Limit operator

色原以都

Limit operator

※2016年頃に書いた短編です。





外からはパトカーや救急車が近付いて来る音。

店内は人々が携帯電話で喋る声や泣き声で騒がしい。


駅前のファーストフード店の窓際のカウンターに座っていると、

目の前の交差点で直進したトラックと左折して来た乗用車がぶつかった。


乗用車は大破しながらこちらに飛ばされ、

ファーストフード店のガラスを突き破って店内に侵入して止まった。


俺は窓際のカウンターの一番右に座っており、

車は二つ左隣の席から四つくらいを下敷きにした。


車が衝突した時、カウンター席は満席だった。


――そういう事だったのか……。


俺は目の前の惨事を眺めながら、冷や汗を拭った。

まだ心臓が激しく鳴っている。






警察の事情聴取を受けて帰宅する途中、

本を読みながら歩くポニーテールの女子高生とすれ違った。


まだ若いのに、寿命がもうあと一週間しかない。


一週間後に何があると言うのだ。

助けられるわけでもないのに、してはいけない想像をしてしまう。





世の中では、超能力や霊能力といったものは信じられていない。

なぜなら、使える人が使えない人よりも圧倒的に少ないからだ。


使える人には、使えない人が信じないのが理解出来ないくらい、

とても身近で当たり前のことなのに。



「おい、この前のニュース見たぞ」


先程まで一人で歩いていたが、

女子高生を見る視界を遮るように突然男の顔が現れた。


「うわあ! 驚かせるなよ、田中!」


彼は常に背中を丸めて上目遣いで人を見る姿勢で、薄ら笑いを浮かべている。

動く度に長めの前髪が頬のそばかすの上を行き来する。


この少し気味の悪い男は田中という。

同い年の「仲間」だ。


ここは関東で、彼の住まいは関西だが、

何か超能力や霊能力に関わる事件やニュースがある度に俺のところにやって来ては情報共有をしてくれる。


数少ない能力者は、お互いの存在を強く感知し合うことが出来る。

動物や虫が広い大自然でも出会って繁殖出来るのと同じなのかもしれない。


遅くとも中学に入るくらいには皆、大人の能力者に発見されて、

地域ごとに開かれる能力者コミュニティの会議や集まりに参加させられる。


始めはいぶかしがって参加を拒む人も多い。

それでも、能力者は全員が幼少期から人との違いに苦労し、生き辛さを感じ、悩みながら一人で生きてきた人達なのだ。

結局は人生で初めて理解してくれる大人の説得に負けて参加するようになる。


俺もそうだった。


このコミュニティの目的は、孤立する能力者の保護と犯罪の防止だ。


それぞれ違う能力を持っていて、そこにルールや法律は無い。

それでも俺らは能力のない多くの人と共に人間社会で生活しなくてはならない。

ある程度の節度を持って能力を使う必要があるんだ。


このコミュニティは、学校の勉強よりも、俺達にとってもっと重要な

「能力の使い方」や「自分の存在についての考え方・生き方」を一緒に考えてくれる、 とてもありがたい場だ。


俺も、自分だけが特殊だと思って一歩間違えば犯罪を犯していたかもしれない。




「この前のファーストフード店に車が突っ込んだ事故、

お前よくあんなスレスレの場所にいたな。事故が起こる直前に気付いたんだろ?」


「ああ、そうなんだよ……。

窓際のカウンター席の一番右が空いたからそこに座って、

