはすでにほぼ完成しているし、なんなら穴埋め用のストックも各種取り揃えつつあるが、今年は全体のミックスも担当するからまだまだ気が抜けない。
「夏休みの宿題なんかさっさと終わらせて、もっと新人の世話に手ぇかけねえとだ」
「おっ、さすが部長様、えらいえら~い」
「今年の一年は初心者も何人かいるからな。進捗遅れてそうな奴にはさっきアドバイスしといたけど、それで万事解決ってわけにもいかないだろうし」
高校の正門を出て駅へと向かう道のり、途中むやみに広い城址公園を突っ切って歩いていく。お盆を過ぎた夕暮れ時の太陽は早めに沈んでくれるようにはなってきたが、昼間の熱気は石畳の上にまだじっとりと滞留している。
「この時間でもあちぃね。コンビニでアイス買ってこ?」
「太るなよ?」
「うっさいお前が筋肉つけろ!」
スカートの裾をひるがえしてのローキックはいけない。
数歩飛び退いて間合いを切ると、Aは手のひらをかざして弥智子の追撃を制止した。
「待て、動くと暑い」
弥智子は「チッ」と淑女にあるまじき舌打ちを飛ばしたが、一発入れて気が済んだのか構えを解いた。
「ふだんは甘いものなるべく我慢してるんだからね! 太るとか心外だから!」
幼稚園からずっとピアノを続けているせいか、弥智子はとても姿勢がいい。Aのイメージする弥智子はしなやかに鳴り響く弦のような存在で、だらしなくたるんでいる様子など想像もつかなかった。
「わかってる。お前はいつもスーパーモデルばりに仕上がってるぞ」
「スッ、えっ? なにそれほめてんの……? ……もういいから行こ」
Aに向かって攻撃的に突きつけられていた人差し指がフニャリとしおれ、弥智子はそそくさと先に立って歩き始めた。Aは苦笑いしながらその後に続いたのだった。
翌日の登校日、部活はなかったが、Aは一人で部室に来ていた。弥智子はクラスの友人たちと街へ繰り出したようだ。
部室のメインパソコンがどこかおかしいと気づいたのは昨日の部活中で、それからAはずっと心の隅に落ち着かない気分を抱えていた。具体的にどこがどうとは言えないのだが、何か得体の知れない違和感がある。昨日は時間を取れなかったので、改めてじっくり調べに来たのだった。
とは言え、実はAもそれほどパソコンに詳しいわけではない。DTMのアプリや接続する機材はさすがに扱い慣れているが、それ以外は通り一遍の知識しかないのが実際のところだった。
不審なフォルダやキャッシュ、接続されている周辺機器などひとしきりこねくり回してはみたが、特段おかしなところは見当たらなかった。どうしたもんかと首をひねっていると突然部室のドアが開き、
「お~、Aじゃん。まだなんか作業残ってたっけ?」
入ってきたのはテツオ、電子音楽研究部の同級生だ。見た目はチャラいダンサーだが、スクールに通ってかなりハードに練習しているらしく、半端な運動部よりずっとストイックな生活をしている。
「いや、そういうわけじゃないが……、実は昨日パソコンの具合がおかしい気がしたから、念のため確認に来た」
Aは一瞬ためらったが、結局正直に話してみることにした。テツオのパソコンスキルはAと大差ないはずだが、視点が違えばまた別の糸口が見つかるかもしれない。
「症状はどんな感じ? 動きカクカク系? 俺も一応見てみようか」
そう言いながら、テツオは早くも機材の電源を入れ始めている。型式の古い大き目の卓とローランドの骨董品シンセ3台、ターンテーブルまでカバーを開けてスイッチを入れていた。あとはAの自前のMPCがあればフルセットだが、あいにく今日は持ってきていない。
「とりあえず鳴らしてみようぜ~、ふぉふぉーい」
変にやる気が出てきてしまったのか、テツオはオノマトペを発しながら棚のアナログレコードを物色しはじめた。部室は音楽系の部活をまとめたエリアにあり、多少は音を出しても問題ない。ただあまり重低音をガンガン鳴らすと文句を言われることもあるので、Aは卓のツマミを少し下げておいた。それからパソコン内のシーケンサーを立ち上げ、接続された機材と同期させていった。
