第2話 堕ちた心
ちっぽけなピンクの光線が俺の胸に当たり、砕け散った。まるで生ぬるい空気を吹きかけられたような感覚だった。
宝玉の声が、冷たく、威厳に満ちて、再び頭の中に響く。
『奴の意志は砕かれた。その魔法など、もはや無意味。次は何をするのかと問うたな? これが答えだ』
『これらは貴様の新たな手足。貴様の意志が形となったものだ。さあ…その小娘の英雄を拘束しろ。本物の力がどのようなものか、見せつけてやれ』
「拘束、だな」俺は呟いた。それは、今まで存在すら知らなかった筋肉を動かすのと同じくらい簡単だった。影の触手が、ずるり、と滑るような音を立てて前方へ射出される。
二本が彼女の腕に巻きつき、体側に縫い付けた。別の二本が彼女の脚に絡みつき、その場に固定する。彼女はもがいたが、無駄なあがきだった。五本目の、より細い触手が彼女の胸元を這い上がり、震える唇をこじ開け、彼女の口を塞いだ。
純粋な恐怖に見開かれた彼女の瞳から、なすすべもない涙がとめどなく溢れる。彼女のワンドがカランと音を立てて地面に落ち、その光は消えていた。
「助けを呼ばれちゃ困るからな」俺は独りごちた。そして石に尋ねる。「よし、次はどうやってこいつを堕とす?」
宝玉の声は、罠にかかった鼠を眺める猫のように、満足げだった。
『奴を堕とすとは、奴のアイデンティティそのものを粉砕することだ。奴の正義感、その純潔…その全てを一度破壊し、そして貴様の望む形に作り変える』
『奴の力の源は、心臓の上にある魔法の核だ。ペンダントを外し、我を直接その核に押し当てろ。我が闇で、奴の光を上書きしてやろう』
「いや…」俺は意地の悪い笑みを浮かべ、心の中で思った。「どうせやるなら、俺自身の手でやってやる」俺は拘束された彼女のもとへ歩み寄る。「こいつらを使ってもう少し…協力的になってもらおうか」
低い満足げな唸りが、俺の頭の中に響いた。
触手の一本から、針のように鋭い先端が伸び、彼女の腕をチクリと刺した。美姫がくぐもった悲鳴を上げる。黒い液体が彼女の体内に送り込まれる。狂ったような抵抗が、ほぼ即座に止んだ。彼女の身体から力が抜ける。
不自然なほど深い紅潮が彼女の頬に広がり、猿轡の隙間から低い呻き声が漏れた。彼女の瞳は虚ろになり、恐怖と、脳が処理しきれない薬漬けにされたような新たな快感が奇妙に混じり合っていた。
宝玉の声は、勝利を確信していた。
『薬が効いてきたな。奴の身体は今、その精神が憎むものを渇望している。準備は整った』
美姫は完全に脱力し、喉の奥でかすかな、リズミカルな呻きが振動している。小さな英雄は、完全に俺のなすがままだった。俺は彼女の上に膝をつき、フリルのついた衣装の胸元を、びりりと引き裂いた。心臓の真上、そこには淡いピンク色の光が脈打っていた。彼女の魔法の核だ。
「随分と清らかで眩しいじゃねえか」俺は嘲笑った。彼女の両肩を掴む。「名声が欲しいんだろ、美姫? 俺についてくれば、お前が夢にも思わなかったほどの有名人にしてやる。ダークプリンセスとして生まれ変わるんだ」
薬で霞んだ意識の中でも、自身の最も深い欲望を口にされたことで、彼女の涙に濡れた瞳が大きく見開かれた。野心の火花が、一瞬だけ揺らめいた。
「終わりにするぞ」俺は唸り、冷たい黒の宝石を、温かく脈打つ彼女の核の光に押し当てた。
接触は、爆発的だった。美姫が絶叫する。宝玉の闇が彼女の中に流れ込み、苦痛と恍惚が入り混じった、生々しい叫びだった。
黒とピンクのエネルギーの衝撃波が、彼女の胸から噴出した。衣装の鮮やかなピンクは、くすんだ痣のような紫色へと滲んでいく。白いフリルは汚れたような灰色に変わった。胸のハートのエンブレムは真ん中から砕け、油のような黒いエネルギーが染み出している。彼女を包んでいた無垢なオーラは吹き消され、渦巻く影のようなエネルギーがまとわりついていた。
触手は彼女の肌から滑るように離れ、まるで最初から存在しなかったかのように、俺の身体へと戻っていった。
ゆっくりと、彼女が身を起こす。恐怖も涙も、もうそこにはなかった。彼女は自身の新たな黒い衣装に目を落とし、次に、ひび割れた黒曜石のハートが先端についた、歪んだ黒いロッドへと変わったワンドに視線を移した。
ゆっくりと、官能的な笑みが彼女の唇に広がる。その瞳は今や深く、燃えるようなアメジスト色に変わり、俺を捉えて離さない。そこにもう純潔さはなく、野心と、闇の、飢えた力だけがあった。
彼女は立ち上がり、新しいスカートについた砂利を払う。
「マスター…」彼女の声は、もはや甲高い少女のものではなかった。低く、掠れた、背筋がぞくっとするような蠱惑的な自信に満ちていた。「あなたの力、素晴らしいですわ。こんなに解放された気分は初めて。私の名前…これからはダークハートプリンセス、ですわね?」