ふと左側を見たら二つ隣の席から五つ隣の席までの三人の寿命が揃って残り二分弱だったんだ。


隣の人はまだ何十年も寿命があるんだけど、何が起きるか分からないから隣は生きてても俺は死ぬ可能性があった。


ここに座ってるのが安全なのか、逃げた方が良いのか迷っているうちに車が突っ込んで来た」


「お前の能力、自分の寿命は分からないってのは、なんとも中途半端だよな」


「悲しい事しかないよ。目の前に居る人がいつ死ぬか分かるなんて」


「能力者コミュニティのみんなは健康になって良かったと喜んでるけどな」



全員が改善出来る訳ではない。


けれども、寿命が少し短めに見えている人でも、

例えば禁酒や禁煙をするだけで目に見えて寿命が伸びる人もいた。


寿命は世の中の全ての現象に対応して常に変動しているようで、

通常は微妙な動きがあってもそこまで大きな変化は無い。


ただ、能力者が力を加えるなど、何らかの超常現象が起こった時は大きな変動が起こる。



「集まっちゃったし、今日コミュニティ行くか? 三重田」


「そうだね……今の議題重いけど」


「原発問題な。

まあでも、今後も考えないといけないことはいっぱい出てくるんだ。


コミュニティの大人達がどう議論してどう対処する事に決まるのか、

自分の目で見て聞いた方が良いこともある」



田中はこう見えて色々と良く考えている。


俺よりも汎用性のある能力が色々な場面で役に立ち、

大人の能力者から協力を依頼される事が多いのだ。


その分、このコミュニティの誰よりも見て来たものが多い。



コミュニティの本部は東京駅にある。


ホームとコンコースを結ぶエレベーターに能力者のみが乗ると、

もう一つ「会議室」という行き先が現れる。



エレベーターの方向は地下なのに、到着する広い部屋は東京駅近くの高層ビルの一室になっている。



「こんにちはー」


俺と田中がノックして部屋に入ると、能力者が三名集まって会議をしていた。


俺をここに引き入れた四十代の高校教師・真嶋さん。

ファッションデザイナーの郷さん。

田中を引き入れたスピリチュアルカウンセラーの大国寺さんだ。


今、というかここ数年この人達の間で“熱い”のは、

三年前に地震でメルトダウンを起こしたまま、

政府が対応に手をこまねいている原発に関与するかどうか、という問題だった。



「おお、よく来たね!」


「今ちょうど白熱してたところなんだ」


「主に大国寺さんがねー」



皆さんは口々に言い、

唯一高頻度でこの回に参加している女性の郷さんが、俺達にオレンジジュースを出してくれた。



「やはり、事故から数年で周辺に住んでいる人や子供に健康被害が出ているという情報が多くある。

もっと早くに収束させに行くべきだったのだ。今からでも被害を食い止められるはずだ」


「行くとすると、京都の佐々木くんですか? 高温に耐えられる能力を持ってるし」


「佐々木くんは熱に耐えられても、放射能に耐えられるかは分からないよ」


「圧縮するか、氷漬けにするか、中身を危険じゃない物質に全て入れ替えるか。

これが今のところ有力じゃないのか?」


「中身を入れ替えるのは宇宙空間に飛ばす方法ですよね?

地球には影響が少なそうに見えますけど、

下手すると飛ばした瞬間に地球上の全員の寿命が同じ日になったりするかもしれません」


「そんなの何もかもどうなるか分からないじゃないか。やってみないと」


「だから、手を出すかどうかをまず慎重に決めないといけないんですよ!

