落ちこぼれ勇者候補生と最強の魔王候補生

よるか

第一章 出会い、旅立ち編――落ちこぼれと呼ばれた勇者候補生、最強とうたわれた魔王候補生を救う

プロローグ



 昔、お父様が話してくれた。

 勇者とは、勇敢なる選択をした者を称える言葉であったのだと。

 そして、の者は優しく、人々を想う選択をしたのだと――。



 ここは、人界の、魔界――。

 陽も落ちた薄暗闇の中、影がひとつ、静まり返る路地を駆け抜けた。

 頭から足元まで覆う紺色の外套が風になびき、目深にかぶったフードより長い金色の髪が流れる。


「はぁ、はぁ、」


 背後を気にしながら道をそれる少女は、細い道の陰に隠れるよう速度を落とした。

 切れる息は静かに、だが、呼吸を落ち着かせるよう大きく息を吸って。

 フードの下にのぞくぱちりとした蒼い瞳は、不安の色に染まっている。


「探せ、まだ、そう遠くへはいっていないはずだ!」

「おう! わかってる!」


 後方より響く姿の見えない男たちの声に、少女の肩がびくりと震えた。


――今、捕まるわけにはいかない。


 路地の壁へ手をつくと、フードを少し上げて先を見上げる。

 都市の中心部からは離れて目的とする建物は目前で、しかし、黒レンガ造りの高い塀が行く手を塞いでいた。


「相手は小娘に見えるだろうが最強とうたわれた魔王候補生、あの『滅尽めつじんの魔王候補生』だ」

「どうしてそんなやつが裏切り者だって……」

「考えるのは後だ! 逃がしたら、俺たちの立場だってない!」


 背後には追手が迫っている。

 を飛び出すという選択をした時点で、自分の立場がどうなるかはわかっていた。


――裏切り者って……まあ、そうなるよね。


 この世界の在り方は二百年前に大きく変わってしまった。

 人と魔族の大きな対立――打倒『魔王』を掲げる人類の手によって。

 それまであった世界は、歪んでしまったのだ。 

 しかし、だからこそ、果たさなければならない想いがある。


――『勇者を探してほしい』


 たったひと言、託された言葉からはじまった少女の旅は、未だはじまってなどいなかったから。


「……こんなところで、立ち止まってはいられない」


 両手を前へと伸ばし、手の先へと想いを向ける。

 願うは、障害物の破壊、道を切り開くこと。

 体内から溢れる黒い粒子――魔法の源となる元素、魔素マナが、その想いへこたえるよう手のうちへ集まりはじめた。


 黒い魔素マナは次第に、温かい炎へと変わる。

 ゆらゆらと揺れる黒き炎は透き通り、きれいな宝石のよう異質な輝きを放つ。

 そうして、瞬く光を発したかと思えば、少女の手から放たれる炎は爆発を引き起こした。

 激しく轟く爆音に大地は揺れ、ガラガラと崩れた塀には土煙が巻き上がる。


「今の音は!」

「あっちだ!」


 再び後方より上がった声に、フードを深くかぶりなおす少女は振り向きもせず、ただ走った。


 要塞のように構えられる堅牢な建造物は、ここに古来より存在する『あるモノ』を安置するための場所だ。

 本来であれば人の出入りも厳しく管理される場所だが、いくら頑丈な壁であろうと、そう想いのままに壊してしまえば関係ない。


 少女は塀と壁に開けた穴から建物内部へ侵入し、黒い壁で囲われる回廊を抜けて大広間まで出た。


「今の騒ぎは?」

「侵入者をゲートへ近づけさせるな!」

「今、あれを使用させてはならない!」


 ろうそくの灯りが揺れる薄暗い建物内に、追手となる者たちが集まりはじめた。


「候補生たちの遠征がはじまるって、このタイミングで!」

「だからだろう! 裏切り者を通すな!」


 その数は実に数十を超える。

 大事な時期であることも、そうして人が集まっていることもわかっていた。

 だから、少女には時間もなければ迷っている暇もなく、そして、退くという選択肢もない。


 不安に揺れていた瞳を鋭く細め、行く手にそびえる高さ四メートルはある巨大な門を見上げた。

 駆ける足は止めずに手の先へ、先ほどと同じように魔素マナを集める。


――お父様から聞いた座標に合わせて……お願い、開いて!


 しかし、そう行く先を想い願っても、大きな門がこたえることはない。

『転移の門』を開くカギは、膨大な量の魔素マナ

 本来は大人が数十人集まってようやく開くことのできる代物だ。

『魔界と人界の行き来』には、それほどの魔素マナを要する。


――ありったけを、くれてやる!


 少女は念じた右手の先、くうをつかむように力を込め、体内より発した黒き光を一点へと集め続けた。

 空いた左手で胸元をおさえ、門へ突進するかのよう駆け続ける。

 背後より迫る追手の怒号には耳を貸さず、想いを一点に、門までの道を突き抜けた。


――わたしの旅は、ここからはじまる。


 勇者を探すため。

 この歪んでしまった世界を真に救うため。

 それが、に託された想いだったから。


――ひらけ!


 少女は夢中だった。

 体内よりありったけの魔素マナを放出したからだろう、朦朧とする意識の中、それだけを想ってそこへ飛び込んだ。

 わずかな光を発した門の隙間へ、その先へ続く旅路を信じて。


――「いってきます」


 誰にこたえたわけでもなかったが――白き光に手を伸ばし、意識を手放して――。


 静かに閉じる巨大な門の前、後に残ったのは、異形の影たち。

 大きな角を持つ者、翼を広げた者、尾を持つ者――。

 その姿形は様々に、少女を追っていた魔族たちは呆然と足を止めていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る