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電車から1歩外に出るだけでムワッとした熱気が全身を包み込む。もう少し車内にいたかったけれど、終点にまで来てしまったのだから降りざるを得ない。さて、ここからどこへ行くべきか。何にも決めてない。行き当たりばったり逃避行。とにかく熱中症は避けようと、駅のホームに置かれた自販機で飲み物を買うことにした。
1000円札2枚と100円玉2枚、それから1円玉が3枚。それっぽっちしか財布に入ってなかった。そういえばお小遣いまだ貰ってなかったな。
お小遣い=親の金から発生したもの。いつかは貰えなくなって、自分で稼がなきゃならなくなる。とりあえず100円玉を2枚入れて、1番右上にあるボタンを押した。
ガタンッと出てきたペットボトルを手に取って、パキって鳴らして、キャップを開けた。勢いよく傾けて喉をゴクゴク鳴らして飲んでみる。美味しいとも不味いとも思わない、ただ冷たい、それだけ。
自分のお金で稼いだ水は、もっと美味しく感じるのだろうか。全然想像できない。水道水も天然水も等しく無味と脳に伝える私の馬鹿舌は、いくら苦労バフがかかっていようとグレードアップするとは思えない。
結露で湿るとか、まぁそういうのは今は気にしないことにして、脇に挟んでた財布と一緒にトートバッグの中にペットボトルを放り込んだ。
直射日光を浴びる分、外は断然駅構内より暑い。時刻は16時を回ったというのに、熱風が頬を掠める。汗が滝のように吹き出すのを感じる。脇と谷間が蒸れて非常に気持ちが悪い。夏生まれだから暑さに強いとかそういうのは一切ない。逆に欲しいよ、そういう能力。
ふと顔を上げてみれば、入道雲がむくむくと青空に立っている。青春を歌う曲のMVでよく使われてそうな情景だ。私がこの天気に似合うような人間じゃないのが残念極まりない。
小石を蹴り飛ばしながら真っ直ぐ歩く。来たことが無いわけじゃないけれど、見慣れない道に少しだけ心が踊った。冒険、そんな言葉を思い出す。随分遠くまで来られるようになったな、独りで。昔は公共交通機関の使い方も分からなかったのに。
そういえば、18歳になったらできることの中に、保護者の同意なしでも10年間のパスポートを取得できるっていうのがあったような。もっと遠くまで、水平線の先の方まで行けるようになるのかな。そう考えると、ちょっと大人も悪くないかも? でも海外怖いし、やっぱりいいや。選ばない選択肢が増えただけ。
あ、日焼け止め塗り忘れた。まぁ今更どうでもいい。とりあえず西に歩く。あれ、なんで西を目指してるんだっけ。まぁ、後で思い出せるでしょう。
何も考えたくない。正気になったら終わりの旅。
本当に誰でもいいから、すごく私を救う一言とか、言って去ってったりしないかな。一瞬で楽になるみたいな、名言はないだろうか。助けてよ誰か。
私は、何が怖いのか? 私が今日からできること。自動車免許の取得、選挙への参加、あとは、結婚? 他にも色々あった気がする。できなくなることは、ないはずなのに。得体の知れない恐怖。実に煩わしい。
ㅤ速報です。○○県××市の18歳の少年が逮捕されました。こんなのがニュースでやってたら、成人にもなって何してるんだろう、って液晶越しでため息をつく大人がいるんだろうな。でも、その少年は昨日まで17歳だったとしたら?ㅤ1日だけで責任が何倍にか増える。変なの。
シオカラトンボが眼前を横切った。なんとなく目で追ってみる。トンボを捕まえるコツは、そこら辺の木とか柵とかに止まっているのを、そっと後ろから羽を指で挟むこと。幼い頃は何度もこの方法でトンボを捕まえては虫かごに入れてた。今となっては虫全般に触れなくなったけど。よくトンボを観察して見てほしい。あの大きな複眼が恐ろしくなるから。圧倒的に小さくて私より弱い存在のはずなのに、あの瞳に吸い込まれて襲われそうで、近づきたいとは思わなくなった。これって成長? それとも後退?
シオカラトンボが休憩所に選んだのは、着物を着た青年の銅像の指先だった。凛々しい顔つきをした青年は右手の人差し指を空へと突き出して、遠くを眺めているように見える。多分何かしらの功績を残した偉人なんだろうな。でも、年は私と同じか、ちょっと同じくらいに見える。
思えば昔の成人年齢、いや、元服? は今よりもっと早かったような。その人たちは、怖くなかったのかな。というか、大人になるということが死活問題だった時代だとするならば、成らざるを得なかった? 令和の今は、大人にならなくても生きていける環境だからいけないんじゃないだろうか。なんて。他責。
シオカラトンボがまた飛んだ。私もまた歩き出した。
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