テツオのたどたどしいDJプレイに合わせてトラックを重ねていく遊びは、結局30分ほど続いた。途中からテツオがTB‐303を適当に鳴らし始めてわりとぐだぐだになったが、それでもBPMさえ合っていればなんとなく収まりがつくのがこの世界のいいところだ。制作には基本ソフトシンセかプリセットの音源を使うから、年代物の機材はこうしたセッションまがいの遊びで鳴らすのが正しい使い道ではある。
「いやーひどかったぜーふはははは」
テツオはすっかり満喫した様子だったが、「どっか引っかかりは見つかったか?」と、本来の目的も忘れてはいないようだった。
「まったく問題ないな。ただの思い過ごしだったかもしれん」
「まー問題なきゃねーに越したこたあねーよ。もうちょいやってみるか?」
「お前今日はダンス行く日だっつったろ。俺も今日はもう帰るわ」
機材の準備中、テツオは着替えを取りに部室に寄ったと話していたのだった。Aは一応の役目として、部室を荷物置き場にすんなと説教を垂れておいた。
「じゃあまた来週な。こっちは年末まで大会ねえから、なんかあれば付き合うぜー」
自転車通学のテツオとは部室棟の前で別れ、Aは一人で帰途についた。道中何度かパソコンの具合を思い返してみたが、不審な要素はまったく思い当たらなかった。何もないのにどうしてこうもざわつきが収まらないのか。その答えもまた、Aには見つけることができないのだった。
翌日、Aは終日家に引きこもって宿題の消化にいそしんでいた。わからない問題も当てずっぽうで書き込んでいき、可能な限り手を止めずに速度を出すことを最優先とする。宿題に赤点はない(はずだ)から、紙の上でやってる感を出しておけば最悪でも処罰を受けるハメにはならないだろう。宿題作業は得体のしれない不安を鎮めるのにちょうどいい、とAは感じていた。小論文のような思考を要するやつを7月のうちに終わらせておいたのも良かった。Aは黙々と、淡々と手を動かし、次第に忘我の境地へと足を踏み入れていった。照見五蘊皆空、度一切苦厄チャーリーシーン……。
Aが覚者への道からふと現実に返ってきたとき、窓の外はもうとっぷりと日が暮れていた。一日集中できたおかげで、宿題はあらかた片づけることができた。あとはちょぼちょぼ触るだけで十分間に合うし、もう一日ガッとやって終わらせてしまってもよい。Aは深い満足感とともに教材をしまい、パソコンのメッセージアプリを立ち上げた。
このアプリは、新入部員が思っていたより多く居ついたことを受け、Aが少し前に設えたものだ。スマホのアプリでやり取りするより、パソコン上でファイルを共有しながら作業した方がやりやすいだろうと考えてのことだった。既読云々は考えずマイペースで使うことを奨励しており、様子を確認した顧問の教師からは「インターネット黎明期のようだな」と、Aにとっては善し悪しのわからない評価を得ていた。
覗いてみると、新着メッセージがいくつか増えていた。文化祭用の仮曲も新たに二つアップされている。ミックスの構成を練りたいから8月中にくれ、完成版じゃなくていいから、とは伝えてあったものの、初心者たちにはまだちょっと難しいかな、ともAは考えていた。このペースは嬉しい誤算だ。
早速mp4ファイルを開いて聴いてみる。ちょっとエスニックなアンビエントで悪くはないが、メロディが薄い。
見ればコメントが添えてあり、
チーコ:ステージでオカリナを吹きます!
なるほど。Aは感心した。
部長:オカリナ吹けんのすごいな
書き込むと、すぐに返信が来た。
チーコ:これから練習します!
マジか。
部長:やらかしてもエフェクトでごまかしてやるから
部長:果敢にいけ
チーコ:イェー!!!
モチベが高いのはよいことだ。続いてもう一つのファイルを開く。こちらはバキバキの四分打ちダンスミュージックだ。特筆すべき点はないがまずまず堅調に仕上がっていた。
AがDTMを始めた7年前と比べ、現代は無料音源のクオリティがかなり上がっている。シンプルなハウス系の曲ならそこそこのものがわりと簡単に作れてしまう環境だ。だからこそ、この部員にはもうワンランク上を目指してほしいとAは思った。
部長:このままでも悪くないが、もう一つ変態要素が欲しいな
田中(肉):変態て
田中(肉):でも言わんとすることわかります
田中(肉):がんばるっす!
