四 彩女採用試験②

 三人は、秋虫あきむしが考えた台本にそってママゴトを始めました。


「いま帰ったニャン。ああ~、仕事つかれたニャン」


「あなた、おかえりなさい。先にご飯にしますか? お風呂にしますか?」


「風呂に入りながらご飯を食べるニャン!」


「えっ⁉ (小声で)ちょ……ちょっと困りますよ、如虎にょこさん。ちゃんと台本通りにしてもらわないと……」


「ちぇっ、わかったですニャン。……ご飯にするニャン!」


「はい、わかりました。瑞穂みずほちゃ~ん、お母さんのお料理手伝ってくれる?」


「は~い! コンコン!」


「じゃあ、まずはこの魚を焼いて……」


「魚を焼けばいいんだね? 火ならまかせて! えいやーーーっ‼」


 瑞穂はくるりと回転すると、秋虫にお尻を見せました。


 その直後、尻尾しっぽの先から人の顔サイズの火の玉がポン! と飛び出て来ました。妖狐ようこお得意の狐火きつねびです!


「ぎゃー⁉ 火の玉ぁー⁉ や、焼けちゃう~!」


「どんどん魚を焼くよぉ~」


「魚ないから‼ ここにあるのは妄想上の魚だけだから‼ かわりにお母さんが燃えちゃうからやめてぇぇぇ‼」


「ほえほえ? ……ああ~、そっか! これママゴトだった! ついいつものくせで……」


 瑞穂は小さいころから、仲間の狐や人間さんのために、川でとった魚を狐火で焼いてあげていたのです。


 自分の失敗に気づいた瑞穂は、あかひとみをピカピカと光らせました。すると、秋虫におそいかかろうとしていた狐火は一瞬いっしゅんで消えました。


「はぁはぁ……。危うく焼死体しょうしたいになるところだった……」


「ごめんなさい、お母さん」


「あ……あなたは悪くないわ。不幸体質なお母さんが悪いだけだから、気にしないで?」


「何だかもうぐたぐだになってきましたニャン。このまま台本通り進めていいのですかニャン」


「お、お願いします」


「やれやれ……。ニャハハハ。ちょっと焦げちゃったけれど、食べられなくはないニャン。おいしいニャン。お母さんと娘が作った手料理は最高だニャン」


「わーい! わーい! お父さんにほめられたぁ~!」


 この三人のママゴトを、彩女あやめ志望の女の子たちは、離れた場所から「なんやこれ……」と言いたげな目でながめていました。


 試験官の梅香うめかはというと、ただただ無表情でじーーーっとママゴトを見つめています。まゆひとつ動かさないため、内心どう思っているのかは不明です。


 三人は、その後も台本にそったママゴトを続けましたが、梅香の視線に秋虫はだんだんとたえられなくなってきました。


 秋虫は今さらながらに気づいたのです。面接中にママゴトをやるなんて正気の沙汰さたではないことを。こんなアホなことをしているのに、笑いも怒りもしないなんて、逆に恐い……。


「どうしました? 演技が止まりましたよ。そろそろ就寝しゅうしんの場面ですよね。娘を寝かしつけなくてもいいのですか。それとも、ママゴトはもう終わりですか?」


「あ……あの……。も、もういいです。すみません……」


「そうですか。では、あなたの面接はこれでおしまいです。ごくろうさまでした。三歩うしろにさがって、楽にしていてください」


「……はい」


 秋虫は、梅香に言われるままうしろにさがり、体育座りをしてブツブツとこうつぶやきました。


「……うち、なんで試験官の前でママゴトなんかやっちゃったんだろう」


 その後悔、今さらすぎます。







「では、次の二十九番さん。自己紹介をお願いします」


「はいですニャン! あたしの名前は如虎! 十三歳! 由緒ゆいしょ正しい渡来猫とらいにゃんですニャン!」


 如虎はフフーンと鼻息あらくそう名乗りました。


「渡来猫といえば、わが島国に大陸の文化を伝えた渡来人とらいじんたちと同じように海の向こうからやって来た猫の子孫のことですね」


「その通りですニャン! 人間さんたちが大陸からありがたぁ~い仏教の経典きょうてんを船につんで持ち帰る時に、何でもガジガジかじるねずみから経典を守るために一緒いっしょに連れて来られたのがあたしたちのご先祖ですニャン! えっへん!」


「そういえば、猫真にゃんじん和尚おしょう中華ちゅうかの国から猫を何匹か連れてきて、この寺で飼っていますね」


「この国の人たちは、仏教をあつく信仰していますニャン! そして、その仏教の経典を守っているのは、あたしたちにゃんこ! あたしたちはとーってもすごい妖怪ようかい族なのですニャン!」


「では、そのとってもすごいにゃんこの如虎さんにたずねます。あなたが彩女になろうと思った理由は何ですか?」


「フフーン! 決まっていますニャン! 渡来猫の実力を宮廷きゅうてい発揮はっきし、帝に頭をなでなでしてもらうことですニャン。そして、大出世して歴史書にあたしの名をきざんでやるですニャン!」


「なるほど。あなたの夢は出世ですか。こころざしを高く持つことはいいことですね。では、次の質問は……」


「あたしの『特技』ですニャンね! おまかせくださいですニャン! ありがたぁ~いお経をたくさん読んだあたしは、すごい術をたくさん使えますニャン!」


 如虎はドヤ顔でそう言うと、ふところから『般猫心経はんにゃんしんぎょう』と書かれた巻物を取り出しました。


 般猫心経はとても難解なんかいな経典で、人間のお坊さんでもすべてを理解するのは難しいといわれていますが、ざっくりというと、


色即是猫しきそくぜにゃん――この世のすべては猫である」


 というさとりの境地きょうちが書かれています。


 猫派のお坊さんは厳しい修行のすえにその境地に達することが可能ですが、犬派のお坊さんは数十年かかっても悟りにいたらないそうです。もちろん、猫真和尚は会得えとくずみです。


「にゃんにゃんにゃん……色即是しきそくぜにゃぁぁん‼」


 巻物をぱらぱらぁ~と広げ、如虎はそう呪文じゅもん(?)をとなえました。


 すると……なんと、如虎の体がピカピカと光り輝き始めたではありませんか!


