一 天からふってきた亀

 むかーし昔のことです。


 ヒト族と妖怪ようかい族が共存きょうぞんしている夜麻登ヤマト国。その都がまだ寧楽京ならきょうにあったころ。


 十二歳の女帝じょてい雲母きららさまがいらっしゃる宮廷きゅうていでは、あやしき事件がいくつも起きておりました。


 夜な夜な、何者かが大声で泣きさけびながら宮殿きゅうでんの内や外をさ迷い歩いているのです。


 この世のものとは思えないおどろおどろしい泣き声に眠りをさまたげられた貴族や女官たちは、


 ――鬼がいている。


 と、おびえました。


 声は聞こえども、姿は見えず。兵士たちが懸命けんめいに探しましたが、夜風のビュウビュウという音とともに鬼の雄叫おたけび声がどこからともなく聞こえてくるだけで、悪鬼あっきは姿を見せません。


 宮殿内の庭園、女官たちの部屋の前の廊下ろうか、そして帝が寝起きをなさっている内裏だいり皇居こうきょ)でも鬼の哭き声が聞こえる始末。


 しかも、時を同じくして、なぞの高熱に苦しむ人が続出。貴族や女官がバタバタとたおれていきました。医者にみせても何の病気かわかりません。


「これは、左大臣さだいじん藤原ふじわらの倉持くらもち陰謀いんぼうで五年前に都を追放され、翌年に謎の死をとげた高屋たかやおうと息子の壱師いちしおうのたたりにちがいない」


 そんなウワサが都の民たちの間で流れ、言い知れぬ不安が広まっていました。


 そのような怪異かいいさわぎが毎夜続いていたある日のこと――またまた不思議なできごとが起きました。


 空から、亀がふってきたのです。







「あらあら。お正月を祝う儀式ぎしきをしていたら、天から亀がふってくるなんて。これはきっと、神がつかわした縁起のいい亀にちがいありません」


 宮殿の庭にポトンと落ちた亀を女官にひろって来させると、少女の帝はその小さな亀を抱っこして、儀式の場にいた貴族たちに見せびらかしました。


「吉か凶かは、専門家に聞いて見なければわかりません。急いで陰陽師おんみょうじに占わせましょう」


「こんな小さくて愛らしい亀さんが不吉なはずがありませんよ。きっと吉兆です。……ほら、左大臣もでますか? 可愛いですよ?」


 帝がニッコリ笑いながら亀を押しつけようとすると、小太りのおじさんは嫌そうな顔をして「い、いえ。けっこうです」と言い、ちょっと引きぎみになりました。どうやら、亀が苦手のようです。


 このおじさんこそが、朝廷ちょうてい(帝を中心とした政府)で実力ナンバーワンの左大臣・藤原倉持です。


 自分の出世のためなら平気で他人をおとしいれるあくどい人で、先代の帝は倉持の陰謀で帝をやめさせられました。


 先帝の奥さんは、倉持の妹。そして、先帝のお子様である今の帝は、倉持のめいっ子にあたります。


(まだ子供で自分の姪である雲母さまを帝の位につけたら、ワシのやりたいように政治ができるはず。帝を操り人形にしてやるぞ)


 そんなふうにたくらみ、雲母さまを帝位につけたのでした。


 ですが、当の本人の帝は、あんまり倉持の思い通りになっていないご様子で……。


「そう言わずに、撫でてあげてくださいよ。ほらほらぁ~」


「わ、わ、わ! 顔に近づけないでください!」


 嫌がる倉持をおちょくっていました。まだ十二歳の子供なので、いたずら精神がたっぷりのようです。見た目は、おしとやかそうな女の子なのですけどね。


「もぉ~。こんなにも可愛いのに、どうして嫌がるのですか?」


 帝はそうつぶやきながら、亀の甲羅こうらを優しく撫でました。


 すると、おどろいたことに、亀がいきなりしゃべりだしたのです。


 ――肉球にくきゅうの手をりて、天下は平和となる。肉球の手を借りて、天下は平和となる。……大事なことなので、二度言いました。


 ちょっとしぶめな中年男性の声で、亀はたしかにそう言いました。


 帝と貴族たちが「ええ⁉」とびっくりしている間に、予言(?)を告げた亀はドロンと消えてしまいました。


大君おおきみ(古代の天皇に対する尊称そんしょう)。これは神のお告げにちがいありません。肉球とは、恐らく妖怪化した動物たち……あやしのケモノのことです。犬や猫、そして狐の足を見てください。肉球がモフモフです。妖しのケモノの力を借りれば、近ごろ都をさわがせている鬼を退治することができるかもしれません」


