第7話 アイドルとアーティスト
午後四時の数分前に、俺はスタジオに着いた。そこは、あの薄汚いカラオケボックスとは別世界の、清潔でミニマルなビルの中にあった。壁には、完璧に磨き上げられた笑顔のアイドルグループのポスターが貼られている。
「響子さんと約束があるんだが」俺は気だるげな受付にそう告げた。
彼女はキーを数回叩く。「Bスタジオです。廊下の突き当たり、右手になります」
俺が踵を返すと、正面のドアが開き、俺の二人の少女が入ってきた。
美姫は、アイドルの卵にぴったりの、可愛らしいフリルのついた服を着て、興奮したエネルギーでほとんど震えているかのようだ。彼女は俺を見つけると、部屋中を照らすかのような眩しい笑顔を浮かべた。
「マスター!」美姫は囁きながら、俺の腕に駆け寄って掴んだ。「すっごく興奮して、爆発しちゃいそうです!」
蒼は、シンプルでエレガントな濃紺のドレスに身を包み、冷静なプロフェッショナリズムを体現していた。彼女は俺に、敬意を込めて軽く会釈する。その顔は、落ち着き払った完璧な仮面だった。
「マスター」蒼は穏やかに言った。「準備はできております」
俺は彼女たちを廊下の先にあるBスタジオへと導いた。中では、唇に火のついた煙草をぶら下げ、不機嫌極まりない表情の女が、小さなテーブルについていた。響子だ。彼女は長く一服吸い込むと、溢れかえった灰皿に煙草を押し付けて揉み消し、唸るように言った。
「来たわね。時間の無駄にしないで。どっちが先?」
「美姫、お前からだ」俺は椅子に腰かけながら言った。
「二人ともソロ志望だ」俺は響子に告げた。「お前が決めろ。一人選ぶか、誰も選ばないか、あるいは両方か」
俺は少女たちにウィンクする。「緊張するな。噛みついたりはしないさ…たぶんな」
響子の目が細められる。美姫がフロアの中央に進み出ると、彼女の緊張したエネルギーは、一点に集中した、眩いカリスマへと溶けていった。
「青山美姫です! 歌うのは『初めての恋』、振り付けも自分で考えました!」
彼女はUSBメモリを響子に手渡した。響子はうんざりしたため息と共に、それをノートパソコンに差し込む。甘く、ありきたりなポップバラードが流れ始めた。
だが、美姫が歌い始めた瞬間、部屋の空気が変わった。
彼女の声は完璧だった。技術的に優れているだけでなく、人を惹きつけてやまない、ほとんど不自然なほどの感情が込められていた。それは才能以上のもので、彼女の闇の魔法が作用していたのだ。
恋について歌う時、彼女は初恋の感情、強迫的なまでの思慕を、響子の皮肉に満ちた心に直接投影していた。彼女のダンスはキレがあり、滑らかで、完全に魅惑的だった。
曲が終わり、美姫は息を呑むような最後のポーズを決めた。部屋に、沈黙が降りた。
響子はただ呆然と見つめていた。唇に運びかけていた煙草は、完全に忘れ去られている。彼女の顔に常にあった不機嫌な表情は消え、ただただ驚愕したような、信じられないという顔つきに変わっていた。
彼女はこの業界に二十年いる。こんなものは、一度も見たことがなかった。
「マジかよ…」響子が囁いた。
美姫が勝利感に頬を染めながら俺の隣に戻ってくるのを見て、俺はくすりと笑った。俺は彼女の頭を撫でる。「まあまあ、だったな」
「アンタ。次。今すぐ」響子は我に返ると、震える指を蒼に向けて、吠えるように言った。
蒼は穏やかに頷いた。彼女は部屋の中央へと歩み出る。その存在感は冷たく、威厳に満ちていた。
「田中蒼です」彼女は述べた。「オリジナル曲を、アカペラで披露します」
その大胆さに、響子は疑わしげに片眉を上げた。蒼は一つ息を吸い、そして歌い始めた。
彼女から放たれた音は、息を呑むほどだった。物悲しく、心に残るメロディーが、深い思慕の念と、背筋が凍るような力の底流と共に、部屋を満たした。
美姫の歌が甘い感情の注入だとしたら、蒼の歌は遅効性の毒だった。彼女の闇の力は、異なる形で現れた。歌いながら、彼女はこの部屋にある野心、スターを渇望する響子の執念、美姫の歓喜、そして俺自身の満足感さえも、巧みに引き寄せた。彼女はそれら全てを、己の声を通して再び一点に集中させた。それは、絶対的な歌唱による支配の誇示だった。
彼女が歌い終えた時、沈黙は以前にも増して重くなっていた。
響子はゆっくりと椅子の背にもたれかかった。彼女は美姫の眩いばかりの商業的魅力と、蒼の生々しい芸術的な力とを見比べた。そして俺を見た。その表情は、不信と、怒りと、そして危険なほど尊敬に近い何かが混じり合っていた。
「一体どこで、こいつらを見つけてきたのよ」彼女は尋ねた。それは質問ではなかった。降伏宣言だった。
