第13話
お店の名前は結局「掃きだめの天使」になってしまった。マミたんがこの名前をとても気に入ってしまい、駄々をこね始めたので仕方なく決めた。発案者のエリザベスは困った顔をしていたが、内心は自分の案が通って嬉しく思っているに違いない。あなたセンスがいいわね、とマミたんに褒められて、もともと高い鼻をさらに高くしている。二人の相性もとりあえず悪くはなさそうだ。
とりあえずメイドは三人でいいとして、裏方が必要だとヒナコは思った。料理を作ったりお酒の準備をするスタッフがとりあえず一人は欲しい。
クロエに相談をしたところ、孤児院の卒業生に料理が得意な女性がいるということで、その人を雇うことにした。名前は
クロエに連れられて、京子が喫茶店の見学に来た。
「完璧……」
カウンターと厨房を見たあとで京子が感慨深くつぶやいた。
彼女は身長が180センチ以上あって筋肉質のガッチリした体つきをしている。その体格を生かしてゴミ捨て場でもそれなりに稼いでいたそうだ。ただしゴミ拾いは競争の激しい危険な仕事だ。彼女も以前、争いに巻き込まれて額に深い傷を負い、それが消えない跡になっている。今まで相当苦労をしてきたのだろう、とヒナコは思った。京子は隅々を確認しながら、嬉しそうに店内を歩き回っている。
「京子もメイドの格好をしないとね」
クロエが言った。
「え、嫌だよ。第一似合わないし」
弱気な顔になって京子が言った。
「それじゃあ、この話は無しね」
わざと冷たい口調でマミたんが言った。
「待って待って! 着ればいいんでしょ、着れば」
ふてくされて京子が言った。
しかし実際、彼女はスタイルが良くて胸のサイズもかなりある。京子にメイド服を着せてみたら皆が納得する格好の良さだった。シックなロング丈のメイド服が絶妙に似合っている。
「わあ、素敵」
クロエが嬉しそうに言った。
「本格的ですわ……」
うっとりとした表情でエリザベスが言った。
「あんまり見ないでよ……」
京子が顔を赤くしてうつむき加減で言った。これもある種の女の色気で、結構強烈だな、とヒナコは思った。かっこいい女が恥ずかしがっている姿には価値がある。こういうのが好きな男も確実にいるだろう。本当に毎日、勉強になることがたくさんある。
メイド喫茶「掃きだめの天使」が開店してから、あっという間に一か月が経過した。予想はしていたがお客は全く来ない。特に宣伝もしていないので当たり前だ。
お昼の部にマッテオが毎日やってきて、エリザベスと会話をしながら昼食と食後のコーヒーを楽しんでいる。あとは町内会長のスティフィン・ジャック(78歳男性)がマミたん目当てで定期的にやってきて、彼女を膝の上に乗せたまま器用にオムライスを食べたりしている。これは凄い光景だ。膝の上のマミたんがちょこちょこと動き回るのに、彼はオムライスをひとかけらもこぼさずに綺麗に食べる。
ちなみに京子の料理は本当に美味しい。彼女のまかない料理を食べるのが、メイドたちの毎日の楽しみになった。料理の評判を聞きつけて、マフィアの親族の誕生日会が「掃きだめの天使」で開催されたこともあった。ただ、それ以外ではほとんど客が来ない。
夜も夜で客は来ない。マッテオが昼の続きでやって来て、エリザベスにお酌をされながら気持ちよさそうに酔っぱらっている。エリザベスのスペシャルサービスはかなり高額の料金設定になっているため、マフィアの若頭といえども毎日お泊りをすることはできない。週末だけ、マッテオはエリザベスと二階に上がって至福の時間を過ごしている。
町内会長のスティフィン・ジャックは、マミたんにせがまれて先日初めてのお泊りをした。しかし途中で心臓発作を起こして危うくこの世からいなくなるところだった。マミたんのサービスは相当過激だったようだ。ヒナコは元介護用アンドロイドなので医療的な機能も備えている。スティフィン・ジャックは応急処置を受けて、幸いなことに死の淵からよみがえった。泣きべそをかいてマミたんはスティフィン・ジャックに謝った。しかし彼は「謝ることなんて何もないよ」とマミたんに優しく言った。笑顔でマミたんの頭を撫でながら「最高の死に方をし損なったな」と言って笑った。立派なロリコンもいるものだな、とヒナコは感心して思った。
今のところ山田マッテオとスティフィン・ジャック以外の常連客がいない。それに加えてヒナコ自身は、一度もスペシャルサービスを人間に提供できていない。せっかくたくさん勉強しているのにつまらない。別に焦ってはいないが、あまりに客が付かないので少しイライラしてきた。
「料金が高すぎるんだよ、昼も夜も」
イラついているヒナコに気が付いてマッテオが苦笑しながら言った。彼は今、京子の作ったカツカレーを旨そうに食べている。エリザベスは彼の横に座ってニコニコしている。
「あくまでも富裕層向けなの、この店は。安売りはしない」
ヒナコがふてくされて言った。
「と言ってもさ、金払いの良い人間なんてほとんどこの街にはいないからな」
マッテオが鼻で笑って言った。店が繁盛してエリザベスが他の客に指名されたら、マッテオだって泣きべそをかくだろうに。
「知り合いにお金持ちはいないの? 誰か連れて来てよ」
ヒナコが言った。
「この街で金を持ってるのは年寄りだからな。みんな枯れ果ててるし、メイド喫茶って言ってもピンと来ないよ。しかも都市部と違ってさ、スラムの老人は体がボロボロなんだ。空気は悪いし、まともな医療も受けられないし。町内会長は例外だけど」
「マフィアの男はお金を持ってないの?」
「うちも貧乏だからな……。ああでも、ひとりだけ候補がいる。今度連れてくるよ。ヒナコさんと話がしたいって言ってたし」
「本当? 絶対連れて来てよ、夜にね? サービスするからスペシャルサービス。マミたんに教わった技を早く人間に試してみたいの」
ヒナコは急に興奮して言った。
「スペシャルサービスね……。どうかな、結構堅物だからな奴は。でもまあ、誘うだけ誘ってみるよ」
なぜか困ったような表情になってマッテオが言った。
とにかく人間の男にサービスしてみたい、とヒナコは思っている。エリザベスとマミたんにいろいろ話を聞いているけど、人間の男の反応を生で見てみたい。きっと、すごく可愛いに違いない。
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