白昼夢

子律

【白昼夢】

 大好きな叔母が亡くなった。


 お泊まり保育のハガキやお正月に届く年賀状にはいつもピンクのマーカーペンで私へのメッセージを書いてくれた。旅行の時は全力で楽しむ私を朗らかな目で見守ってくれた。誕生日だってプレゼントをくれてお祝いもしてくれた。


 優しくてあたたかい空気を纏う叔母を、幼いながらに尊敬していたんだろうな。大好きだった。



 叔母のいる最後のいとこ宅。


 和室に真っ白な服と真っ白な寝具に包まれて寝ている叔母がいる。


 周りの布たちがその色の悪さを強調するかのように、肌の色はまるで淀んだ空だった。手を握っても握り返してくれなくて、偽物みたいに冷たい。


「喉乾いちゃうから、お水あげよっか。」


 母が涙ぐみながら私とまだ幼く永遠の別れを理解していない妹に言い放った。小皿に入った水を小さな綿棒に染み込ませて、ゆっくり優しく撫でてくれた時みたいに唇をなぞった。顔よりも遥かに青さを増して反応もしない。



 目が覚めるとそこは自室のベッドで、枕と後ろ髪が水をかけたのかというレベルまで濡れていた。


 起き上がって水を飲んでみる、冷たかった。でもどこか冷えきらない気がしてもう一杯飲んでみる。やはりどこかぬるいような気がしてきた。


 フッと視線を落とすと、真っ黒なスカートに真っ黒なシャツを着て、今日は靴下まで黒かった。

 やだなぁ8歳にとって全く可愛さのない格好だ。


 ……あの手はもっと冷たかった。元々のあれのあたたかさを何処かに失くしてしまったみたいで。たしかに叔母は私の黒さが映えてしまうほどの純白色に染まっていた。しかもそのせいで肌の青みがより酷く見えてしまっていた。


 夢だと思いたかった。

 信じたかったんだ、生きていると。

 もう一度あの笑顔を向けてもらえると、もう一度あの丸くて優しい字で私を思ってくれると、もう一度あの柔らかい声で名前を呼んでもらえると。


 包み込んでくれた体が作り物だったんじゃないかと思うほど小さい子箱に収まったのを見てやっと死を理解してちゃんと泣いた。自覚のある中で、約10年の最大の声と涙の粒を溢れさせた。



 毎年お盆と何でもない日の計2回は必ず叔母のお墓に行く。「よしえさんに会いたい」と母に伝えて祖母と一緒に連れていってもらう。


「よしえさん、私15歳になったよ。…今でも会いたくて会いたくて仕方ないんだ、寂しいよ。私はもう小さい時の優しくしてくれたよしえさんを思い出せないよ。旅行の写真を見てもどんな顔で私と接してくれてたのかって分かんないんだ。でもね、最後に顔みた日のことはずっと覚えてる。あれから強く自分に誓ったの。絶対に看護師になってよしえさんみたいな患者さんを私が救うんだって。だから天国から見てて、私頑張るから。」


「よしえさん、私第1志望の看護高校に受かったんだよ!すごいでしょ!喜んでくれてるといいな。私はすっごく嬉しいんだ、ずっと夢だった看護師の勉強が出来るって思ったら楽しみで仕方ない!もう教科書沢山読んでるんだよ〜?絶対すごい看護師さんになるから!これからも見守っていてね。」


「よしえさん、ごめんね、私看護師なれなかった。学校辞めちゃったんだ。そんな簡単じゃなかった。最初から軽い気持ちでなれるなんて思ってなかったけど、ロングスリーパーの私にあの課題量はこなせなかったや。ごめんね、約束したのに。あんなに沢山誓ったのに。ごめんなさい。よしえさんみたいな患者さんを救いたいって気持ち、本当だったのにな、ごめんね。」


「よしえさん、私通信制高校に転入することにしたよ。今もまだ看護師になりたい気持ちが無くなってなくて毎日辛いけど、お母さんが好きな事して高校卒業出来たらいいなって演技の勉強ができる学科にしてくれたの。今度はちゃんと楽しめるのかな。…ねぇよしえさん、会いたいよ。私看護師なれないんじゃ、生きてるの辛いよ。もうよしえさんの声が思い出せないよ、よしえさんだったら私の事迎え入れてくれる?」


「よしえさんお久しぶりです、子律です。私18歳になりました。今、専門学校で演技とか歌の勉強してます。看護師を諦めた訳では無いけど、今は保留としてやりたいことやってみてるよ。表現はやっぱり楽しいな。私今、少しだけど前向けてるよ。会いたいけど、今じゃないよね。今度は絶対に全力で楽しむからね。よしえさんが私の事見守ってくれてるって思ったら前向ける気がする。次のお盆も会いに来るね。」



 そして二日前、お盆最終日。家族旅行の帰りの車で母に問うた。


「今日でお盆って終わり?」

「そうだよー。」



「よしえさんごめんね、家族旅行でお盆会いに行けなかったや。でも家族旅行で行った山梨すっごいいい所だったよ。向こうめちゃくちゃ涼しかったからこっちの暑さは鬱陶しく感じるよ。今度またなんでもない日に会いに行きます。」


 帰りの車、よしえさんのお墓だけがポツンと置かれた真っ白な空間にそれと私だけ。手を合わせてそう脳内で言葉を並べていた。



 目が覚めると鬱陶しくひっつくような暑さの家に着いていた。全部夢だったら良かったのにな。


 

 よしえさん、私は貴方の姪っ子で良かった。だからどうか、私のこと見守っていてください。いつか必ず明るく元気な私に戻るから、それまではゆっくり休んでる私を見守っていてください。それではまた。

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白昼夢 子律 @kor_itu-o

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