「にゅふふ。これこそ仏さまが体から発している後光ごこうと同じ光ですニャン!」


「ほわぁ~! ま、まぶしい~!」


 瑞穂は、あまりのまぶしさに、目がつぶれるかと思いました。


 ……ですが、その光はすぐにやみ、あとは何事も置きませんでした。


 にゅふふ~んと如虎が自信満々でほほ笑んでいるだけです。


「如虎さん。これがあなたの『特技』ですか? よくわからないので説明してください。さっきの光で何が変わったというのです?」


尚侍ないしのかみさま、お答えしますニャン。……あたしの可愛さが、三倍増しになりましたニャン‼」


「は?」


「にゃんこは可愛い! だれだって、なぜなぜしたい! そんなにゃんこが三倍増しで可愛くなったらどうなると思いますニャン?」


「さあ……」


「ぷぷぷ。人間さんたちは、みーんなあたしにメロメロになり、心がいやされますニャン! あたしはこの可愛さで人間さんたちをいやしまくり、宮廷をいやしの空間にしてあげますニャン! さあさあ、尚侍さま。あなたも、あたしの可愛さにいやされまくってくださいニャン! にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~ん♡」


 如虎は、甘い声を出しながら尻尾しっぽをふり、梅香にパチンパチーン☆とウィンクをしました。


 しかし、梅香はまったく無反応のようです。


「もうしわけありませんが、それは無理ですね」


「ニャンと⁉ なぜですニャン!」


「わたしは犬派なので」


「ガーーーーーーン⁉」


 梅香の無慈悲むじひな一言に、如虎はその場にくずれ落ちました。


 おどろいた瑞穂が「如虎ちゃん、だいじょうぶ⁉」とりましたが、如虎は白目をむいたまま動きません。たぶん、「わたしは犬派」という言葉にショックを受けて気絶してしまったのでしょう。


 渡来猫、意外と打たれ弱いようです。







 気絶した如虎は、落ちこみ中の秋虫の横に寝かされました。


 次はとうとう瑞穂の番です。


「三十番さん。自己紹介をお願いします」


「はい! 三野みのの国の豪族ごうぞく狐直きつねのあたいの娘、瑞穂です! 十三歳です!」


「なるほど。あなたは妖狐族の姫なのですね。あなたが彩女になろうと思った理由を聞かせてください」


 梅香がそうたずねると、瑞穂はなぜか顔をかぁ~っと赤らめました。


「あ、あの……。それは乙女の秘密なんです。ナイショじゃダメですか?」


「さすがに志望動機はちゃんと答えてください」


 デスヨネー。


 瑞穂はモジモジしながら「わたしが彩女になろうと思ったのは――」と語りだしました。


「都に、大好きだったお友達がいるんです」


「は?」


「小さいころ、都から引っ越して来た男の子がいて……。でも、その子はある日突然いなくなっちゃって……。きっと都に帰ったんだと思うんです。だから、その男の子にまた会うために、都に来ました。身分の高そうな男の子だったから、宮廷で彩女として働いていたらいつか再会できるかもって信じているんです」


「話をまとめると、『都にいる彼氏に会いたくて、上京じょうきょうしてきた』ということですか?」


「い……嫌だぁ~。彼氏とかそーいうのじゃないよぉ~。えへへぇ~」


 瑞穂は、ほてった顔を両手で隠し、モフモフの尻尾を上下にはげしく動かしました。試験中にはしゃぐな!


「……あなたの志望動機はわかりました。目的が何であれ、ちゃんと働いてくれたら問題ありません。次の質問に移りましょう。あなたの特技は何ですか?」


「楽しくおどることです!」


 何の迷いもなく、瑞穂は笑顔でそう答えました。


「……踊り?」


「はい! 故郷ではよく狐の仲間や人間さんたちとお祭りの日に踊っていました! みんなで楽しく踊ると、土地の神さまも喜んで、お米を豊作にしてくれるんです!」


「はぁ。なるほど」


「踊りの話をしたら、踊りたくなってきちゃいました。踊っていいですか?」


「お好きにどうぞ」


「わーい!」


 瑞穂は、試験中だということも忘れて、好き勝手にでたらめな踊りをはじめました。


「豊作♪ 豊作♪ 神さま、お米たくさんちょーだい♪ コンコーン♪」


 両手を天にかざし、片足でピョンピョン飛び、楽しげに高らかに歌います。尻尾をふりふり動かすのも忘れていません。尻尾がゆれるさまは、まるで秋にみのる稲穂いなほのようです。


 瑞穂の豊作ダンスはなかなかキュートでしたが、試験官の梅香は相変わらず無表情です。あきれているのかもしれないし、実はモフモフ最高ぉー! と思っているのかもしれませんが、いっさい感情を外に出しません。


「瑞穂さん。次の人たちの面接の時間がなくなるので、もう終わってください」


「はぁ~い!」


 たくさん踊れて満足した瑞穂は、意気揚々いきようようとうしろにさがりました。


「如虎ちゃん。秋虫ちゃん。わたしたち全員合格するといいね!」


「たぶん、全員不合格ですニャン……」


 瑞穂が踊っている途中で目を覚ましていた如虎が、げっそりとした顔でそう言いました。


 果たして、瑞穂たちは宮廷に入れるのでしょうか⁉

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