あの人質事件のようになっては困るんです……」





人質事件というのは、二年前に起きた事件だ。


海外の紛争地域で、日本人ジャーナリストがテロ組織に人質にされた。


政府はテロ組織の要求に応じず、国家としては人質は救出しないという結論を下した。

国民としては、人質が殺されるのをただ諦めて待つしかなかった。


ただ、能力者としてはやれることが幾つもあった。


それぞれ一つしか能力を持っていないので、

何人かの能力者が協力し合う必要があり、コミュニティで議論を重ねた。


そして「誰も人を殺さずに人質だけ救出して安全な場所に届ける」という方向で動くことに決まった。


途中、色々な反対意見があったが、決定が下された段階では誰も反対する者はいなかった。



この作戦で現地に行ったのは三名。


空気に同化・擬態し、空気の温度や湿度や濃度を自由にコントロール出来る大国寺さん。

体を金属化させることが出来る鹿児島の川波さん。

そして二人を空間移動させられる田中。


東京では会議室のテレビでニュースチャンネルを付けながら、十名の能力者がパソコン画面を囲んでいた。

川波さんの頭には小型カメラを付け、内部の様子をこちらでも確認出来るようにしていた。


安全確認のため、数分置きに川波さんからテレパシー能力者の麻生さんに状況報告を行い、

それをリアルタイムで共有していた。



田中は二人をアジトに運んだ後、安全な場所に空間移動して待機。

大国寺さんと川波さんはそれぞれの能力を使って襲撃した。


大国寺さんが空気になってテロ組織の呼吸を奪って動きを鈍らせ、

銃弾が当たっても問題ない川波さんが金属になった手足で打撃を与え、

人々を気絶させていった。


全員を窒息させて気絶させるだけであれば大国寺さんだけでも良かったが、

人質を救出する際には人の姿になる必要があり、

リスクを分散するため二人で行くことになったのだ。



人質に目撃されると面倒なことになるため、

まず大国寺さんが近付いて気絶させ、川波さんが縄を解いて救出。


この段階では、人質ジャーナリストの寿命はまだ一日しかなかった。


川波さんが麻生さんに現地の状況を伝達。

麻生さんが田中に指示を伝え、田中が三人を隣国の大使館前に転移させた。


一瞬途絶えたカメラ映像が戻り、

人質ジャーナリストの寿命が三十年に伸びたことを俺が確認。


それを麻生さんが伝達し、三人は直後に会議室に帰って来た。


三時間後、テレビで『人質ジャーナリストが無事保護された』というテロップが流れた。

組織的な大きな作戦の成功に、コミュニティの誰もが歓喜の声を上げた。


その夜は日本中から能力者が集まり、盛大に打ち上げをした。

海外のコミュニティからも多くの賞賛が届いた。


――俺達にも生まれて来た意味があって、何か出来るんだ。

その時はそう思えた。






だけど――。


打ち上げの途中で、俺が話し疲れてテレビの前に一人で座っていると、首相の記者会見が始まった。


詳細は不明だが、組織の仲間割れか他の組織の仕業で人質が救出された、という内容だった。


その時の首相の寿命は、一時間弱……。



「ま、真嶋さん!!! ちょっと!! この映像って何時頃の会見ですかね?」


俺が大声で叫んだので、驚いた数名が駆け寄って来た。


「どうしたの? 三重田くん」


「しゅ、首相の寿命がっ!」


「落ち着いて。寿命がどうしたの?」


「寿命がこの時点で一時間しか無いんです!

昨日テレビで見た時はまだ二十年近くあったのに!」


「なんだって!?」


『首相官邸で四十分前に開かれた緊急記者会見の様子をお送りしました。続きまして――』


「おい、あと十分しか無いぞ!! 何が起こるんだ!」


「どうする!?」


「俺、官邸前に行こうか?」


「どうやって!? また田中くんを巻き込むんですか!?

何が起こるかわからないんですよ! 危険です!」



打ち上げで盛り上がっていたはずの会議室は一瞬にしてパニックに陥った。


寿命の大きな変化は、超常現象以外では起こらない。


人質を救出したことが首相の寿命の変化に繋がった――。

そこにいた全員がそう理解していた。



会議室で怒号が飛び交う中、テレビ画面の天気予報の映像が突然乱れた。


そして深刻な顔のキャスターの顔に切り替わる。


『ただいま天気予報をお伝えしておりましたが、緊急速報です。

たった今、首相官邸前から大きな爆発音が聞こえ、煙が上がっているという情報が入りました。

現地の映像に切り替わります』



日本に潜伏していたテロ組織の一派による自爆テロだった。


首相の乗った車が外出するタイミングを狙った犯行。

犯人は報道陣に紛れていたようだが、動機や連絡経路などは不明のまま。


その事件で、首相を含む十二名が亡くなった。






あの事件以来、世界中の能力者が自分の能力を使うことに慎重になった。


コミュニティでの会議も延々と終わらない。


事件後は「普通と違う能力があるのだから、目の前にある救える命は救うべき」派と、

「どこでどう影響が出るか分からないのだから、一切使うべきでは無い」派に分かれていた。


「目の前にある命のどこまでが助けるべきで、どこからは助けないべきなのか」――

その論争は今も続いている。



あの人質は助けないべき命だったのだろうか?


あれほど普通ではない事件は無いのに、普通ではない能力はいつどこで使うべきなんだろうか?


誰にも答えを出すことが出来ない。





翌日の朝、通学中の電車の中で、昨日すれ違ったポニーテールの女子高生を見かけた。


今日も本を読んでいる。


寿命は残り六日に減っていた。



六日後に彼女の身に何かが起こる。


事故かもしれないし、事件かもしれない。

急病かもしれないし、自殺ということもあり得る。


それでも俺には、彼女に何かしてあげることが出来ない。

してあげていいのか、してあげるべきなのか――考えても答えは出ない。



その日の帰り道、公園の植木の下から歩道に出て来た子猫を見かけた。

そのまま車道に向かってよたよたと歩いて行く。


子猫の寿命は残り八秒。


これは助けてはいけないのか?


