十七 夜行鬼の正体

 宿舎に到着すると、梅香うめかは「その巨体……こほん、諸食もろくいさんを中庭の真ん中に置いてください」と瑞穂みずほたちに言いました。治療中に夜行鬼やぎょうきが諸食の魂を狙ってあらわれたら、せまい室内しつないだと戦いにくいと考え、そう指示したのです。

 

 瑞穂たちは、言われた通り、諸食の大きな体を中庭の真ん中に寝かせました。


尚侍ないしのかみさまぁ~。瑞穂ちゃぁ~ん。夜勤やきんに行く前に、わたしたちも手伝うよぉ~」


「あら。あなたは御門みかどつかさの……。熱病が治っても、相変わらず頭がボサボサですね」


「あははぁ~。尚侍さまったら、ひどいなぁ~。夜働く前に一眠りしていたからだよぉ~」


 御門の司の先輩彩女あやめたちが、ぞろぞろとやって来て、協力を申し出ました。


 ちなみに、瑞穂をいじめていた貴族の三人娘はまだ熱がちょっとあるらしく、部屋で寝ているみたいです。


「尚侍さま、わたくしたちに何か手伝えることはありますか? わたくしたちも宮廷を彩る女――彩女なのに、妖怪族の子たちに危険な仕事をさせてばかりでは、はずかしいです」


 他のヒト族の彩女たちも、駆けつけてくれたようです。妖怪族を毛嫌いしていたはずの貴族出身の娘も何人かいます。


 どうやら、昨日の夜に瑞穂や如虎にょこたちが活躍したので、「あやしのケモノと呼んで馬鹿にしてたけど、妖怪族もなかなかやるじゃない!」と瑞穂たちを見直す人が出てきたのでしょう。


「みんな……ありがとう! やっぱり、人間さんはいい人たちばかりだね! コンコン!」


 瑞穂は、彼女たちの気持ちがうれしくて、尻尾しっぽをパタパタさせながらお礼を言いました。


 梅香も珍しくニコリとほほ笑み、


「では、あなたたちはしっかりと耳を澄まし、鬼のき声が聞こえたらただちに知らせてください。わたしたちヒト族は夜行鬼の姿は見えませんが、ヤツらの声なら聞こえますから」


 と、ヒト族の彩女たちに任務をあたえました。


 阿雪あゆきも「鬼のにおいいを感じ取ったら、阿雪もワンワンって吠えますぅー!」とやる気満々です。


「瑞穂さん。夜行鬼への警戒はわたしたちがするので、心置きなく諸食さんの魂を治療してください」


「はい! 尚侍さま!」


 瑞穂は元気よくそう言うと、寝かされている諸食のかたわらに座り、彼女の左胸に手を突っこみました。ずぶずぶ……と水中に沈むように、瑞穂の右手が諸食の体内に入っていきます。


「キャー! 瑞穂さんが諸食さまにとどめを刺したー!」


秋虫あきむしさん、落ち着きなさいですニャン。あなたもああやって助けられたですニャン」


 魂の治療の光景を初めて見る秋虫がおどろいて悲鳴を上げましたが、集中モードの瑞穂は心乱すことなく、諸食の胸から魂を慎重に取り出していきます。


「あともうちょっとで取り出せそ……う、うわ⁉ 真っ黒だ! こんなにもけがれているのは、やっぱり異常だよ!」


「というか、この魂、形がずいぶんとおかしいですニャンね。秋虫さんの魂はもやもや~とした雲みたいだったのに、何だか人の頭みたいな……んんん⁉ こ、これはツノですかニャン⁉」


