第2話 新天地・王都オルディア2

 研究棟の入り口で、ルーシュとアウグストはユリウス司祭とすれ違った。


「おはようございます、司祭様」

「おはようございます」

「おや、ルーシュ君にアウグスト君。今日もずいぶん早いですね」

「今日の実験、準備が多くて」とルーシュが苦笑しながら頭をかく。

「よろしければ、また結果を見せてください。前回の振り子制御の件、とても興味深かったですよ」

「ありがとうございます。……また、ご意見いただけたら嬉しいです」


 そう言ってルーシュは、丁寧に一礼した。

 ユリウス司祭には、神学校に入学した時から何かと気にかけてもらっていた。王都に知り合いのいないルーシュのために、グランツ司祭が紹介してくれたのだ。

 聞けば、グランツ司祭とユリウス司祭は、かつて王都近郊で共に学び合った旧知の仲らしい。その縁があってのことだった。

 生活の相談から研究の進め方まで、折に触れて助言をもらってきた。

 ユリウス司祭はいつも理知的で、誠実な物腰を崩さない。ルーシュにとっては、時に師であり、時に静かに見守ってくれる父のような存在でもあった。


***


 ルーシュたちと別れたあと、ユリウスはひとり、広場の石畳を歩いていた。

 空には一片の雲もなく、秋の陽光が澄み切った空気にきらめいている。季節が変わるこの頃になると、決まって思い出す手紙があった。


 ――ルーシュが神学校に入学した年の秋。

 ユリウスのもとに、一通の手紙が届いた。差出人は、地方教区に赴任していた旧友、グランツ・フェルナーだった。年に数度、近況を伝え合う程度のやりとりはあったが、その手紙はどこか空気が違っていた。

 ユリウスは封を開けたときの感触を、今でも覚えている。


  親愛なるユリウスへ


 少し時間が空いてしまいましたね。こちらでは麦の収穫も終盤に入り、冬の支度が始まりました。王都とは、ずいぶん違う空気でしょうね。

 さて、今日はひとつ、頼みがあって筆を取りました。

 この秋、私のもとで育った少年――ルーシュを、王都に送り出すことになりました。

 聡明で、心根の優しい子です。信仰と技術のどちらにも深く関心を持ち、何事にも真摯に向き合う姿勢には、年長者の私ですら学ばされることがあります。

 ただ、正直に言えば、王都に送り出すには少し不安もあるのです。

 学術技術院は私たちの時代と比べて、ずいぶん複雑になったとも聞いています。そして、彼には――本人も知らずにいる重さを背負わせてしまっているかもしれません。

 それでも、私の手を離れる以上、彼の歩みにほんの少しでも光を添えられる誰かに託したくて、あなたにお願いする次第です。

 何かが起きたとき、学びや研究だけでなく、彼自身の『身』についても見守っていただけたら幸いです。

 ……あの子は、おそらく口には出さないでしょう。けれど、時に自分の命を投げ打ってでも誰かの『正しさ』を選んでしまうようなところがあります。抑えきれない探求心と優しさを持っているからこそ、危うくもある。

 どうか、よろしく頼みます。

 また、あなたと杯を交わせる日を楽しみに。


 グランツ・フェルナー


 あれからずっと、ユリウスはできる限りルーシュのことを気にかけてきた。優秀で、誠実で、どこか儚げなものを宿した少年。時折、その瞳に影が差すのを見るたびに、ユリウスは自分が背負ってきた過去と重ねてしまうこともあった。

 しかし、あの手紙が、ただの親心だけで書かれたものとは思えなかった。

 ユリウスは目を伏せ、胸の内で静かに呟く。


(グランツ……君は一体、何を私に託そうとしたのだろうか)


 その答えを探すように、ユリウスは背後にそびえる研究棟を見上げた。

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