第7話
この街で店を構えるためにはマフィアに話を通す必要がある。これは基本中の基本だ。その店が性風俗に関するならば、なおさらだ。街にはすでにマフィアの息がかかった店が多数存在しているし、フリーランスの売春婦もマフィアにみかじめ料(上納金)を払う決まりになっている。一見するとマフィアによる搾取の構造だが、一概にそうとも言えない。
都市部とは違ってスラムにはまともな警察組織が存在しない。一応あることはあるが汚職にまみれている。汚職警官よりもマフィアの方がよっぽど頼りになると思っている人は多い。マフィア同士の縄張り争いが激しいので、地元のマフィアに繋がりを持つことで一定の安全が保障されるのだ。スラムの政治家たちもマフィアと深い繋がりを持っている。スラムの行政機能の大部分をマフィアが肩代わりしていると言ってもよい。
シェイカーズの街は他のスラムに比べてもかなり貧しくて、そこを取り仕切るマフィアもたいした力は持っていない。ただ、長い歴史を持つ組織なので他のマフィアから一目置かれているようである。過去にこの地域では砂金が大量に取れたので、かなり栄えていた時期がある。しかし、100年ほど前に砂金がほとんど取れなくなった。地震が多いこともあり、人々の暮らしは常にギリギリだ。この地域を支配しても全くうまみが無いので、他の組織からほとんど無視されていると言っても良い。そのおかげで抗争に巻き込まれるようなこともほとんど無く、治安は比較的安定している。
シェイカーズのマフィアは伝統を重んじて筋を通す。争いごとは余り好まないが、住民を守るためには仕事をしっかりとこなす。ヒナコが見た限り、この街のマフィアに繋がりを持つことは、それほど危険なことではなさそうだった。
ただし少し気になる点もある。地元のマフィアのボスはかなりの高齢で、現在は都市部の病院に入院している。そのボスには二人の息子がいて、長男がボスの代理を務めている。彼の評判は悪くない。しかし次男の素行がかなり悪く、街の住人に恐れられている。キレやすい乱暴者として
「一年ぐらい前から月に一回、たくさんのプレゼントを持って現れるようになって。だからマッテオさんが来ると子供たちは大喜びなの」
クロエが困った顔で言った。マッテオというのがその次男の名前だ。
「でも、そのマッテオの評判が悪いことは子供たちも知っているんでしょ?」
ヒナコは不機嫌そうにして言った。
「うん……。でもね、普段食べられないお菓子とか自分だけのおもちゃを貰ったら、やっぱり子供たちは喜ぶよ」
クロエが小さな声で言った。
「それで、クロエはマッテオに毎回デートに誘われると」
「うん。私はシスターですからって言って、ずっと断っているんだけど。でも全く諦めてくれない感じで。子供たちが喜ぶから来ないで下さいとは言えないし」
「オッケー分かった! それも含めてキッチリ話をつけてくるから」
スラム街から少し離れた国道沿い、砂漠地帯に近い場所にマフィアの事務所兼住居がある。重厚で歴史のある石造りの建物だが、メンテナンスが不十分なようでヒマワリ園以上に古ぼけて見える。大きな柱に無数のツタが絡んでいて、まるで小さな遺跡のようだ。ただ、建物の前に停められている車はすべて高級車だ。銃器を片手に建物の周りを巡回している構成員の姿も見える。
ヒナコは正面から堂々と入ろうとした。当然、見回りの人間にすぐに制止された。
「ヒマワリ園の北村ヒナコと申します。ボスと午後三時にお会いする約束があります」
ヒナコは言った。いかつい顔の中年男性がヒナコの全身を舐め回すようにして見た。頭の先から足の先まで、何度も視線を移動させてから「スゲーな」と、小さな声で言った。
「ボディチェックをしてもいいかな。決まりなんだ」
男が言った。
「どうぞ」
ヒナコは表情を変えずに言って両手を横に開いた。
少し入念過ぎるボディチェックが終った後、男が端末で誰かと連絡を取った。そして特に問題も無く、スムーズにヒナコは玄関の中へ入ることができた。玄関の大広間で初老の執事のような男が待っていた。礼儀正しそうな紳士に見えるけど、目つきが鋭い。ナイフとか上手に使いそう。
「ボスは今留守なのでマッテオさんが話をします。こちらへどうぞ」
男に促されてヒナコは廊下を進んで歩く。長男じゃなくてマッテオかよ。乱暴者の弟だ。でも、むしろ都合が良いかもしれない。いずれは対峙しなければならない相手だっただろう。クロエに手を出すなんて許せない。ただ、一番大切なのは店を開く許可を得ることだ。冷静にならなくてはいけない。クロエと、子供たちのためにも。
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