 瑞穂と如虎は、諸食の魂の異様さに仰天ぎょうてんしました。これはいったい……と思っていると、周囲を警戒していた阿雪が急に激しく吠えだしました。


「う~ワンワン! 夜行鬼ですぅー! 夜行鬼の臭いがしますぅー!」


「え⁉ どこどこ⁉ 鬼の哭き声はぜんぜん聞こえないよ⁉」


 ヒト族の彩女たちが、おどろいて一生懸命耳を澄ましましたが、夜行鬼の「うらめしや……」という声はどこからも聞こえません。


「声はたしかに聞こえないが……オレも、瑞穂が諸食の魂を半分取り出した直後に、まがまがしい気配を感じ取った。これは、どういうことだ……?」


 人間でありながら鬼の邪気を察知できる吉事が、困惑しながらそう言いました。彼の右手首が、そでの下で、ぼわぁぁと青白く輝いています。


「あたしも感じますニャン。めっちゃ近くに夜行鬼がいますニャン。でも、あたしたち妖怪族にも姿が見えないなんて不思議ですニャン」


 そうです。鬼の気配はすごい至近しきん距離きょりからプンプンただよってきているのです。それなのに、なぜか鬼の姿が見えない。ホワーイ⁉


「も、もしかして……。その夜行鬼の邪気って、私がいま手に持っている諸食さまの魂から――」


 ある可能性に気づいた瑞穂が、恐るおそるそうつぶやきました。


「そうとしか……考えられないな。ツノみたいなものが生えているのが、何よりもの証拠しょうこだ」


 吉事が、緊張した声で言い、うなずきます。


「どういうことです? 諸食さんの魂が、夜行鬼になったとでも言うのですか?」


 梅香が深刻な顔で言うと、ヒト族の彩女たちは「ひ……人の魂がどうして物の怪に変わっちゃうの⁉」といっせいにうろたえ始めました。


 そんな中、一人の彩女が手をポンと打って、「あっ、そうか。どうして、今まで気づかなかったんだろう」とつぶやき、おどろくべき爆弾発言をしたのです。


「中華の国では、死んだ人間のたましいをって呼ぶんですよね。人は死ぬと、みんなになるんです。そして、――死者のたましいは体から抜け出て、もやもやとくも(雲の原字)が立ち上るように天へかえっていくのです。だから、「云」と「鬼」の字を合わせて「魂」と書くんですよね。でも……恨みや怒りを抱えて亡くなった人のたましいは、あの世に行けずにこの世をさ迷い、人々をたた悪鬼あっきになるそうです。つまり――鬼の正体は、妖怪じゃなくて、死んだ人間っていうことです」


 何かすごい専門的なことをだれかが言ってる……と思ったら、なんとあの不幸少女・秋虫でした!!


 衝撃的しょうげきてき事実と、そのなぞを解き明かした人物が意外すぎることで、みんなダブルびっくり。「ええええええーーーっ!?」とその場にいた全員が大声をあげました。


「あ、あなた……。なぜそんなにも中華の国の怪異にくわしいのですか」


 梅香がそうたずねました。クールビューティーな彼女が過去最大級にうろたえています。


「わたし、読書が大好きで、この国で書かれた本だけでなく、中華の国から伝わった歴史書や政治の本、怪談の本など色んなものを読んでるんです。あらゆる歴史や神話、怪異に通じてます」


「そ……そんなすごい特技があったのに、なぜあなたは試験の時にママゴトなんてやったのです? その知識を披露ひろうしてくれたらよかったのに」


「え? これって特技なんですか?」


 秋虫は、きょとんとした顔で首をかしげました。


 さすがの梅香もあきれかえってしまったようです。一瞬、くらっとめまいがしました。


「姉上。彼女の言っていることが本当なら……人の魂の秘密を知っていて、呪術じゅじゅつけた者がいれば、悪鬼――われわれが言うところの夜行鬼を人工的に生み出すことは可能かもしれません。陰陽師は、様々な力を宿した呪符じゅふを持っています。なかには魂のケガレを急激に増幅ぞうふくさせる呪符があるかもしれません」


「なるほど。その呪符を宮廷のいたるところに隠しておけば、仕事でイライラしている者が魂のケガレを短期間でためこむはず。そして、陰の気がたちこめる夜、ケガレが限界に達した魂が体から飛び出して、夜行鬼となる。鬼は、自分が憎む相手のところへと向かう……」


「その推理なら、すべてのことに説明がつきますニャン。昨日の夜にあたしたちが戦った夜行鬼三匹は、高熱でたおれたいじわる貴族三人娘の部屋のそばで出現しましたニャン。あれは、あの三人娘の穢れた魂が悪鬼化したのですニャン。おそらく、瑞穂さんが戦った六匹の鬼の正体も、御門の司の先輩彩女たちの穢れた魂だったんですニャン」


「鬼たちがあばれている時、彼女たちが死んだようになっていたのは、一時的に本当に死んでいたんだね。みんな、体を飛び出して、鬼になってたんだ……」


 瑞穂はそうつぶやくと、ポロポロと涙をこぼしました。人の魂をもてあそぶなんて、あまりにもひどい、と思ったのです。


「みなさん、とにかく落ち着きましょう。平常心を失えば、どんなことでも失敗します。瑞穂さんは、慎重にソレを諸食さんの体から抜き取ってください。吉事と妖怪族の子たちは、ただちに臨戦りんせん態勢たいせいを取るのです」


「わ……わかりました、尚侍さま」


 自分が夜行鬼の頭をつかんでいるのだと思うと、瑞穂は恐くて仕方がありません。両手がブルブルとふるえてきました。


「だいじょうぶだ、瑞穂。何かあったら、オレが必ず君を守る」


「よ……吉事くん。ありがとう」


 吉事が、瑞穂の左肩に右手を置いて優しい声ではげましました。彼の手から、狐族とよく似た霊力が伝わってきて、瑞穂の心は不思議と落ち着きました。


 何とか勇気を取り戻し、さっきよりもさらに慎重に諸食の魂を肉体から取り出していきます。


 そして、姿をあらわしたのは鬼の下半身――ではなく、もやもや~と形の定まっていないナニカでした。一部、お尻や足のような形になりつつありますが、まだ雲みたいにもやもやしていて、不安定です。


「や……夜行鬼になりかけているニャン」


 如虎がうなりながら、そうつぶやきます。


 さらなる大事件が起きたのは、その直後のことでした。


「ワンワン! 今度はお空から妖気がプンプン臭ってきたですぅー!」


「ええ⁉ う、上からですかニャン⁉」

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