(5)バイトの誘い

 「あら? あらあらあら?」


 マキちゃんは、美人さんだけどたまにグイグイくるのが怖い。

 タクミは、マキちゃんの勢いに少し上半身をのけ反らせる。


 「な、なんですか?」

 「もしかして、あなた、トモヤとお友だちかしら?」

 「友だち……?」


 本人を前にして、簡単に肯定はできない。

 友だちってほどに話したこともないわけだし。


 「おい! 困ってんだろ?」

 「あら、だって、この子なら適任じゃない!」

 「適任って、なんでだよ?」

 「家庭科教諭を舐めないでほしいわねっ」

 「はぁっ?」

 「この子が料理できるのは知ってるのよ、それに」

 「それに、なんだよ?」

 「食堂のことも知ってるみたいじゃない!」


 タクミを置き去りにして、トモヤとマキちゃんの話が続く。


 「ねぇ、相談してみてもいいんじゃないかしら?」

 「いや、だけどさ……」

 「ちょっとぉ! 今、選べる立場だと思ってるの?」

 「それは……」


 ふたりだけで、どんどん進む会話にタクミは少しイラついていた。


 「どういうこと?」


 少し強めにトモヤに向かって、問いかけてみる。

 学校でのトモヤは、前髪のせいで表情が読みづらい。

 ふう〜っと大きく息を吐くと、覚悟を決めたようにトモヤが口を開く。


 「おまえ、バイトする気ない?」


 トモヤの口から出た言葉は、タクミには意味が分からない。


 「どういうこと?」


 また同じことをくり返して、聞いてしまう。


 スパーン!

 小気味良い音を立てて、トモヤの頭が少し揺れる。

 音の正体はマキちゃん。

 持っていたレポートの束でトモヤの頭を一発。


 「痛ぇな、なんだよ! ちゃんと、言っただろ?」

 「あんた、それが人に頼む態度なの? 姉さん、悲しい!」

 「誰が、姉さんだよ!」

 「あら、だって、マサヤと結婚したら、義理の姉じゃない?」

 「してないし、そもそも『姉』にはならな……」


 レポートの束が、もう一度振り回されるのを察知してトモヤが黙る。


 「ええと、ふたりはきょうだいなんですか?」


 よく分からないけれど、それなら仲の良さも納得だ。


 「あら〜、違うわよ。まだね♡」

 「おい、余計なことをつけ足すな! 混乱してるだろ!」

 「えっと、じゃあ?」

 「あたしの彼が、トモヤの兄なの」

 「はぁ……」

 「だから、トモヤは実質、弟みたいなものね」


 (なんだ。そういうことか……。安心した)

 (安心した? ボク、何を? いや、何に安心?)


 マキちゃんの説明を聞いて、ほっとした自分に戸惑う。

 タクミは、一気にさまざまな感情に襲われて、少し疲れを感じた。

 それを感じたのか、マキちゃんに椅子を勧められる。


 「この子の説明がクソだから、あたしが話すわね」

 「はい」

 「『食堂』には行ったことがあるのよね?」

 「まぁ」

 「どう思った? 味はどう?」

 「それは、すごく美味しかったです」

 「あら、即答。嬉しいわね」

 「いや、本当にうまかったんで」

 「そう。あの店、今はトモヤがひとりでやってるのね」


 (え? まぢか。バイトじゃなかったのか)


 「驚くわよね。まだ高校生なんだし」

 「そう、ですね」

 「あの店のオーナーは、トモヤの兄のマサヤなの」

 「へぇ」

 「だけど、事情があって店を続けられなくなってね」

 「はい」

 「閉めようかって話もあったけど、トモヤが続けてくれるって」


 (へぇ。やる気なし男かと思ってたけど、意外……)


 「おい、そこまで色々しゃべる必要あんのかよ?」


 マキちゃんの話に割って入ってきたのは、当のトモヤ。


 「バカね。当たり前でしょ」

 「なんでだよ」

 「何も知らせずに、協力だけ頼むなんて虫が良すぎんのよ」

 「そうかよ」

 「そうよ! ねぇ?」


 急に話を振られて、タクミは一瞬、返事が遅れる。

 確かに、説明されたほうがモヤモヤはしないけど。


 「は、はぁ」

 「ほらね。だけど、学校と店の両立って大変じゃない?」

 「そう、でしょうね」

 「この子ったら、疲れちゃって学校じゃほぼ爆睡なのよ」

 「ああ〜」

 「保護者のひとりとして、このままじゃまずいと思うわけ」


 「おいっ! 誰が誰の保護者なんだよ!」

 「あたしが? トモヤの? 姉みたいなもんだから〜」

 「ははははは」


 ふたりの掛け合いが、コントみたいでタクミは笑ってしまう。

 昨晩もそうだったけれど。

 トモヤの知らない部分に触れるたび、嬉しさを感じる自分がいる。

 そして、そのたびに少し戸惑いを覚える。

 なんで、嬉しいんだろう?


 「それでね、あなたに店の手伝いを頼めないかと思って」

 「はぁ。でも、友だちって言っていいかは……」

 「あら、友だちじゃなくてもいいのよ」

 「そうなんですか?」

 「ええ。料理ができて、味が分かるなら」

 「ボクで、大丈夫なのかな?」

 「え? だって、あなたのことでしょ? クラスの……むぐっ」


 トモヤがマキちゃんの口を突然、両手でふさぐ。


 「むぐぐ。わふぁった! ふぁなして! ひふぁないかりゃ!」


 マキちゃんが何を言っているのか、タクミには全然分からない。

 けれど、トモヤには分かったようで、静かに手を離した。


 「ったくもう! 分かったわよ!」

 「大丈夫ですか?」

 「ええ、もちろん。それで、あなたが来てくれると助かるのよ」

 「いいの?」


 タクミは、念のため、トモヤに向かって尋ねる。

 トモヤは、コクンと大きく首を縦に振った。

 相変わらず、前髪のせいで、その表情までは確認できなかったけど。

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