 帝にそう申し上げたのは、朝廷でナンバースリーの大納言だいなごん大伴おおともの梅酒ばいしゅでした。


 梅酒うめしゅではありません。梅酒ばいしゅです。梅の花とお酒が大好きなアラフォーのおじさんで、若いころに「梅酒」と自ら改名しちゃったのだとか。メタボぎみの倉持とはちがってなかなかダンディな人です。


「なぁ~にふざけたことを言っておるのじゃ、大納言どの。けがらわしい動物の妖怪どもが都を救うじゃと? いくら正月でも、昼間っからっぱらっておかしなことを言うな」


 倉持がツバをペッペッと飛ばしながら言いました。


 夜麻登国はヒト族と妖怪族が一緒いっしょに暮らしていますが、倉持みたいに「いやしいモフモフどもめ!」と妖しのケモノたちを下に見る貴族が少なからずいたのです。


「いや、オレは酔っぱらってなど……。うぃ~ひっく!」


「馬鹿め! やはり、酔っぱらっておるではないか! ふふふ……フージワラワラ! フージワラワラ!」


 梅酒を小馬鹿にした倉持が、不気味な笑い方をすると、その場にいた多くの貴族たちも「フージワラワラ! フージワラワラ!」と大笑いしました。


 このおかしな笑い方をしている貴族たちは、全員が藤原一族の人間です。朝廷の重要な官職かんしょくは、ナンバースリーの梅酒をのぞいたら、だいたいは藤原倉持の兄弟や親戚しんせきが独占しているありさまでした。


 ナンバーワンの左大臣は、もちろん倉持。ナンバーツーやナンバーフォー以下の官職も、ぜんぶぜーんぶ藤原氏だったのです。お子ちゃまの帝を尊敬しておらず、藤原氏が繁栄はんえいすることしか頭にはありません。


 ただひとり心から帝のことを思っているのは、梅酒のみ。みんなに笑われて、「ぐ、ぐぬぬぅ~。やけ酒が飲みたい……」とくやしがることしかできません。


 そんな梅酒に助け舟を出したのは、心のお優しい帝でした。


「左大臣、めっですよ。大納言をからかうのはやめなさい。いじめ、かっこ悪いです」


「し、しかし、大君。この酔っ払いが馬鹿げたことを言うものですから……」


「わたしは、大納言の言うことはぜんぜん馬鹿げているとは思いません。『肉球の手を借りて、天下は平和となる』とは、妖しのケモノたちを帝であるわたしのそばに置きなさいという天のお告げなのでしょう。強い霊力を持った妖しのケモノならば、鬼の邪気をはらうことも可能なはずですから」


「は、ははぁ……。なるほど……」


 いくら忠誠心がなくても、主君と家来です。面と向かって帝のお言葉にさからうのは、さすがによほどのことがないかぎりはできません。


(……でも、人の姿に化けているあいつらの手には肉球などないぞ? 動物要素はモフモフのケモノ耳と尻尾だけだぞ?)


 と、倉持は心の中では反論していましたが、帝のお言葉を大人しく黙って聞いていました。


「コホン……。みなさん、よろしいですか? さっきの不思議な亀は、天がつかわしたたいへん縁起えんぎがいい神獣しんじゅうだということにします。だから、天の意思にしたがって、わたしは今からふたつの勅命ちょくめい(帝の命令)を出そうと思います」


 帝は、幼いながらも威厳いげんをとりつくろった声で、ならぶ貴族たちにそう宣言しました。


 倉持たち貴族は、「帝はいったい何を思いついたのだろう?」と緊張きんちょうしながら勅命が出るのを待ちます。


「まず勅命ひとーつ! ここのところ不吉な事件が続いているので、思いきって縁起をかついだ年号に変えます! 新しい年号は、亀のお告げの『肉球の手を借りて、天下は平和となる』から字をとって『天平てんぴょう肉球にくきゅう』! 今日から天平肉球元年です!」


「えええーーーっ⁉」


「勅命ふたーつ! もうすぐわたしの身の回りのお世話をする女官たちの採用試験がありますが、今年はヒト族だけでなく、妖しのケモノの女の子からも採用しちゃいます! めざせ、明るくてモフモフな宮廷生活!」


「えええーーーっ⁉」


 というわけで、ここからが物語の本番!


 モフモフな動物妖怪の少女たちが帝や都の人たちを守るために戦う物語の始まり始まりぃ~!

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