親子再生の旅

第1話

 半年が経ち、動画の登録数が5本になった頃、初めてコメントが入ってきた。


『前略 Go!Go!オヤジ様。お願いがあります。Xでダイレクトメールをお送りしました』


 私の動画チャンネルには、リンク先としてX(旧ツイッター)のアカウントを貼り付けてある。

 これは、動画を始めるに当たって宣伝用に開設したもので、ときどき旅の途中経過や配信予告などを掲載している。偉そうにXなどと言っているが、動画配信を始めるに当たって読んだガイド本で初めて知ったものだ。

 しかし、自分の動画に反応があったことは素直に嬉しかった。私は、急いでXのダイレクトメールを開いてみた。


『前略Go!Go!オヤジ様。たいへん厚かましいお願いで恐縮ですが、旅の途中で四国にある私の家の様子を見て来て頂けませんでしょうか。私は88歳の年寄りです。自転車で転んで歩くこともままならなくなったため、現在は大阪の老人ホームで暮らし、もう2年半の間、妻と住んだ吉野川の家に帰っておりません。初めは、息子がちょくちょく連れて行ってくれると言っていたのですが、いざここに入ると1回も連れて行ってくれませんし、誰も会いにも来てくれません。そこで、オヤジ様に私の家へ行っていただき、家の状況等を撮影し、動画で配信して頂けたらと考えた次第です』


 メールで更に詳細を聞くと、現在住んでいるところは大阪で、家は徳島県吉野川市にあるということらしい。

 88歳で動画を見たり、メールを打ったりできるものかと不審に思ったが、どうやら施設のパソコンから世話係の人に送信してもらっているようだった。

 今までのところ、北は日光、南は伊勢神宮が最も遠いところだったので、大阪、徳島方面はとても魅力的だ。

 しかもこの旅には、孤独な老人を励ますという大義がある。

 早速、妻にメールを見せると、

「いつから行くの?」

「何日間行くの?」

「初日の朝と最終日の夕飯は要るの?」

 と、いつもの3つの質問が返ってきた。

 これをもって妻の了解が得られたものとみなし、早速、コースの選定に取りかかった。


 大阪の依頼者のところにはなるべく約束の時間帯に着きたいので、予定の立つ高速道路で行くことにした。

 依頼者に会った後は徳島の家で奥さんに会い、あとは気ままに下道で四国一周でもしようと考えた。

 出発日については、今回の依頼者は高齢だから早い方が良いと考え、来週の月曜日にスタートすることにした。

 私の旅は月曜日スタートが多い。平日だと朝晩の通勤渋滞はあるものの、その他の時間帯は空いているし、何より観光客による混雑を避けられる。

 連絡を入れると、依頼者はとても喜んでいた。

 何だか、最初の趣旨と違って来たが、私としては、理由はともあれ旅に行ければそれで良い。

 出発日の午前4時、車に乗り込み、助手席に設置したビデオカメラの録画スイッチをONにした。

 カメラはハンディータイプのビデオカメラだが、電源を車のシガーソケットから取り、録画媒体には容量の大きなSDカードを使っているため、最大で24時間程度の連続録画が可能となっている。

 もちろん助手席から切り離すこともでき、手持ちで撮影したり、取った動画を宿泊場所でパソコンに移して保存、編集作業をすることもできる。

 ほとんどこのカメラ1台で足りているが、ほかに帽子や体に装着できるウェラブルカメラもあり、こちらは車を降りて歩きながら撮影するときなどに使用する。

 家電量販店の店員に勧められて買ったのだが、隠し撮りをしているようで、今のところ使う機会は少ない。

 また、これらが調子悪い場合には、応急の措置として、車につけてあるドライブレコーダーやスマホを使うこともできる。


 家を出ると15分ほど下道を走り、高速道路に乗った。

 その後は、午後3時前後の大阪到着を目指し、首都高、東名高速、名神高速と、淡々と走り続けた。

 途中、大きな渋滞もなく進み、依頼者の施設に着いたのは、午後2時45分だった。


 職員の指示に従いロビーで待っていると、丸刈りの痩せた男性が車椅子でやって来た。

「初めまして、城平しろひらです」

 挨拶をすると、男性は私の右手を両手で包みながら、

「ありがとうございます」

 と繰り返した。目には涙が溢れている。

「あんたみたいな親切な人がおるんやけん、世の中もまだまだ捨てたもんやないねえ」

「いえいえ、そんな。単なる道楽ですから」

 男性の耳が遠いので大きな声で会話をしていると、ロビーにいた他の老人たちが集まってきて、代わる代わる私の手を握って来た。

 半数は健常者だが、あとの半数は認知症気味の老人だった。

 依頼者の男性は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。下半身こそ弱っているが、意識ははっきりしているようだ。