文化祭のステージ構成をAは頭の中で再度巡らせてみた。ざっくり前半がリスニングで後半がダンスだが、緩急をつけるために多少シャッフルすることを考えている。部の持ち時間が15分、部員10人が90~120秒程度のショートトラックを作っており、ノンストップで繋いでいく予定だ。部員がステージ上でパフォーマンスするかしないかは各人の自由で、今日オカリナ案件が生えてきたから段取りに多少調整が必要かもしれない。
考えているうちに10月が楽しみになってきた。残りの夏休みをどんどん使ってどんどん制作を進め、どんどん秋へと向かいたい。暑いし。Aの気力はこれまでになく充溢していた。
*
「夏休みもとうとう今日で終わりだなあ」
「え? なんで?」
「……え?」
「えっ?」
8月31日、Aはしばらくぶりに弥智子の家を訪ねていた。
弥智子母からそこはかとなくニチャみのある笑顔で歓待されつつ(おばさんはなぜか弥智子宅に行ったときだけいつもこの顔をする……)、弥智子が文化祭でやる生演奏周りの打ち合わせをゆるゆるやりつつだらけつつ、といった一日だった。平和で平凡な休みの終わり、としか思っていなかった。
だが帰り際、三和土でふとこぼれたAのセリフに対し、弥智子から返ってきた反応はAがまったく予想だにしていないものだった。
「あれ、今日8月31日だよな?」
「そうだよ」
「なら明日は9月1日だよな?」
「んー? そこがおかしいね」
いやいやいやいや。何を言ってるんだこいつは。だが目の前の弥智子もまた「何を言ってるんだこいつは」という顔でAを見ている。しょうもない冗談という雰囲気ではない。
弥智子の側でもただならぬ空気を感じ取ったのか、
「どうしたの? それ本気で言ってるように見えるんだけど……」
弥智子はリビングから卓上カレンダーを持ってきて、Aに指し示した。
「今日が8月31日、ここね?」
月替りカレンダーの最終日、何の問題もない。
「で、次が」
弥智子はページをめくった。
「ほら、8月32日」
8月のカレンダーをめくると、次のページは8月だった。
「……」
「……」
「……ちょっといいか?」
「ん」
弥智子からカレンダーを受け取り、めくったり戻したりしてみる。今日は31日、今月は8月、来月は、……8月。
先月は? ページをふたつ戻るとそこは7月。そして6月、5月、……1月まで普通に遡れた。
ならば未来は。8月の次は8月、その次は8月、8月、8月。本来なら12月があるはずのページでカレンダーは終わる。8月153日で、カレンダーは終わる。
「なにが起こってるんだ」
「なにが起こってるのかこっちが聞きたいよ。明日は9月って、その発想はなかったというか、どうしてそうなったというか……」
「俺にはもうなんもわからん。俺のことはクルクルパーか生まれたての赤子と思ってくれて構わん。だから教えてくれ、お前が知ってるお前の常識を」
「んん〜、んんんんんん〜」
弥智子は腕を組んで首をかしげ、足元を見つめながら考え込んでしまっている。逆の立場なら自分もそんな感じだったかもしれない、とAは思う。何しろカレンダーという客観的な証拠があるのだ。頭がおかしいのはAの方だと判断せざるを得ない。
「ごめん、ちょっと想定外すぎて何を言えばいいのか。でもわたしがついてるからさ。とりあえず、明日が32日で、あさってがたぶん33日。今日はそれだけわかってればいいから」
