第46話 スカイドームの決戦
ついに、その日が来た。俺は少女たちを、巨大で、崩れかけたコンクリートの塊であるスカイドーム・スタジアムへと連れて行った。開閉式の屋根は半分開いており、正午の眩い太陽の光が一本の筋となって、中の埃っぽいフィールドに差し込んでいる。空気は重く、よどんでいた。
彼女たちは、スタイリッシュなダークカラーのトレーニングウェアに身を包み、俺の前に立っていた。休息は十分で、集中しており、静かで危険なエネルギーをまとっていた。
「よし、俺が行けるのはここまでだ」俺は両腕を広げて言った。「いつものやつだ、お前たち」
一人、また一人と、彼女たちは前に進み出た。
茜のハグは、短く、力強いものだった。「MVPは、あたしだからね、マスター!」
美姫のハグは、自信に満ちた、余韻の残る抱擁で、ゆっくりとした、期待させるようなキスで締めくくられた。
蒼のハグは、形式的で、敬意に満ちていた。焔は、はにかんでいたが、驚くほど力強かった。
最後は千代子だった。彼女のハグは温かく、全てを包み込むようだった。「すぐに戻りますわ、愛しい人」彼女は囁き、俺に深くキスをした。
儀式を終えると、彼女たちは一斉に踵を返し、入口へと歩き始めた。振り返ることはなかった。
「堕天したち、変身」蒼の、冷静で、澄み切った声が命じた。
真紅、ピンク、藍色、銀色、そして紫。五色の闇が渦巻き、シンクロした五つの爆発と共に、彼女たちは魔法少女の姿へと変わった。それは息を呑むほど美しく、そして恐ろしい光景だった。結束した、 deadly な一部隊として、彼女たちはスタジアムへと歩み入り、影の中へと消えていった。
『駒は配置された』ゲムちゃんの声が、俺の心の中で響いた。『さて、観戦と行こう』
俺は、眼下のスタジアムがよく見える、小高い丘へと歩いた。「なあ、相棒。俺たちが出会ってから、もう数ヶ月経つな」俺は呟いた。「この後、お前はどうなるんだ?」
「…そうだな」ゲムちゃんは、珍しく思慮深い声で答えた。『イージスが破壊されれば、この街における我の主要な機能は完了する。通常であれば、我は移動し、新たな主を見つけ、再びサイクルを始めるだろう』奴は言葉を切った。
『しかし、貴様が築き上げたこの家族…それは新たな変数だ。さらなる研究に値する、な。あるいは、我が目的は、ただ火をつけるだけでなく、その炎がどう燃え広がるかを見届けることにあるのかもしれん』
「じゃあ、これでさよなら、ってことかもしれねえな」俺は言った。「お前の力を失ったからって、あの子たちが俺から離れていくわけじゃねえし」
「まあ、茜は仕返ししようとするかもしれねえがな」俺は肩をすくめ、戦いを観戦するために腰を下ろした。「もし俺たちが勝ったら、行く前にハグの一つでもしてもらわねえとな、ゲムちゃん」
『…貴様の肉体的接触への執着は、不可解な性格的欠陥だな』ゲムちゃんは、まるでため息をつくように言った。『貴様の報酬については、勝利が確定した後に議論するとしよう』
眼下では、五つの眩い白光が、フィールドの中央に現れた。
光のイージスが到着したのだ。輝く白と金の鎧に身を包み、まるで正義の女神のようだった。
「ほう、影が光の下へと這い出てきたか」ヴァルキリーの声が、スタジアム中に轟いた。「我はヴァルキリー。今すぐ降伏せよ。さすれば、速やかなる終焉を与えてやろう」
「我々は、堕天したち」蒼の声が、大声ではないが同じくらい鋭く、空気を切り裂いた。「そして我々は、貴様らに解放を授けに来た」
戦いは、爆発的に始まった。茜と焔は、真紅と銀色の残像と化した。ゴーレムが、その身体を硬い花崗岩へと変え、正面から二人を迎え撃つ。
茜の拳がゴーレムの石の腕に激突し、耳をつんざくような轟音を立てて地面が揺れた。同時に、焔が即座にゴーレムの足を重力井戸に捕らえた。
同じ瞬間、シルフが一陣の風となって消え、千代子を狙う。だがそこには蒼がいた。純粋な虚無の壁が、シルフの風の刃をいとも簡単に飲み込んだ。
しかし、本当の戦いは、精神的な前線で始まった。美姫が歌い始めたのだ。その声は、絶望ではなく、疑念を誘う、繊細で、魅惑的なメロディーだった。
「その犠牲に価値はあるの?」彼女は歌った。「その正義は、本当に純粋なの?」
ヴァルキリーが一瞬、よろめいた。彼女の隣にいた神託者が、目を閉じる。「見える…あまりに多くの未来が…罠…いや、決闘…奴らの動機は…不明…」
「蒼の作戦は完璧に機能してるな」俺はにやりと笑って言った。「ゲムちゃん、お前のお気に入りは誰だ?」
『奴らは作戦を九十四パーセントの効率で実行している』ゲムちゃんは、質問をはぐらかして答えた。『奴らのシナジーは、最適化されている』
眼下では、戦いが美しく、混沌とした舞踏のように荒れ狂っている。
茜は、容赦ない自然の力そのものだ。彼女の一撃一撃が地面を揺らし、ゴーレムを完全な防御態勢に追い込んでいる。焔は完璧な支援を行い、その重力場でゴーレムのバランスを巧みに崩し、茜の攻撃のための隙を作り出していた。
