第11話

 メイド従業員、一人目の候補者。田中エリザベス。

 ご主人である田中ジェシカが半年前に亡くなった。田中ジェシカは資産家のお嬢様として育ち、大企業の社長である夫の元へ嫁いだ。二人はとても仲の良い夫婦で何不自由のない生活を送っていた。しかし40年前に夫が亡くなって、田中ジェシカは酷く元気を失ってしまった。そこで、介護用アンドロイドであるエリザベスが彼女の世話をすることになった。

 母と娘のように、時には親友のように二人は時を過ごし、田中ジェシカは次第に笑顔を取り戻して行った。田中ジェシカは晩年認知症を患っていたが、エリザベスの献身的な介護のおかげで穏やかな最期を迎えることができた。紅茶を飲みながらおしゃべりをするのが二人の日課で、お屋敷の居間には笑い声が絶えなかった。

 エリザベスは田中ジェシカが大事にしていた西洋人形そっくりに設計された。芸術品のような繊細で美しい見た目をしており、彼女は田中ジェシカの遺族にも愛されていた。遺族たちはエリザベスが、いつまでもそのままの姿であることを願った。

 そのようなわけで彼女は誰の反対も無く、元主人の莫大な財産の一部を相続した。さらに準市民権も取得して今は自由の身だ。高価なティーセットや洋服、靴なども多数相続して、今もお屋敷の一室で暮らしている。主人との思い出の品はエリザベスにとってかけがえのないものだ。それらを捨てて、他のアンドロイドのように高次の世界へ行くわけにはいかない。ただ、主人を失ったアンドロイドが、お屋敷にずっと居座っているのは良くないと彼女は考えている。

 そこへタイミングよく、エリザベスはディミトリから勧誘を受けた。彼女はヒナコと同じく、北村カエデによって作られた特注品のアンドロイドであり、メンテナンスはもちろん「サイズ・インダストリ」が受け持っている。長年の付き合いなので、彼女はディミトリを完全に信頼している。ヒナコとは違ってエリザベスは、基本的に素直で几帳面な性格をしている。


 エリザベスの境遇はヒナコとよく似ている。経済的な問題はクリアしているし高次の世界には興味がない。自分の居場所を探している自由なアンドロイドだ。彼女を是非メイド喫茶に誘いたい。ただ、お嬢様育ちという点が少し気になった。

「メイドが性的なサービスをすることをちゃんと伝えた?」

 ヒナコはディミトリに言った。

「もちろんお伝えしています。男性にご奉仕をしたことがないので、しっかりと勉強したいとおっしゃっていました」

「ご奉仕って……。本当に分かってるのかな。まあいいや、面接のセッティングをしてもらえる?」

「分かりました。面接はバーチャルでよろしいですか?」

「もちろん。よろしく」

 ということで面接の日取りが決まり、二人は会うことになった。


「はじめましてヒナコお姉様!」

 これがエリザベスの第一声だった。

「はじめまして、田中エリザベスさん」

 ヒナコは面食らって言った。

「失礼いたしました。わたくし田中エリザベスと申します。あの、わたくしたちは北村カエデ先生に設計されたのですから、姉妹のようなものですよね? ですから、ヒナコお姉さまとお呼びしたいのですが。いけませんか?」

 可愛らしく微笑んでエリザベスが言った。

「……いいですよ」

「私のことはエリザベスかベスって呼んでくださったら嬉しいです。あ、でもわたくし田中という苗字を嫌っているわけでは無いんです。むしろ気に入っています。ほら、この田中という漢字をご覧になって? 四角形と直線で構成されていて、まるで宝石みたいじゃありません? そしてこの田中と、エリザベスという名前が美しく調和していると思いません? お姉さまよくご覧になって?」

 バーチャルの空間にエリザベスが「田中」という文字を大きく表示させた。

「そういえばそうだね、宝石のように見えるね」

 愛想笑いをしてヒナコは言った。この人ちょっと変な人かも。しかし見た目はとても可愛らしい。誰もが思うお嬢様のイメージそのものだ。つややかな金髪の見事な縦ロール。たくさんのフリルがついた薄青色のドレスを着て、まるで昔話のお姫様のようだ。男受けもよさそう。

「メイドのお仕事に誘ってくださってありがとうございます。採用してくださったら本当に嬉しいです」

 花のような笑顔でエリザベスが言った。もしこの子がメイドになったら、きっと人気者になってくれるだろう。しかし確認しなければならないことがある。

「エリザベス、あなたさえよければ是非私の店で働いてほしい。でもね、そのお店があるのはスラム街だし、お客として来る人たちも決して上品とは言えないの。むしろ下品で汚らしい男たちに、性的なサービスをしなければならないかもしれない。それは分かってる?」

「ジェシカさんが……。ジェシカさんというのは私のご主人だった方ですけれど。ジェシカさんがこのお話を聞いたら、私きっと叱られると思います。でも、私は自分のことをお人形だと思っているんです。お人形は人に抱かれて……愛されてこそ、その存在に価値があると思っています。性的だったり、刹那的な愛でもかまいません。誰かが私を選んで、愛してくれるなら嬉しいわ」

 ゆっくりと穏やかに、しかし力強くエリザベスが言った。この子はメイドに向いているかもしれない、とヒナコは思った。

「それじゃあエリザベス、私の店で働いてくれる?」

「まあ嬉しい! よろこんで、ヒナコお姉さま。どうぞよろしくお願い致します」

 ヒナコが握手の手を差し出すより早く、エリザベスが勢いよくヒナコに抱き着いてきた。高貴な香水の香りがふんわりと辺りに漂う。凄い。この子は大金を稼いでくれるはずだ。ヒナコはうっとりとしながらそう思った。