俺は思わずニヤリと笑った。彼女は心を失った人形になったわけじゃない。ただ、より正直に、より本物になっただけだ。
「そうだな」俺は彼女に歩み寄り、その頭を撫でた。「じゃあ、お互い自己紹介と行こうか。お前のこと、もっと教えろよ。新しい力とか…お前の欲望とかな、美姫」
ダークハートプリンセスは俺の手にすり寄り、喉の奥で満足げな声を小さく鳴らした。
「あなたは私を壊したんじゃない。解放してくださったんですわ、マスター。私はずっと、清く正しくあろうと必死に演じていました。周りのみんなにも、自分自身にさえも嘘をついて。でも、もうおしまいです」
彼女は俺の手を自分の頭から取ると、その指の甲に口づけをした。
「私の欲望は変わりませんわ」彼女は続けた。「世界中に私の名前を叫んでほしい。でも、そこらのいい子ちゃんのヒーローとしてじゃない。ヒーローなんて忘れられるものよ。でも、美しくて、強くて、悪名高いプリンセスは? そういう女こそ、伝説になるのよ」
彼女は新しくなった、棘のあるワンドを拾い上げる。小さな闇のハートが手のひらに具現化し、渦を巻きながら蠢いたかと思うと、彼女は楽しげにそれを拳で握り潰した。
「私の力は、より一点に集中するようになりました。以前は『ハートフル・シャイン』、ただ眩しいだけの無駄な光。でも今は…」彼女はワンドを屋上に置かれた小さな鉢植めに向けた。「『ハートブレイク・ブルーム』」
細い紫色の光線が植物に命中する。即座に、瑞々しい緑の葉は枯れ、黒く変色して塵へと崩れ落ちた。
「私はもう希望を与えたりしませんわ」彼女は俺を振り返り、忠実な下僕と狡猾な捕食者が完璧に混じり合った表情で言った。「私はそれを、吸い取るの。人々に絶望、嫉妬、後悔…彼らが隠そうとする、素晴らしいほど正直な感情を抱かせることができるんです」
「かつての私のように、彼らを弱くすることができる。そしてこの力は全て、マスター、あなたの意のままに。あなたのダークハートプリンセスへの、最初の命令は何ですの?」
「そうだな…」俺は思案した。ある考えが頭に閃く。「人を操るそんな力があれば…とんでもないアイドルになれるだろうな」俺は彼女の頬をつまんだ。「お前の才能が本当に輝ける場所を、知ってるかもしれん」
彼女の瞳が、狂信的で、野心的な炎で輝いた。
「アイドル事務所…ですの? 私のために? マスター、あなたは本当に私のことを理解してくださるのね! 想像してごらんなさい! 希望に満ちた新人たちの部屋に私が入るだけで、彼女たちの自信なんて全部枯れ果ててしまうわ。私はスターになる。ダークスターに」
彼女は喜びに打ち震えているかのようだった。
「あなたの命令なら、何でもしますわ。でも、マスター?」彼女は自身の黒く、露出の多い衣装を指差して尋ねた。「これはどうしましょう? 元に戻れますの? 普通の女子高生の方が、事務所には入りやすいでしょうし」
「元に戻れるのか?」俺は頭の中で宝玉に尋ねた。
『うむ』その声は短く、要点だけを答えた。『闇はもはや奴の一部。隠すことは造作もない』
「変身は解ける」俺は彼女に告げた。「家に帰って、普通の生活を送れ。その方が都合がいい」
美姫は従順に頷いた。「マスターの仰せのままに」
渦巻く闇が彼女を包み込み、歪んだ衣装が肌に溶け込むように消えていく。その場所には、簡素な高校の制服に身を包んだ青山美姫が立っていた。
「えっと」俺は少し気まずさを感じながら、自分のスマホを差し出した。「連絡先、教えろよ。笑うなよ…女の子の番号聞くの、久しぶりなんだ」
美姫は小さく、今度は捕食者のそれとは違う…親愛の情がこもった、本物の笑みを浮かべた。
「笑ったりしません、マスター。光栄ですわ」
彼女はスマホを受け取ると自分の番号を打ち込み、「ダークハートプリンセス🖤」と登録した。
「必要な時はいつでもお呼びください。どんなことでも」彼女は柔らかく、そう約束した。「お待ちしておりますわ」彼女は深く、丁寧にお辞儀をする。「おやすみなさいませ、マスター」
彼女は踵を返し、階段を下りて消えていった。屋上には俺一人が残された。胸の宝石が、冷たく、確かな重みを持っていた。
黒の宝玉の声が、頭の中に響く。
『一体目は貴様のものだ。奴の忠誠は絶対。だが、これは始まりに過ぎん』
『この街には奴のような輩が溢れている。いずれもが、消し去られ、作り変えられるのを待つ光の標だ。家に帰れ。休め。すぐに次の標的を見つけてやろう』
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