寿命なんて分からなくても、普通なら助けるんじゃないのか?

寿命が分かってしまう能力があるから助けてはいけないなんて、酷すぎる。


――この能力は何のためにあるんだ。



そんなことを考えていると、子猫は車道に出る前に倒れて動かなくなってしまった。


事故で亡くなるんじゃなかったのか……。


俺は公園の木の下に穴を掘って、子猫を埋めてあげた。





それから四日間は毎日大雨だった。


通学路の歩道の隣にある用水路が轟々と音を立てて流れている。


この辺りは歩道のガードレールが一部壊れていて、

よそ見をしていたり足を滑らせたりして落ちる人がたまにいる。


普段は水が少ないので大事にはならないが、

この状態で落ちたら命は危ない。



そこまで考えて、あのポニーテールの女子高生を思い出した。


初めてすれ違った時、彼女はこの辺りを歩きながら本を読んでいた。



気休めかもしれないが、俺は壊れたガードレールに大きく『危険』と書いた段ボールを貼り、

自治会で赤いコーンを二つ借りて置いておいた。


――これは彼女の為じゃない。

みんなが危険だからやったんだ。


そう自分に言い聞かせた。



そんなことをしていたせいで、学校の始業時間に間に合わなかった。


諦めてサボることにして、どこかで時間を潰してから

あのポニーテールの子の学校に様子を見に行くことにした。


制服から、近くの女子高ということは分かっていた。



変なことをしていると思いながらも、校門で彼女を待ち伏せした。


下校時間になって生徒がチラホラと出てくる。


始めの生徒が出て来てから二十分程経った頃、ようやく彼女が現れた。


寿命に変化は無い。


どうせ気休めだと分かっていた。

がっかりした気持ちと、ホッとした気持ちが両方あった。


彼女は今日も本を読みながら歩いている。

どこを歩く時もこんな感じなんだろうか。



「あの……」


通り過ぎる彼女に、思わず声を掛けてしまった。



ポニーテールの子はゆっくりと振り返る。


少し目が合ったが、人違いと思ったのか、また本に目を戻してしまった。



「あの……歩きながら本を読むのは危ないんじゃないかな?」



聞こえるように大きめの声で言ったが、振り返ってもらえなかった。


本を読み続けている。



寿命はあと一日と三十八分。

変化は起こらなかった。



また、がっかりとホッとした気持ちが入り混じる。


どうしようもなく彼女の背中を見送っていると、また雨が降り出して来た。



誰に何を相談したら良いのか分からない。

けれど、何だか胸が苦しい気がした。



俺は田中に初めて電話を掛けた。


いつも何かあると田中の方が勝手に現れるので、

電話を掛けたことは無かった。



ワンコールすると、すぐに田中の声が聞こえた。


「三重田、どうかしたの?」



携帯電話ではなく、隣からだった。



「うわっ、びっくりさせるなよ! こんな人目が多いところで!」


「どうせみんな超能力なんて信じてないから、見間違いだと思うだけだ。

今まで一度も問題になってない。


それは良いとして、珍しく電話して来たから速攻で来てみた。どうした?」



「俺は、何のためにこの能力を持ってるのかな?