33日が「たぶん」なのが引っかかったが、弥智子の真摯なまなざしを受けながらそこを混ぜっかえす気にはなれなかった。
「ああ、意味不明な話に巻き込んですまんな。発覚したのがお前といたときで助かった。恩に着る」
「おー着ろ着ろ。うっかり登校すんなよ~」
ニッと見せた笑いの九割が作り笑顔で出来ていることは、悲しいかなAにはわかってしまう。もう十年を超える付き合いだ。だが、その笑顔が十割すべてAのためのものであることもまた、Aには過不足なく伝わっているのだった。
*
8月32日
弥智子の言ったとおり、世界は8月32日に突入していた。
ニュースサイトの日付もSNSのタイムスタンプも、すべて8月32日になっている。
覚悟はしていたが、こうして理解不能な現実を突きつけられてしまうと、自分はここにいるべきではないのではないか、存在してはいけないのではないか、と、強烈な疎外感を覚えてしまう。カミュ? カフカ? なんかそういうのあったなとぼんやり考えつつ、Aはしばし自室で茫洋としていた。
だがまあ、このまま座り込んでいても何も進展しない。Aは奮起して表へ出てみることにした。
日付を示すものさえなければ、外の世界は昨日と何も変わらない。脱出ルートが見つかるだの夢から醒めるだのと都合のいい解決はまったく期待していないし、状況を受け入れさえすれば差し迫っての危険や不都合は特にないようにも思えてきた。
状況確認と気晴らしを兼ね、Aはそのまま駅前までぶらぶらと散歩を続けた。
スポーツドリンクを買って駅前バスロータリーのベンチに腰を下ろしたとき、Aのスマホに着信が入った。テツオからだ。
「おうA~、いま平気か?」
「ああ」
「昨日珍しく弥智子から電話来てさー、なんか知らんけどお前のこと心配してたぜ?」
弥智子が面白半分で言いふらす奴じゃないことは知っているが、どんな感想を持っているかは正直気にはなった。
「8月31日の次が9月1日だと思ってた、って聞いたけどマジで?」
「ああ。実際いまでもそっちのが自然だと思ってる」
「はー。どう見ても正気なのにな。いやいま見てねえけどウハハ」
「やっぱヤバいこと言ってると思うか」
「別に実害はねえっしょ。美少女が肉塊に見えるとか肉塊が美少女に見えるとか言ってるわけじゃねーし」
「俺もそこまで深刻になることでもねえかって気分にはなってきてる。まだ思わぬ落とし穴がありそうでそこが不安っちゃあ不安だが」
「おう、弥智子からも『Aくんの力になってあげてね♡』って頼まれてるし、なんかあれば頼ってくれていいぜ」
「ぜってえそんな言い方してねえだろ」
「してねーなーダハハ」
「あははは」
電話を終えると気分はすっかり落ち着いていた。何だかんだでやっていけそうな気がする。Aがすっきりした気持ちで自宅に戻り玄関の鍵を開けていると、今度は弥智子から携帯のアドレスにメールが入った。弥智子とだけは、昔からの流れでメッセージアプリではなく携帯メールでやり取りしている。
Subject:元気回復した?
つらくなったらいつでもおいで。なぐさめてあげる。
リュウ様のラッシュ鎖骨2中PCR強P4強P強K強P強昇龍でなァ!!!
弥智子との格ゲーはリアルでもリバーブローとか飛んでくるのが難だが、いい気分転換にはなりそうだ。
Subject:Re:元気回復した?
