〔Side:Shino〕14. 清算
リオ先輩の誘導で、3人で居酒屋にやってきていた。
目の前にリオ先輩と笹原さんが座っているのが、なんだか不思議な感じがする。
2人は互いに肩を寄せ合い密着している。
笹原さんの表情は固く、リオ先輩はそんな笹原さんの様子を案じているようでもあった。
「あの、リオ先輩と笹原さんはその……どうし――」
「その話の前に、紫乃には謝りたいことがあるけど、最後まで聞いてもらえる?」
ウチの話を一旦さえぎるも、リオ先輩の表情は真剣で声音には不安の色が混じる。
「……はい」
この人が真剣な時は、本当に大事な時。
「紫乃、前に1度だけバイトから帰らせたことあったよね、覚えてる?」
「それは……はい。あの時はリオ先輩にもご迷惑をおかけしました」
「いいよ、誰だって体調とか精神とか崩し気味な時はあるものだから……けど、その後何があったかを今日は紫乃に伝えようと思って」
「その後、ですか?」
あの日はあることで前々日から体調を崩していて、バイト先に行った時に酷い顔してたからか、リオ先輩にものすごく心配されて帰されたのだった。
そのあることに、笹原さんが関係していたし、リオ先輩にも断片的に話を聞いてもらった経緯がある。
「紫乃を帰したすぐ後に、実はミウが店に来たんだよね」
「笹原さんが……?」
考えてみれば、ウチが笹原さんから逃げた後、電話もメッセージアプリもブロックしていたし、学校にも行けなかった。
バイトだけは生活に必要で、行かなきゃと思い、頭がガンガンなりながら何とか店には行ったのだった。
笹原さんがウチに会おうと思ったら、お店に来るしかない。
あの日、リオ先輩に話して帰った時、笹原さんはウチに会いに店に来ていたらしい。
けど、その後ウチは一度も笹原さんを店で見かけていない。
「あーし、その時ミウに怒鳴ったんだよね、なんで来たんだって。あんたから話聞いた直後で、気持ち的にもあーしもミウのこと良くは思えてなかったから。したらミウのこと泣かせちゃって……そんで話聞いたらさ――」
「リオ、その先は私から……」
笹原さんが首を振って、リオ先輩も口を閉じた。
笹原さんは改まった様子でウチの方に向き直ると、不安げに言葉を発した。
「紫乃……いえ、ごめんなさい。月岡さん。私、あの日のことをすごく後悔しています。自分の誕生日だからって、勝手に期待して、その日のうちに絶対にファーストキスをしようって朝から決めていたんです。本当は貴女の意思を先に確認するべきだったのに、言い出せずにお酒を飲んで……そしたら貴女が酔っ払ってしまって、そのままじゃ帰れそうにもなくて……私がもう少し一緒にいたかったのもあったんですけれどね……」
大学2年の春から9月までの5ヶ月間、ウチは笹原さんとお付き合いしていた。
そして迎えた笹原さんの20歳の誕生日。ディナーを一緒して、その時に白ワインを飲んだのだった。
人生で初めて飲んだ3%以上の強いお酒。思えばその辺から記憶が曖昧で……
笹原さんは、震える声でウチの目を見て続きを話してくれた。
「ホテルでお部屋を借りて、そしたら貴女はすぐにでも寝てしまいそうだったけれど……私はキスのこと、どうしても諦めきれなくて……その日のうちにしたいって……そうじゃなきゃダメだって……シャワーに入ってもらったら、スッキリして目も覚めるかもって……それで…………でも、私もその時初めてのお酒で、ふわふわしてて……貴女がシャワーを浴びているうちに……どうしても、キス……したくなっちゃって……あんまり考えもせずに……あんなこと言っちゃって……」
あんなこと…… "もう待ちきれなくて、わたしも入っていい?" って、ドア越しに……
ウチは酔いが覚めてきたところで、状況が掴めてなくて混乱してて……
「キス……したかっただけなの……でも……私が思ってたこと……ちゃんと伝えられてなかったから……貴女には怖い思いをさせてしまったって……それに気づいたのも……貴女が出ていってしまった後で……」
笹原さんは瞳にいっぱいの涙を貯めて、「……ごめんなさい……」とかすれる声でウチに言うと、堪えきれなくなって俯いてしまった。
雫が落ちる度に照明に反射して煌めく。必死で堪えようとする嗚咽が耳に届く。
すると突然……突然目の前でリオ先輩が笹原さんの口に……
「ちゅむ……ん……」
…………
一体……何を……
目の前で起きてることに理解が追いつかなくて、ウチは硬直していた。
