第2話 危機一髪

崖から転がり落ちた後、時代に溶け込むため、私は死んだ男の衣服を着替えた。この時代において異様な服装は目立つ危険信号だ。たとえ衣服が男の汗臭さや血の匂いで満ちていても、もはや気にする余裕はなかった。


崖の上から俯瞰した時、森の右側に小川が流れているのを確認していた。この時代、輸送や水利が未発達なため、城外に住む住民は川や小渓流の近くに住居を構える傾向がある。そこに住むのは農民、漁師、あるいは鍛冶屋などの職人たちだ。彼らは職業的特性や階級的特質から、都市の商人や住人よりも信頼でき、弱者への共感度も自然と高い。もちろんこれは現実世界に基づく私の推測で、異世界がどうかは別問題だ。


都市を避けるもう一つの理由は、あの二人の鎧兵が確実に城に戻って報告しているからだ。教会に報告するか管理者に報告するかは、彼らが教会兵か護衛兵かによる。


しかし今の私には選択の余地がない。高空からの落下による後遺症がじわりと現れ始め、全身が痛みだした。早急に助けを求めなければ。


だが、助けを求めるにしても、負傷理由をどう説明するかが問題だ。二人の鎧兵と斧男に捕まりそうになり、男を肉盾にして崖から転落したなどと言えば、まさに自殺行為だ。


男の斧を見て、ひらめいた。森で薪を取りに来た際、猛獣に襲われ、格闘の末に斜面から転落した――これなら、落下時の枝や岩による擦り傷や打撲痕、衣服の血痕も説明がつく。衣服の血の面積が大きい点は不自然だが、今の私に考え得る最善の説明だ。


異世界の森では、猛獣や細菌以外にも危険が潜んでいる。森の原住民――エルフやドワーフ、そして最凶のゴブリンだ。人間の組織力と動物の野蛮さを併せ持つ生物だ。


この世界にそれらが存在するかはわからない。だが現実世界のファンタジー作品を考慮すれば、可能性として考えねばならない。生存の法則――未知は即ち危険だ。


真の異世界は小説や映画の描写とは違う。あれは単なる理想郷への願望に過ぎない。異世界転移は本質的には中南米の密入国者と変わらない。受動的か能動的かの違いだけだ。決して「負け組の逆転劇」などではない。異世界はもう一つの現実だ。そんなに甘くはない。


森の中、斧を引きずり、小枝を数本持ちながら、ゆっくりと歩くこと約30分。ようやく小川が見えてきた。川のほとりには小さな丸太小屋が建っており、左側には開墾された菜園、右側には水車小屋がある。水車小屋から3メートルほど離れた所に木橋が架かっていた。


私は木橋に向かって歩き出した。小屋に近づくにつれ、向こう側から力強い薪割りの音が聞こえてくる。


「家主は薪割りをしているのだろう」


橋を渡り終えた時、ようやく小屋の主人の姿が見えた。私の存在を感じたのか、主人はきょろきょろと辺りを見回した。橋の上でよろめく私の姿を目にすると、作業の手を止めてじっと見つめてきた。


私は慌てて立ち止まり、耳と喉を指さしながら「あ、あは」と声を出して首を振った。斧を地面に置き、持っていた小枝を掲げ、自分の血まみれの衣服や傷を指さし、猛獣に襲われる様子を身振りで表現した。


主人は私の拙いパントマイムを観察し、当初の険しい表情から少し和らいだものの、依然として疑いの色は消えなかった。私が不自由な足取りで近づき、適当な距離で止まると、そっと斧を地面に置き、小枝を差し出しながら、お腹と口を指さして物乞いの仕草をした。


「ナンザネンノニ? ゼ――ゼ――」

主人はそう呟きながら首を振り、小屋の中へ消えた。


その言葉、特に「ゼ――」という響きは、現実世界で「まあなんてことだ、ちぇっ」と言う時のような、からかいや驚きを含んでいるように感じた。


30秒ほどして主人は戻ってくると、塊茎のようなものとベリー類を外のベンチに置き、割りかけの薪を指さした。薪割りの労働と引き換えに食料を与えるという意味だ。私は激しく頷き、薪を割る意思を示した。


主人はさらに後ろの水車小屋を指さし、私を指した。そこが私の寝場所だという合図だ。用事を伝えると、主人はドアを閉めて屋内へ戻っていった。


主人の姿が見えなくなると、私はベンチに駆け寄り、食物を貪るように口に放り込んだ。塊茎は涼薯や大根に似た根菜で、名前はわからない。米や小麦のような気候に左右されやすい作物に比べ、この手の根菜は収量が多く、栽培が容易で安価なため、異世界の庶民の主食なのだろう。


塊茎は水分が多く、少し粉っぽい。でんぷん質が多そうだ。ベリーは干しブドウやブルーベリーのような酸味があり、食欲をそそる。この時代の貧しい環境で、主人は食にこだわりを持っているようだ。


食事を終えると、斧を手に取り、数本の薪を割った。その後、水車小屋へ向かう。ドアを開けると、乾いた草の匂いが鼻を突いた。薄暗い室内で、干し草が敷かれ木板が置かれた場所を見つけ、そこに横たわった。


外のせせらぎと、全身の痛み、そして深い疲労感が混ざり合い、私は眠りに落ちた。


こうして、私の異世界での生存が真に始まったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る