「道端でな」俺は肩をすくめて言った。「で、取るのか、取らないのか?」
響子は、けたたましい笑い声を上げた。「取る? 馬鹿言ってんじゃないわよ。ただ『取る』だけじゃない。契約するのよ。専属で。二人とも、ソロ契約で」
「トレーニングは明日の朝から。ボイトレ、ダンス、メディア対応、全部よ。こいつらは…とんでもない逸材だ」
彼女は美姫を指差した。「アンタは顔。商業的な大ヒット確実よ。半年もすれば、市内のトークショーもビルボードも、アンタで埋め尽くしてやる」
次に蒼を指す。「そしてアンタはアーティスト。批評家のお気に入り。賞レースを総なめにして、コンサートホールを満員にしてやるわ」
彼女の視線が、俺に突き刺さった。「契約書は今夜中に用意する。サインさせなさい。私のために、これをしくじるんじゃないわよ、博人。これは、デカい話なんだから」
『成功だな』ゲムちゃんの声が、冷たく、満足げに俺の頭の中に響いた。『奴らの地位は確保された。奴らの名声、ひいてはその力は増大するだろう。第一段階は完了した。さて、第二段階だ』
俺たちが事務所を出て、ドアが閉まった瞬間、美姫は甲高い歓声を上げ、俺の腕に飛びついた。
「マスター! 信じられません! ソロ契約ですって! 私がずっと夢見てた、全てですわ!」
蒼はもっと落ち着いていたが、その瞳には深い満足感が宿っているのが見えた。「あなたの導きは完璧でした、マスター。このご恩は忘れません」
「お祝いに夕飯の時間だ」俺は言った。「俺のおごりだ。今夜は、これから狩りがあるからな」
彼女たちの勝利に沸く雰囲気は即座に引き締まり、その表情はアイドルの顔から兵士の顔へと切り替わった。
「狩り、ですの?」蒼が尋ねた。
「おぉ、誰ですの?」美姫の目が輝いた。「強い相手ですの?」
俺は彼女たちを、静かなラーメン屋に連れて行った。麺をすすりながら、彼女たちから発せられるエネルギーを感じることができた。彼女たちは感情的に高揚し、自信に満ち溢れている。完璧だ!
「ターゲットは星皇女だ」俺は切り出した。「強そうだな。お前みたいな新人じゃなく」俺はそう言って、美姫の頬をつまんだ。「お前みたいな世間知らずでもない、と。蒼さんよ」俺はクスクス笑いながら、彼女の額を軽く弾いた。「そいつについて説明しろ、ゲムちゃん。プライドの高そうなガキみたいな名前だな」
美姫がクスクス笑う。蒼はびくっと震え、頬を微かに赤らめた。
「魔法星皇女…」蒼は真剣な口調で言った。「存じております。誰もが知っている存在です。彼女は、怪物ですわ。誰も彼女の強さについていけないため、一人で戦っていると」
「わあ、怖そう。それに、かっこいいですわね!」美姫が付け加えた。
宝玉の声が、冷たく、明瞭に現れた。
『奴の性格に対する貴様の評価は、あながち間違いではない。分析結果を待て』
冷たく、澄み切った情報の波が、ぞっとするほどの精度で整理され、俺の脳内に流れ込んできた。背筋を、氷が滑り落ちるような感覚だった。
サイコスキャン完了
ターゲット:魔法少女星皇女 (Star Empress)
本名:
最も深い秘密: 焔の絶大な力は、彼女を完全に孤立させている。友人、家族はいない。十六歳で力が覚醒した際、その力で家族全員を死なせてしまった。彼女が傲慢で孤高を装うのは、身を裂くような孤独と、いつか再び自らの力が暴走するのではないかという、根深い恐怖を隠すためである。
最も利己的な欲望: 真の絆を切望している。自分を恐れず、対等な存在として隣に立ち、内なる荒れ狂う天の炎を制御するのを手伝ってくれる誰かを。彼女が渇望しているのは、相棒であって、おまけではない。
『奴の力は宇宙的な性質を持つ』データがまだ頭の中で鳴り響く中、ゲムちゃんの声が続いた。『奴は純粋な恒星エネルギーを操る。奴は、大差をつけて、この街で最も強力な魔法少女だ』
『直接対決は賢明ではない。奴の傲慢さと、対等な存在への根深い渇望が、奴の主要な脆弱性だ。我々は奴を力で打ち負かすのではない。奴が最も望むものを約束することで、誘惑するのだ』
「なるほどな」俺はラーメンの代金を払いながら言った。「じゃあ、そいつに友達を探しに行ってやろうぜ」俺はニヤリと笑う。「この子には、茜の性格が合いそうだな」
俺はすぐにダークルビーにメッセージを送った。「急いで来い、茜。お前に遊び相手を見つけてやったぞ」
「茜が着いたら、行動開始だ」
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