リオ先輩は上から口を塞いでいるので、笹原さんは軽く上を見あげている。
笹原さんの顔が店の照明で照らされ、その頬は赤く染まりながら吐息を苦しそうに吐き出す。
時折その息継ぎの間すら与えられず苦しそうに喉を鳴らすも、リオ先輩は容赦なく舌を……ダメだ。これ以上見ているのは失礼かもしれない。
ウチは視線のやり場に困って店内に視線を向けると、女性の店員さんと目が合ってしまった。
両手で口を塞ぐその店員さんの頬も赤いような気がしたが、振り向いてどこかに行ってしまった。
これ……けっこう危ないんじゃ……
「……ん…………ふ。ミウ、後はあーしが。いいよな?」
たっぷりと時間をかけた後、リオ先輩はそう言ってこっちを見る気配を感じて、ウチも向き直る。
「もう、分かったよね、紫乃?」
「……勘違い……だったってことですよね……?」
「ミウのことは信じてやって欲しい。ミウはずっとその事を気に病んでいたから……あーしは今の話を、あの日に聞いた。そこでもっと泣かれたからさ。でも、あの頃の紫乃にそのまま合わせる訳にもいかなくて、あんたも相当参っていたから……だから、あーしから別の店舗を使ってもらうようにミウに持ちかけた」
「笹原さんが店に来なかったのは、そういうことだったんですね……ウチが傷つけたから……顔も見たくなくなったのかと、思っていました……」
「そんなこと、ない……! ケホッエホッ、ンンッ……ケホッ……!」
「ミウ、ほら水だよ。これ飲んで。……それは違うよ、紫乃。これ、なんだか分かる?」
リオ先輩は、笹原さんの首から下がるネックレスを少しだけ引いて見せた。
そのネックレスには、見覚えがあった。
「それ……ウチがあの日に置いていった……」
ホテルから逃げる時、ウチはその日に笹原さんに渡そうとしていた誕生日プレゼントのネックレスと、その日の費用を全部置いて部屋を出たのだった。
けれど、リオ先輩は意味ありげにウチの目を覗き込むと、小箱を取り出して開けて見せた。
中にはくすんでチェーンの切れた同じブランドの同じネックレスが納められていた。
「ちょっとだけ違う。紫乃、あんたが贈ったのはこっち。そんで今つけてるのは、あーしがミウに贈り直したのよね」
「どういう、ことですか?」
「紫乃がバイトに復帰してから、あーしはシティ店の方に戻っていったよね? 実はミウには別店舗としてシティ店を紹介したから、ミウの様子もあーしは見てた。したら、毎日これつけて店に来るんだよ、この子?」
「毎日……」
「そ。んで、あーしが見してって画像撮って、あんたに見せた時、ピンと来た。いや、ピンと来たのはもっと前だったかもだけど。売ってるお店、あんたに教えてもらったよね。あんたが贈ったものをさ、わざわざ毎日身につけてて、ほんでこの通り。ボロボロになっていくわけ」
「それを知って、リオ先輩が笹原さんに?」
同じネックレスを、わざわざ……
「そうね。まあ、そんなとこ。でも、それよりミウはさ。ずっとあんたから貰ったこれを大切にしてたんだよ? それだけあんたのことが好きで、ずっと思い続けてたってことだけは知って欲しくてさ。けど、今はあーしのだから、返してって言ってもお断りだけどね」
こんなにボロボロになるまで……毎日付けてくれてた……
それも、ウチには会えないって思いながら……
それがどれだけ辛いことなのか、ウチにはわからない……
けれどそんな笹原さんに、リオ先輩は気づいてくれた……
「いえ、言えませんてそんなこと……今が幸せそうなことくらい。先程から見せつけられてますし。でも、ありがとうございます。ウチも笹原さんがそんなことしようとしてたとか否定したくて、当時は苦しかったので……」
ウチは咄嗟に逃げ出すことしか出来なかった。それからはなるべく考えないようにしてきた。
けれど時間が経って、よくよく考えてみれば笹原さんがそんなことを強引にするような人ではなくて……
ウチはただ、話も聞かずに逃げて、それで嫌われてしまっていたと思っていた……
「笹原さん、ウチもあの時、もう少しだけ話を聞いてたら、きっと違った結果になっていたんだと思う。だから、ウチの方こそ……ごめんなさい」
ウチの謝罪に笹原さんはまたポロポロと涙を流してしまったため、流石にお店を出ることにした。
結局飲み物も料理もまだきていなかった。改めて、別のお店に入り直すことにした。
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