第29話

 マミたんの指示の元、農場では避難生活の為の準備が整えられていた。収穫物を入れるための倉庫が整理されて、そこに子供たちの居住空間が簡易的に作られている。テントなどの物資が届けばもっと過ごしやすくなるだろう。夕飯の準備もできていて、大鍋で作ったカレーライスが良い匂いを漂わせている。まだ午後四時前だが子供たちが「お腹空いた」の大合唱を始めた。

「いいじゃん、もう食べちゃおうよ」

 マミたんがクロエに言った。

「駄目だよ。こんなに早く食べたら夜にまたお腹がすくでしょ」

 困った顔でクロエが言った。

「そしたらなんか夜食を作るよ。こんな時だからいいじゃない」

 マミたんの言葉に乗っかって「夜食!」と子供たちがまた合唱を始めた。エリザベス先生がいないので子供たちの統制が取れない。

「みんな静かに!」

 クロエが言っても静かにならない。お祭り騒ぎのようになってしまった。

「うるさい子には電気ショックするよ! こうやって!」

 そう言ってヒナコがマミたんの肩に軽く触れた。バチっと音がして、マミたんが体を硬直させて地面に倒れこんだ。一瞬で子供たちが静かになった。

「軍事モード凄いな」

 ヒナコが自分の手のひらを見つめて言った。指先から簡単に強い電気が出る。自分の体の機能だが使ったのは生まれて初めてだ。

「電気だけじゃなくて火とか神経ガスも出せるみたい。これ、日常生活でもめちゃくちゃ便利じゃない?」

 地面に倒れたまま口だけを動かしてマミたんが言った。壊れた人形みたいで不気味だ。子供たちが心配そうに見ているのに気が付いて、マミたんが素早く起き上がった。そして、倉庫の天井に向かって手の平から火炎放射をしてみせた。三メートルぐらいの煌めく火柱が勢いよくそそり立った。

「やり過ぎだって! 危ないよ!」

 自分のことは棚に上げてヒナコが言った。子供達が怖がるのではないかと心配をしたのだが、その必要は無かった。みんなが目を輝かせて、炎を繰り出すマミたんの姿を見つめている。

「もう一回火を出して!」

 子供たちにせがまれて、マミたんが調子に乗って両手から火炎放射をしてみせた。炎の色を青や黄色に変えながら、みんなに喝采を浴びている。それを見てクロエまで手を叩いて喜んでいる。

「すごいね! ヒナコもできるの、これ?」

 クロエが興奮気味に言った。

「うん……。私たちの体のベースは軍事用だからね」

「すごい! 特注品って言ってたもんね。他にもいろんな機能があるんでしょ? あとでじっくり見せてよ」

 クロエが言った。そういえばこの人は筋金入りの工学系だった。研究者としての血が騒ぐのだろう。

 マミたんが丸太に火を放ってキャンプファイヤーを作り、トウモロコシを焼いて子供に配り始めた。子供たちはカレーライスのことをすっかり忘れて、マミたんのショーに夢中になっている。

 一方でヒナコは、体の機能についてクロエにいろいろと見て貰った。軍事衛星を使って索敵をしたり、磁気シールドで弾丸を防ぐこともできるようだ。詳細が機密扱いになっていて、用途が不明な機能もたくさんある。使い方のマニュアルのような物も無い。試行錯誤していくしか無さそうだ。


 エリザベスからヒナコに連絡があり、マッテオとレオナルドに無事会えたということだった。彼らは今、砂漠の地下にあるアジトに潜伏していて、周辺の警戒を続けている。まだ敵の反応は無いようだが油断はできない。

 救助隊と物資が街に到着したという情報がディミトリから届いた。ようやくこれで本格的な救助活動が始まる。救援物資はマミたんの農園にも届くことになっているので、子供たちの生活もとりあえずは心配いらないだろう。

「私もそろそろアジトへ向かおうかな」

 ヒナコが言った。

「分かった。気を付けてね」

 クロエが心配そうにして言った。

「私も行こうかな」

 マミたんがニコニコして言った。恐らく彼女は戦闘がしたいだけだろう。

「まだ何が起こるか分からないし、マミたんはここを守っててよ」

 ヒナコは困った顔で言った。

「えー、ズルい! 私も戦いたい」

 マミたんがふくれっ面をして言った。

「マミたんがいてくれたら子供達も安心すると思う。私からもお願いします」

 クロエが言った。

「……うん。まあ、しょうがないか」

 マミたんが渋々頷いた。

「ごめんね。私がアジトへ行くのは自分のわがままだから、マミたんに指図する資格なんてないんだけど」

 ヒナコが言った。

「いいの。エリザベスとヒナコに大切な人がいるのは良いことだよ。それに子供達の安全が一番だもん」

 真面目な顔でマミたんが言った。

「あんた、本当に成長したね。ヒマワリ園で子供を襲ってた時もあるのに」

 ヒナコが感心して言った。

「子供を襲ってたって何?」

 クロエが目を丸くして言った。

「違う違う! あれは本気じゃなかったの! ただの遊び!」

 焦ったマミたんがヒナコに殴りかかろうとした。軍事モードの二人が喧嘩をしたらただ事ではすまない。ヒナコは素早い身のこなしでマミたんの一撃をかわした。

「じゃあ、いってきます!」

 駆けだしながら笑顔でヒナコが言った。背後でマミたんがくやしそうにしている。

「ちょっと待って!」

 夕食の準備をしていた京子に呼び止められた。

「せっかくだからごはんとカレーを持っていきなよ。あっちにも食べ物はあると思うけど」

「ありがとう、絶対みんな喜ぶよ」

 ヒナコはそう言って、十人分ぐらいのカレーとご飯を入れた給食鍋を受け取った。結構な重量だが出力が上がっているので問題は無い。収穫用の袋に鍋を二つ入れて、ヒナコは軽々と背負った。

「私は食事ぐらいでしか力になれないけど、何かあったらいつでも連絡して」

 京子が言ってくれた。ヒナコは感激して京子を強く抱きしめた。そして農場を出て、アジトの方角に向かって全速力で駆けだした。

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