ありがてえ
インパクトガイルハイ強サマー無限に食らい続けてくれや
8月64日
いまの暮らしに適応はできたものの、気持ちが落ち着くと改めて様々な疑問が湧いてくる。むしろ疑問しかない異常の塊だが、周りが完全に平常運転なのでAはなかなか言い出せないでいる。Aはこのごろ日記をつけ始めた。生じた疑問、答えになりそうな現象や推測、なにより平板な日々の記憶のよすがを書きつけてある。
まず、気候がいつまでも夏である件について。
調査の結果、というかネットで検索しただけだが、地球の地軸が少しずつ動くことで日本は常に8月の気候になっているようだ。そんなことある? 地軸の動きに合わせてカレンダーを8月に固定したってことか? その仮説では説明がつかない。Aの高校の夏休みはすでに70日を超えている。いくらなんでもカリキュラムとしておかしいだろう。2学期は8月32日からです、とか言い出しそうなものだ。
2学期のことはさすがに弥智子に尋ねてみた。始業式は何日だ、と。弥智子は困ったような笑顔で少し言い淀むと、
「うん、そのうち始まるんじゃないかな、いつかは、ね」
と、これ以上ないくらいあやふやな答えをよこしてきた。
いつ終わるのかはわからないがいつかは終わる? 人生のことか? Aはそう茶化したくなったがぐっと思いとどまった。これは実際それに近い何かなのではないか、という予感があったからだ。それ以来、新学期についてはずっと聞けずにいる。
そうなると、文化祭の準備を頑張っていた部員たちの心情にも疑問が出てくる。いつ来るのかわからない、そもそも開催されるかもわからない文化祭に対して、あんなに真剣に取り組めるものなのか。これについても弥智子から核心を突く話を聞けた。
「夏休みがいつか終わっちゃうんじゃないかって怖がってる子、実はけっこういるんだよ。表立っては言えないだけで。でも大体の子は、いつ終わってもいいように、いつ新学期が始まってもいいように、って準備と心構えをしながら暮らしてるんだよ」
やはり俺は異世界人なのだ、と、Aは改めて思い知らされた。一見噛み合っているようで、実はまったく別の現実を生きていたのだ、と。
だがそれはいつからだ。生まれた時からずっとズレていたわけではないだろう。
少なくとも、去年の8月は31日で終わっていた。自分一人の記憶なら疑わしいところだが、弥智子もテツオもそう言っていたからひとまず信じてよいだろう。一年以内、おそらくは8月に入ってから世界が(あるいはAが)おかしくなったのだと考えるのが最も蓋然性が高い。
そこまではわかってきたが、それでAにできることはと言えば、今のところ何もない。せいぜい他の奴らを見習って、いつ夏休みが終わってもいいように心構えをするくらいだ。
*
8月128日
かずひこ:ずっと気になってたんすけど
かずひこ:制作曲のBPMはなんで128指定なんすか?
かずひこ:130じゃダメなんでしょうか?
部長:政治家の顔写真を貼るな
部長:128、それはロマンだ
かずひこ:?
部長:ロマンだからだ
かずひこ:??
*
8月256日
田中(肉):変態性探求の旅に出た僕は
田中(肉):ベースメントジャックスにたどりつきました
田中(肉):でもマネとかムリィ
かずひこ:歌い手界隈で流行ってたやつでしょ?
田中(肉):それ でもムリィ
かずひこ:にくは レベルが たりなかった!
田中(肉):サーセンw
田中(肉):やっぱ生音サンプリングの道に進むべきかなあ
チーコ:(チラッ)
かずひこ:喜多郎さん降臨キター!
チーコ:DAT貸す?
かずひこ:喜多郎さん昭和!
チーコ:いやDATは平成だし
田中(肉):冗談は平沢進の歌マネだけにしてもらおうか
部長:お前ら……
やち子:老人か!
*
8月512日
Aは重大な事実に気づいてしまった。
もしかして、歳をとらないのでは?
*
8月1024日
俺たちは生きているのか。ここは死後の世界ではないのか。
Aは時おり自問する。答えは出ない。
*
8月2048日
心地よい凪の時間。
寝て、起きて、寝て、起きて。
心地よい凪の時間。
*
8月4096日
歳をとらないのは人間だけではない。
物も傷まない、劣化しない。
一日がループしていると考えた方がしっくりくる。
でも、一日という単位がよくわからない。
*
8月8192日
普通に生きている、ことに気づくことがある。
勉強し、曲を作り、たまに部活に行って、友達と遊んで。
食べたり眠ったりしている。
そうなんだ。そうなんだっけ?
*
8月16384日
このごろ■■■と会ってない気がする。
昨日会った気がする。
どこかに書いた気がする。
教えてもらった■■
わすれた
*
8月32768日
■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ときどきほぐさないとまっくろになる
■■■■■■■■
*
8月65535日
日々は続いていく。
ずっとずっと続いていく。
*
観測システムがオーバーフローを起こし、モニターの映像はここで止まった。だが世界そのものが停止したわけではないから、向こうでは今も夏休みが続いているはずだ。
あの夏休みが過ぎたあと、俺は何度も思った。終わらなければよかった、終わるべきではなかった、と。向こうの俺たちが続いてくれること、それだけが俺の救いであり安らぎだ。
どうかこれからも、■■■■■■■であってくれますように。
ささやかな祈りを込めながら、俺はモニターの電源を落とした。
8月65535日 犬には名前がなかった @adoghadnoname
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