寿命が分かっても誰も救えないし、これがあるせいで制限が増えて、

能力者のみんなが自由に人を救えないんじゃないのか?」



「能力者のみんなが自由に人を救うと、どこかで別の悪いことが起こる。


それをお前の能力が、俺らに教えてくれたんだ。


お前が居なければ、みんなはあの時人質を助けただけで満足して、

因果関係に気付かずにそこまで反省したり考えたりしなかった。


お前が居なければ、もともと首相があそこで死ぬ運命だったのかどうか、誰にも判断出来なかった。


あの時俺達のしたことが間違ってるかどうかなんて分からない。

誰にも決められない。


ただ、自分で正しいかどうかを考えて決めるヒントを、お前の能力はくれるんだ。


その能力を持ってるのはお前しか居ない。

ずっと、その能力と向き合ってるのはお前なんだ。


お前はその能力を使って、お前が正しいとか、こうした方が良いと思えたことをすれば良いんじゃないかな。


と、俺は思うよ。三重田」



「ありがとう」



正直びっくりした。


田中がこんなに喋るのは初めてだった。


田中は多分、普段から俺よりもたくさんのものを見て、感じて、考えているんだろう。



「田中はあの日、現地でどう感じたんだ?」


「俺が現地で見たのは、一生懸命自分の能力を人のために使う大国寺さんと川波さんの姿だ。


俺は人質を助けたのは間違ったと思っていない。


あの時は全員が全力だった。


誰にも未来なんて分からない。


目に見える範囲で出来ることをして、何がいけない。


自分の為じゃなく、人の為に能力を使ってるんだ。


せめて誰の為に使うかくらいは、自分で決めて良いと思う。

俺は勝手にそうしてる」



「人の為に……確かにそうだな。


俺の能力なんて特に。


でも、俺が勝手に選んだ人の寿命を伸ばしたらお節介じゃないかな?

その人にとって、というか、世の中にとって」



「死んだら終わりだよ。命はその人のものだ。


生きることに苦しんでる人や病んでる人以外は、終わりたいなんて思ってない」



その日の夜は、田中と一緒にコミュニティに参加した。


原発問題については結局議論は平行線だった。


意見は割れているけれど、どの人も皆、自分の考えで誰かを救おうとしている。


俺達が何かする事で救われる命と、何もしない事で救われる命がある。



――何もしないなら、何のためにこの力を持ってるんだ。


視力や聴力と同じように、生まれた時から持っていて当たり前の感覚なんだ。


俺には無視するなんて出来ない。





翌朝も雨が降っていた。


俺は早朝から出掛けて、最寄駅で待ち伏せした。


通勤ラッシュの時間になるとポニーテールの子が現れた。

傘を差しながら本を読んでいる。


寿命はあと八時間程。



こんなことをしても、原因なんて分からない。

何も変わらないかもしれない。


でも、思いつく限りの事はしないと後悔するんだ――俺が。



「あのっ!! ちょっと待って!!」



振り向いて貰えないといけないので、彼女の腕を掴んで止めた。



「な、何ですか!? ……昨日の人?」



「一生のお願いだから、その本を貸してくれないかな?

いつも熱心に読んでて気になるんだ。凄く面白そうだなって」



「何で、あなたに貸さないといけないんですか……?」



「お願い、この通り!」



人通りの多い時間帯に、俺は駅の券売機付近で土下座をした。



「ちょ、ちょっと辞めて下さい! 何なんですか?

何でそこまでするんですか?」



「本当にお願い!! 今日中に読んで、明日の朝返すから。


それまで新しい本を読まずに待ってくれないかな?


君がこの本を読み終わったら、感想を言い合おう! ね!」



「言う通りにすれば、土下座を辞めてくれますか?」


「うん」



彼女はしゃがんで、土下座する俺の手元に本を三冊出した。



「上中下巻あります。感想を言うなら、全部読まないと言い合えません」



下巻の前から三分の一くらいのところに、栞が挟んである。



「ありがとう!!!」



俺が本を受け取ると、彼女の寿命が三年に伸びた。





その日は学校をサボって、必死で小説を読んだ。


翌朝、約束通り新しい本を読み始めていなかった彼女と再会。


彼女が読んだところまでの本の話をしながら学校へ行った。



それからは、同じ本を読んでは話をするようになった。


感想を言い合う時間が足りないので、毎日学校の行きと帰りに話すようになった。



そんなことを繰り返しているうちに――。


高校を卒業する頃には、彼女の寿命は数十年後にまで伸びていた。



今は、彼女は俺となるべく早く会うために、

本を閉じて前を見て早歩きするようになった。





コミュニティでの原発問題の話は未だに平行線だけれど、まだ白熱している。


俺は今日、先週知り合った寿命が一日しかなかった小学生のお見舞いに行く。


駅のホームで知り合った寿命が数分しかなかったサラリーマンにも会う予定だ。


移動中の電車の中では、何冊か本を読まなくてはならない。



毎日忙しいけれど――充実している。







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Limit operator 色原以都 @Irohara_ito

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