暗殺者であるシルフは、蒼によって完全に無力化されていた。彼女が側面から、あるいは新たな角度から攻撃しようとするたびに、虚無の盾がそこにあった。蒼はシルフを、直接的で、実りのない対決へと強制していた。
真の戦いは、中央で続いていた。ヴァルキリーは突撃し、チームを率いようとしていたが、彼女は美姫の歌の網に捕らえられていた。
疑念が、彼女の魂に染み込んでいく。彼女の攻撃は強力だが、焦点が定まっていない。「この毒は何だ!?」ヴァルキリーは叫んだ。「正義は絶対だ! 犠牲は崇高だ!」
「本当に?」美姫は歌い返した。「それとも、それはただ光があなたにそう告げているだけなのではなくて? あなたが、光が作り上げた檻の中にいることに気づかないように?」
その時、千代子が動いた。彼女は攻撃しなかった。ゴーレムのひび割れた石の肌を必死に癒そうとしているピクシーに向かって、穏やかに歩み寄ったのだ。
「無理をしすぎていますわ」千代子は優しく言った。「あなたの力は美しいけれど、あなた自身の生命力を削っている。手伝わせて」
温かい、紫色のオーラが彼女の手から差し伸べられた。純粋で、無条件の癒やしの申し出。ピクシーは混乱し、後ずさった。
神託者が、頭を抱える。「見えない! 奴らは助け…そして害している…奴らの未来は暗くない…自由だ…」
神託者は、壊れた。そして、彼女の導きなくして、光のイージスは盲目となった。
「マジかよ、千代子」俺は呟いた。「戦いの最中に敵を癒やすとはな。後でケツを叩いてやる必要があるかもな。この角度から見ると、ケツもそそるしな」俺はごくりと唾を飲んだ。
『奴の行動は戦術的に理に適っている』ゲムちゃんが告げた。『最小限のエネルギー消費で、敵陣に最大限の混乱を生み出し、士気を低下させた。懲罰的措置は保留することを推奨する、主よ』
千代子の賭けは、功を奏した。ピクシーが躊躇した。ヴァルキリーは、チームのヒーラーに接近されているのを見て、怒りに咆哮した。「その子から離れろ、魔女め!」彼女は美姫を捨て置き、突撃した。
だが、焔は準備ができていた。「絶対領域」巨大な重力場の球体が、ヴァルキリーの周りに揺らめきながら出現し、彼女をその場で完全に停止させた。
彼女の槍は、見えない壁に当たって砕け散った。彼女は、捕らえられた。
リーダーが捕らえられ、イージスは崩壊した。ゴーレムが彼女を助けようと突撃したが、茜はその隙を見逃さなかった。「どこにも行かせないよ! クリムゾン・オーバードライブ!」
彼女は、ゴーレムの岩の鎧の脆い亀裂を狙って、一撃の、壊滅的なパンチを放った。鎧は砕け散り、中から意識を失った女性が姿を現した。
シルフが逃げようとする。「ヴォイド・ロック」純粋な闇の檻が、彼女の周りで音を立てて閉じた。
残るはピクシーだけだった。千代子が歩み寄り、優しくその肩に手を置いた。「終わりですわ」
ピクシーは千代子の優しい目を見て、次に捕らえられたヴァルキリーを、そして意識を失った友人たちを見た。
彼女は小さなワンドを落とし、その肩は敗北にうなだれた。彼女は、降伏した。
戦いは、終わった。堕天したちが、勝利したのだ。
「へっ、思ったより早かったな」俺は立ち上がり、勝利の祝宴の準備のために家路につこうとしながら言った。「もっと強いかと思ってたぜ。何か、足枷でもあったのかもな?」
だが俺が踵を返した瞬間、背筋に悪寒が走った。「おい、ゲムちゃん…お前、あいつが見えてなかっただろ?」
『ありえん…』ゲムちゃんが、俺の心の中で燃え上がった。純粋な、根源的な警報の閃光だった。『霊的気配は皆無…完全な死角…』
俺は顔を上げた。数フィート先に、一秒前にはいなかった少女が立っていた。
彼女は短く、無造作な黒髪で、驚くほど知的で、真紅の瞳をしていた。シンプルな黒のパーカーにジーンズを履いている。何のオーラも、目に見える力もない。完全に普通に見える。
それなのに、彼女の周りの静寂は、絶対的なものだった。
彼女は俺を通り越し、眼下のスタジアムを見下ろした。そこでは、俺の少女たちが敗北した敵の手当てをしている。その表情は、穏やかな好奇心に満ちていた。
そして彼女の視線が移り、俺に注がれた。その赤い瞳は、俺を、俺の肉体を、俺の思考を通り越し、俺の胸にある宝玉を、まっすぐに見つめているようだった。
「へえ」彼女は、穏やかで、何気ない声で言った。「あんたが、今回の騒ぎの元凶ってわけね。そしてあんたが、汚染源か。ずっと、探してたんだよ」
彼女が一歩、前に踏み出した。純粋な、概念的な力の、計り知れない、押し潰すような圧力が、俺に襲いかかった。
「逃げろ!」ゲムちゃんの声が、俺の魂で絶叫した。「主よ、逃げるのだ! あれは魔法少女ではない! あれは異常存在! パラドックスだ! 奴は──」
俺の頭の中の声は、消え去ったのではなかった。まるで削除されたかのように、ぷつりと途絶えた。
俺の常に傍にいた、古く、強力な存在は消え去り、代わりに突然の、耳をつんざくような静寂が訪れた。
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