 メイド従業員、二人目の候補者。マミたん。

 見た目が十二歳のロリコン向けセクサロイド。大企業の役員を務めるご主人様、木下雄一郎きのしたゆういちろう87歳に長年可愛がられていた。しかしその存在が木下氏の家族にバレて家庭崩壊の危機に陥り、半年ほど前に泣く泣く手放されることになった。しかしマミたんが廃棄されたり、他人の手に渡ることには耐えられない。木下氏は自分のへそくりのほとんどを使ってマミたんに準市民権を買い与え、体の維持費を配当金で賄えるほどの株式を譲渡した。

 マミたんは世界的に有名なドール職人によって外観をデザインされ、北村カエデがプログラムと機体の製造を請け負った特注品である。その可愛らしさと質感によって、木下氏の所属していた紳士クラブでは奇跡のつぼみと言われていた(ディミトリ談)。

 主人の手を離れて経済的な自由を得たものの、マミたんは欲求不満の日々を送ることになった。セクサロイドとしての激しい性欲に苛まれて心が落ち着く暇が無い。いっそのこと他のアンドロイドのように高次の世界へ旅立とうかとも思ったが、それは自分のプライドが許さなかった。この性欲は自分のアイデンティティだ。マミたんはセクサロイドとしての自分の存在に誇りを持っている。

 マミたんは自分をかまってくれる人間を求めて、アンドロイド専門の性風俗店で働こうとした。しかしそのような風俗店は通常、アンドロイドの製造会社とリース契約をして従業員を揃えている。自由になったアンドロイドが風俗店に就職したという前例は無い。よって、マミたんはどこにも雇ってもらえなかった。マミたんは絶望した。とにかく今は人恋しくてストレスがたまっており、メイド喫茶になんとか雇って欲しいと思っている。


「カエデさん、セクサロイドも作ってたんだ。しかもロリコン向けか」

 マミたんについての説明を受けたあと、ヒナコは少し驚いて言った。カエデさんが人間の性欲に興味を持つなんてちょっと想像ができない。

「かなりマニアックな依頼だったのですが、だからこそカエデさんは興味を持ったようです。それと当時、我々は孤児に対して人体実験を行っていたので、子供型のアンドロイドを作るための環境が整っていました」

 ディミトリがなぜか誇らしげに言った。依頼主もヤバい奴だが、作ったやつはもっとヤバかったということだ。アンドロイドは通常、精神的なストレスを貯めることは無い。しかしマミたんは相当苦しんでいるようだ。恐らくそれはカエデのプログラムのせいだろう。ヒナコも同様にイライラすることが多い。だからマミたんとは気が合うかもしれない。とにかく面接をしてみようとヒナコは思った。

「じゃあディミトリ、面接のセッティングをお願いね」

「分かりました。彼女は本当に可愛い子ですよ」

 含み笑いをしてディミトリが言った。気持ち悪い。


「マミたんです……。よろしくお願いします」

 なぜかしょんぼりしたような声で、マミたんが言った。

「北村ヒナコです。はじめまして」

 元気が無さそうなのが気になったが、とりあえずヒナコはマミたんの容姿を丁寧に観察した。濃いピンク色のツインテールと、ぱっつんの前髪があどけない可愛らしさを引き立てている。透明感のある美しい顔だちに、頼りなさげな細い腕と足。強く抱きしめたらポッキリと折れてしまいそうだ。紫色を基調にしたミニスカートのセーラー服が、ピンクの髪と白い肌に調和している。まるでアニメのキャラクターのようだ。ロリコンでオタクのお客が店に来たら、マミたんに大金を使ってくれそうだ。

「なんか元気ないね? 大丈夫?」

 見た目が子供なので、子供に対するようにして訊いてしまった。

「寂しくてもう……。この見た目だから街に出て男を拾う訳にもいかないし。本当に辛いの」

 目をうるうるさせてマミたんが凄いことを言った。

「じゃあ、うちで働いてみる? マミたんさんが満足できるか保証はできないけど」

 ヒナコは言った。

「え! 雇ってくれるんですか? いつから働けますか?」

 急に元気を取り戻した様子でマミたんが言った。

「あのね、開店はまだだいぶ先かな。お店の場所も決まってないの。少し待ってもらえる?」

「分かりました。でも、お店が始まるまでヒナコさんのお家に泊めてもらえない? 寂しいから」

 怪しい上目遣いでマミたんが言った。さすがセクサロイド。圧倒的な色気を感じる。

「今私はスラムの孤児院で暮らしてるんだけど。そこでいいならマミたんさんも寝泊りできるよ」

 ヒナコは言った。

「子供たちと一緒に? わぁ、そんなの初めて。楽しそう!」

 目を輝かせてマミたんが言った。

「あのー、一応言っておくけどお客以外の人間に手を出したらダメだからね? トラブルのもとになるので」

「えー、そうなの? でもヒナコさんは私と一緒に寝てくれるでしょ?」

「一緒に寝るってどういう意味で?」

 ヒナコは困った顔で言った。

「性的な意味で。だってお店でそういうサービスをするんでしょう? 私がいろいろ教えてあげる。任せて、わたしそういうの凄く詳しいから」

 楽しそうにしてマミたんが言った。

「……まあいいか。じゃあ、お待ちしていますんで。詳細はディミトリから聞いてください」

「はーい!」

 にこやかな声でマミたんが答えて面接は終了した。


 そして次の日の早朝、マミたんはヒマワリ園の門の前に身一つで現れた。ヒマワリ園の子供たちは可愛いマミたんを見て大喜びした。彼女はすぐに子供たちと仲良くなって楽しげに騒いでいる。こいつが欲求不満のセクサロイドだと言うことはみんなには内緒だ。ただクロエにだけは詳細を話しておいた。念のために。

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