第24話

 エリザベスが教えていた生徒が、全員高校の入学試験に合格した。そのお祝いを『掃きだめの天使』でやることになった。今年高校に合格したのは二人の女子と一人の男子で、彼らを店に呼んでごちそうをふるまうことにした。大人達から彼らへお祝いのプレゼントも渡す予定だ。

 京子が豪華な料理でおもてなしをする。クロエからはそれぞれの生徒に最新式の情報端末が渡される。この端末はギリギリ合法な手段で通信料が全く掛からない仕組みになっている。いつでもどこでも使い放題で衛星通信まで使える。「なんでそれで合法になるんだよ」とヒナコは質問をしたが、いつものようにクロエは黙って微笑むだけだった。

 エリザベス先生からはティーカップのペアセットがプレゼントされる。生徒たちはこれから、高校の近くで寮生活を送ることになっている。その時に使って欲しいということで、エリザベスが高級なティーカップを、それぞれの生徒に合わせて念入りに選んだ。大人になってもずっと使って欲しいですわ、とエリザベス先生が楽しそうに言った。

 マミたんは生徒たちに『スペシャルサービス』をプレゼントしたいと言って、当たり前だが即座に却下された。しかし彼女はあきらめずに粘って主張を続けた。

「だってヒマワリ園ではまともな性教育をしてないでしょ? クロエ」

 マミたんがクロエを睨みつけて言った。

「あの……。でも基本的なことは一応……」

 しどろもどろになりながらクロエが言った。顔が真っ赤になっていて可愛い。

「それじゃあダメなの! せっかく高校に入学しても、妊娠したりさせたりでその後のキャリアが台無しになる子が多いでしょ? 特にスラムでは」

 マミたんがとても正しいことを言った。みんながシーンとなってしまった。性教育なんて一ミリも考えたことがなかった、とヒナコは思った。

「避妊具の使い方を知ってるだけじゃ足りないの。例えば男の子だったら、どうやって自分の性欲と付き合うべきかを知っておく必要がある。凄いんだよ人間の性欲って。生きるエネルギーにもなるけど、それで人生がめちゃくちゃになっちゃう人が多いから。私の主人の雄一郎はそれを良く知ってた。彼は倒錯したロリコンだったけど、私を所有することで絶妙にバランスを取っていたの」

 いつになく情熱的なマミたんの言葉に、みんなが聞き入っている。

「女の子達は恋にあこがれてる。でも男は性欲で女子に迫って来るわけだから、幸せな結末になるケースはどうしても少ない。高校にいる間に子供ができて、勉強よりも家族が優先ですってなった時、オメデトウって心から言えるの? クロエは」

「それは……その時の状況によると思います……」

 クロエが小さな声で答えた。

「クロエばっかり責めないでよ。マミたんの気持ちは分かるけど」

 京子がクロエをかばうようにして言った。

「あっそうだ。京子とクロエみたいに女同士で付き合うケースもあるよね。その場合、男女よりも喧嘩別れするケースが多いんだから。そうやって失恋して傷ついたときに、相談できる相手に私はなってあげたいの!」

 マミたんがテーブルをバシッと叩いて言った。

「え! 京子とクロエって付き合ってるの?」

 ヒナコは驚いて言った。全く気が付かなかった。

「いやいや、今はその話は関係ないでしょ」

 京子が慌てて言った。クロエが再び顔を真っ赤にしてうつむいた。

「まあ本当に? 素敵ですわね!」

 エリザベスが興奮して言った。彼女も気付いていなかったらしい。ヒナコは少しほっとした。

「みんなクソ鈍感なんだから……。京子とクロエは素敵な関係だと私は思うよ? でもね、子供たちはこの先、もっとドロドロした世界に触れちゃう可能性だってあるんだから。そういうのをある程度教えておかないとダメだよ。それで困ったときはいつでも相談してねって伝える必要があるの。特に性的な意味で」

 マミたんが言った。

「これさあ、生徒たちだけじゃなくて、みんなでマミたんの授業を受けたほうがいいんじゃない?」

 ヒナコが言った。

「ヤダヤダ、私は無理。生徒と一緒になんて絶対に無理!」

 泣きそうな顔でクロエが言った。クロエは予想以上に純情だった、とヒナコは思った。そういえば彼女はシスターだった。

「人間の性欲について、勉強が足りないと私も常々思っていましたの。そのせいで、マッテオさんをがっかりさせたこともあるはずです。一度しっかり、お勉強をする必要がありますわよね」

 エリザベスが考え深げに言った。彼女も乗り気だ。

 ということで、クロエを除いた全員が、生徒と一緒にマミたんの性教育の授業を受けることになった。女子に囲まれて、男子生徒一人のプレッシャーが凄いことになりそうだ。そしてこれは果たしてプレゼントと言えるのだろうか、とヒナコは思ったが、マミたんがやる気満々なのでもう後戻りはできない。


 以前は奨学金を得なければ、ヒマワリ園の子供たちは高校へ通うことはできなかった。そしてその奨学金の試験は、高校入試と比較にならないくらいの狭き門だった。相当に優秀でない限り、中学を卒業した時点でヒマワリ園の子供達は働きに出なければならない。そして十八歳になったら、独り立ちをしてヒマワリ園を出ていかなければならなかった。

 今はお弁当ビジネスで利益がかなり出ているために、子供たちの高校の学費と卒業までの生活費を賄える見通しが付いた。それもある意味、子供達へのプレゼントだ。


 お祝いのパーティが終わって、メイド達とクロエから生徒へプレゼントが手渡された。マミたんの性教育の講義は女子生徒の絶大な支持を得た。彼女たちの真剣なを見て大人たちは意表を突かれた。ほらごらんなさい、というマミたんの得意げな顔が腹立たしい。

 最後にヒナコが生徒たちに銀行のキャッシュカードを手渡した。高校の在学中、生活費とお小遣いが各自の口座に月々振り込まれる。このキャッシュカードを使えばATMからいつでもお金が引き出せる。子供たちは自分のカードを受け取って神妙な顔つきになっている。

「ヒナコ、スピーチして、スピーチ!」

 マミたんがはやし立てた。それを見て他のみんなも同調して騒ぎ始めた。しょうがないのでヒナコは何かをしゃべることにした。生徒たちの前に立って彼らの顔をじっとみつめた。

「あのー、みんなはクロエみたいに、将来ヒマワリ園に恩返しするとか考えなくていいからね。たまたまお金が儲かって、たまたま高校に行けるようになったわけで、誰に感謝する必要も無いと私は思う。高校に合格したのはもちろん努力の結果だよ。でも、高校で何か失敗をしても、元々はゼロだったんだから気に病む必要も無い。人の人生は本当に短いから、好きなことを好きなだけやるといいよ。私はあなたたちに対して愛情を感じているのか自分でよく分からない。でもね、何か問題が起きたら必ず相談して。絶対に私たちがなんとかするから、それは覚えておいて欲しい。高校生活を思いっきり楽しんでね」

 ヒナコはあまり表情を変えずに言った。気持ちを上手く伝えられたのか全く自信が無かった。

 しかし話を終えた後、みんなに盛大な拍手を貰えたので嬉しかった。女子生徒たちとクロエが大泣きしている。一方で、男子生徒はマミたんにぴったりとくっつかれて、身動きが取れずにぎこちない笑顔を浮かべている。京子は腕を組んで満足げな表情をしている。エリザベスが嬉しそうにしてヒナコに抱きついてきた。なんだかフワフワとした不思議な気持ちだ。この瞬間を私はずっと忘れないだろうな、とヒナコは思った。

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