「ほんま、厚かましいお願いなんやけど……」

「何でしょう?」

「これです……」

 男性は、高さ30センチくらいのコケシを差し出した。

「妻はコケシが好きなんです。よくお土産に買って帰ったんです。これ持って行って、家と一緒に映してもらえたら嬉しいんやけど。どうでしょう?」

「えっ?」

 私は一瞬躊躇した。

 これを預かって無事に奥さんに届けられれば良いが、何かのすれ違いでそれが叶わなかった場合、またここに返しに来なくてはならない。

「うーん」

 どうしようかと迷ったが、大勢の老人たちから期待の眼差しで見つめられると嫌とは言えなくなった。

「良いでしょう。お預かりします」

 男性は、嬉しそうに両手でコケシを差し出した。


 神戸から明石大橋、鳴門大橋を渡り、今日の宿泊場所である鳴門市内のホテルに着いたのは午後8時を回っていた。

 チェックイン後、途中のコンビニで買って来た弁当を食べると、疲れのせいですぐに眠ってしまった。

 すぐに朝になり、ホテル内のレストランで朝食を摂って午前8時前に出発した。

 せっかく鳴門まで来たのだから魚介類でも食べたいところだが、コケシの特命が気になって、そんな気持ちにはなれない。さっさと済ませ、今夜のお楽しみにしようと思った。


 教わった住所付近には午前10時ころ到着した。

 依頼者は赤い瓦の家と言っていたが、車の中からは屋根は見えない。車から降りて歩けば良いかもしれないが、周辺はほとんど人が歩いていない。よそ者の厳ついオヤジが一人で歩く姿を想像すると、かなり胡散臭い絵になる。

 ナビで探すと駐在所が見つかった。こういう時には駐在さんに聞くのが一番早い。いざというときは、元同業者だと言えば多少の無理もく場合がある。

 ナビの指示にしたがって駐在所に着いたが、留守のようだ。

 呼び鈴のボタンを押すと、少し間を置いて奥さんらしき女性が出てきた。

「すみません。この住所の家を探しているんですが。施設に入っているこの家のご主人から、奥さんと家の状況を見て来てくれと言われまして」

 言いながら、依頼者が書いた手紙を差し出した。

 奥さんは一旦奥に引っ込んで調べて来てくれた。

 しかし、家はあったものの居住者の名前が違う。

 そこに、バイクで巡査部長の階級章をつけた警察官が帰ってきた。

 頭を下げ事情を話すと、何か心当たりがあるのか、すぐに簿冊を持ってきた。

「依頼された方の名前は何といいます?」

「はあ、中田良夫さんです。これが手紙ですが……」

 依頼者が書いた手紙を渡すと、警察官は読む前に苦笑いをした。

「えーと、はいはい、そうですね。過去の巡回連絡票の字と同じだ。でも、この方、おうちを売り払って、今は大阪の施設に入ってるって聞きましたけど」

「えっ、ご存じなんですか?」

「ええ、まあ、私のところにもよく電話が掛かってきますから。家を見て来てくれとか、息子がどうとか。でも、奥さんについては聞いたことないな」

「えっ、奥さんに渡してくれって言って、お土産まで預かってるんですが」

「うーん、そりゃあ、ちょっと怪しいな」

「と申しますと?」

「88歳ですからボケが入ってるかもですね。この辺は高齢者ばっかりで、認知症の方もたくさんいますんで」

「ああ、でも昨日会って話したんですけど、けっこう普通でしたが……」

「そうですか、じゃあ、その方にもう一度電話で確認してみてはいかがですか」 

「そのファイルに、大阪の息子さんの電話番号とか書いてないですか?」

「ああ、緊急連絡先ならありますね。これが息子さんなのかな。こちらにかけてみるのも良いかもしれませんね」

「分かりました。ありがとうございました」      

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