第51話 マスターの記憶 (番外編)

堕天したちの勝利から一週間後、世界は俺抜きで動き続けていた。

美姫と蒼は、再びアイドルの歯車の中に戻り、そのスケジュールは次のアルバムのためのインタビューやリハーサルで埋め尽くされていた。

焔には、今や本当に友達ができて、天文部で日々を過ごしていた。茜は…まあ、茜はジムで何かを壊しているに違いなかった。

数ヶ月ぶりに、俺は完全に自分だけの、訓練も魔法少女狩りもない一日を手に入れた。アパートは静かだった。静かすぎた。


テレビを見ようとしたが、美姫の顔がそこら中に映っており、彼女のCMが、静寂をより大きく感じさせた。本を読もうとしたが、文字がページの上を泳ぐだけだった。俺は落ち着かず、奇妙なエネルギーが皮膚の下でざわついていた。

気づけば、俺は歩いていた。目的地があったわけではない。ただ、見慣れた街の通りを、足が俺を運ぶに任せていた。

そして、俺は立ち止まった。この門を知っている。市の墓地だ。

ここに来るのは、一年以上ぶりだった。仕事を辞めた日、ついに偽ることを諦めたあの日以来だった。


俺の足は、まるで眠っていても歩けるかのように、慣れた道を辿っていった。灰色の、静かな石の列を通り過ぎ、大きな桜の木のそばにある、簡素な区画にたどり着く。

墓石に刻まれた名前は、「恵美」。俺の、妻だった。

俺はただ長い間そこに立っていた。墓地の静寂が、重い毛布のようにのしかかる。何を言えばいいのか、わからなかった。

「よう、恵美」俺はついに囁いた。その言葉は、小さく、無力に感じられた。「久しぶりだな」


俺はしゃがみ込み、桜の木のざらざらした幹に背中を預け、ただ、彼女の笑顔と、服から決して取れることのなかった、いまいましい病院の匂いを思い出すに任せた。

最期に、冷たくなった彼女の手を握っていた記憶と、その後に訪れた、押し潰されるような、えぐられたような空虚さを。

あの路地裏でゲムちゃんが俺を見つけた時、俺はそういう男だった。妻と共に、一度死んだ男の亡霊だった。

「なあ」俺は静かな石に語りかけた。「俺は…恵美、お前ならあの子たちに会いたがっただろうなって、思うんだ」

「千代子には、お前と同じ温かさがある。蒼は、面倒な奴だが、あの氷の下には良い心を持ってる。美姫は、負けん気の強い、小さな暴君だ。茜は、とんでもない奴だが、忠実だ。そして焔は…ただ、誰かが必要だったんだ」

「お前が、怖がりながらも、勇敢でいようとしていた頃を、少し思い出すよ」

俺は、ありえないことを説明しようと、幽霊に、記憶に、語りかけていた。


「俺は、新しい家族を見つけたんだ、恵美」俺は囁いた。その言葉が、喉に詰まる。一筋の涙が、ついに頬を伝って流れ落ちた。「そうするつもりはなかったんだ。ただ、そうなった。でも、それはお前を忘れたってことじゃない。お前を、少しも愛さなくなったってことじゃないんだ」

俺は手を伸ばし、胸の黒の宝玉に触れた。それは冷たく、静かだった。ここ数週間、俺に話しかけてきていない。ここでの奴の仕事は、終わったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

「こいつは…俺が壊れていたから、俺を選んだんだ」俺は続けた。「失うものが、何もなかったから。俺を利用できると思った。そして、実際にそうした。でも、俺も、こいつを利用したんだと思う」


俺は、少女たちのことを思った。俺は、ただ彼女たちを堕落させただけではなかった。俺は、彼女たちの痛み──俺自身を蝕んだのと同じ孤独を、見て取った。そして、俺は彼女たちに、出口を提示した。

俺が恵美の死後、決して得られなかったものを、彼女たちに与えたのだ。居場所を。戦い続ける理由を。

柔らかな風が、頭上の桜の木の葉を揺らした。

太陽が、顔に温かかった。

「俺は、幸せだよ、恵美」俺は言った。本物の、心からの笑顔が、ついに涙を突き破って現れた。「久しぶりに、本当に幸せなんだ。俺には、新しい人生がある」


俺は、長い間座っていたせいでこわばった脚で、立ち上がった。墓石の冷たい花崗岩に、手を置く。

「ありがとう」俺は囁いた。「全てに。お前のことは、決して忘れない。でも…俺が、もう一度生きる時が来たんだ」

俺は踵を返し、歩き去った。そして初めて、振り返らなかった。


墓地を出ると、スマホが震えた。千代子からのメッセージだった。

**助平な千代子:**

> マスター、どちらにいらっしゃるのですか? みんなが聞いていますわ。今夜は、あなたの好物のカツ丼を作っています。早く帰ってきてください。みんな、寂しがっていますわ。


俺は微笑んだ。深く、満ち足りた温かさが、胸に広がった。

「今、向かってる」俺は返信した。「家に、帰るよ」

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