魔獣召喚

 飛散した血がエルクリッドの顔に触れながら時がゆっくり流れていく。

 腹を貫かれたタラゼドの姿、それをしたヴァルゴの姿、そうなるであろうと予想しカードを切ったアルダの姿、その三つが導く答えにエルクリッドが身体を震わせながら名前を叫ぶ。


「タラゼドさん!」


 立ち上がろうとするが上手く立てずに倒れてしまい、自分の傷からさらに血が流れながら出会ってからのタラゼドとのやり取りが脳裏をよぎる。

 いつも見守ってくれていた人、さり気なく助言をしてくれて、怪我を治してくれて、自ら戦う事よりも自分達を信じてくれていた人。そんな彼が自分の為に戦い、そして、腹から腕が抜かれそうになるのを掴みまだ目に光を宿していた。


「生命の雫を依り代とし、我が命ずるは紅の裁き……!」


「まずいな……スペル発動スペルガード!」


「遅い、です!」


 アルダがスペルガードを使った時にはヴァルゴも彼の前へと引き下がったが、代わりにタラゼドを貫いた左腕が千切れており、血溜まりから伸びた幾千ものトゲがそれを成したのだと察しつつアルダの左腕全体から血が飛ぶ。


 タラゼドも止まらずに貫かれた腹の事など気にする様子もなく振り返り、口から血を吐きながらも魔力を滾らせしゃがみこんで自らの血溜まりに触れ、さらに攻めへ転じる。


「供物を捧げ我は命ずる、黑の詩を響かせ契約を結び我が敵の生命を穿け……!」


 腹のヴァルゴの腕を引き抜き血が吹き出しながらもそれを放り投げ、それが膨張し破裂すると共にいくつもの目を持つ血の竜が現れアルダとヴァルゴに向かって牙を剥く。

 これに対してヴァルゴは全身に力を入れて身体を膨張させ、倍の大きさへ変わりながら角や肘にトゲを生やし姿を変えて右手一本で血の竜を掴み引きちぎっていくが、遅れた一匹が腕に巻きつき喉元へ食らいついた。


 だがそれで怯まずに逆に血の竜に噛み付いて食いちぎり、力技で魔法を打ち破るとここでタラゼドもその場に倒れエルクリッドが彼を抱きかかえる。


「タラゼドさん! 今、あたしが……」


 カードを抜こうとした手をタラゼドが掴むと、刹那、展開されていた黒の牢獄が溶けるように消えていき、それがタラゼドがいつの間にか解術を行っていたものとアルダが気づくと大したものだと言葉を漏らす。


「世界最高峰の魔法使いがいるという話は聞いていたが、確かにその通りだ……我が竜魔人ヴァルゴをここまで追い詰めたのはリスナー以外ではお前が初めてだタラゼド」


 血を吐き身体が冷たくなりながらもタラゼドは立ち上がろうとし、エルクリッドの前に手を出しアルダに意思を示す。その姿は鬼気迫るものがありヴァルゴも微かな手の震えを感じ戦慄するも逆に高揚感を覚え、力を入れて筋肉で止血をするとゆっくり前へ進み始める。


「エルクリッドさんは逃げてください、ここは、わたくしが」


「駄目ですそんな……そんなこと……」


「クロスから頼まれていたのは三つあります。あなたの成長を見守ること、あなたの監視……そしてもしもの時は守り抜くと、今がその時なのです、ですから……」


 タラゼドが死ぬ覚悟をしているのをエルクリッドは悟る。そしてその為に命を落とす事も、今の自分に何もできないのだと。


 かつて母と故郷を失った記憶が蘇る、かつて育った場所と親友と恩師が失われた記憶が蘇る。二度とあんな思いはしたくないと誓った、なのに今、また同じように守られようとしている、自分の為に、誰かが死へ向かっている。


(嫌……嫌……あたしのせいでまた誰か死ぬ……そんなのって……!)


 潤むエルクリッドの瞳が細くなっていく。強い悲しみが心を染めていき、黒の光がカード入れを包み込み彼女の髪色を黒へと変えていく。


 その気配を察したタラゼドが振り返った時にエルクリッドは立ち上がりゆっくり一歩、また一歩と進み出ると手を強く握り締めながら心を染める悲しみを怒りの色へ変え、黒い風と共に魔力を滾らせヴァルゴの足を止めさせる。


(傷ついて尚これだけの魔力……だがアセスは既にいない)


「エルクリッドさん、下がってください。わたくしは……」


 エルクリッドの中の火の夢の力の覚醒にタラゼドが制止を促そうとすると、大丈夫、と返した彼女の言葉はいつも通り快活で、普段の彼女のものと気づく。


「あたしがあなたを守る。もう誰も傷つけさせはしない……あたしの力は、そのためにあればいい……!」


 エルクリッドが言い切ると共に右手で何かを叩き何かが割れる音が響く。それが、エルクリッドの右手が触れた何もない空間を叩き、そこを起点にヒビが走るという奇妙な現象と気づきタラゼドはそれを予感する。


「エルクリッドさん、まさかあなたは……」


「今、思い出せた……お母さんの最後の言葉……あたしが心から願った時に守ってくれる存在の事……その言葉も」


 エルクリッドが思い出すのは母スバルが命を落とす前に伝えた二つの言葉。その一つの言葉を思い返しながらエルクリッドが空間のひび割れから漆黒のカードを引き抜き、優しくそのカードに口づけしその言葉を唱えた。


「仄暗き深淵より頭を上げ、星に祈りを捧げよ……おいで、ローレライ……!」


 エルクリッドの背後で何かが泳ぐように姿を一瞬見せ、やがて砕け散る漆黒のカードからあふれる白い煙が床を覆うと彼女の背後よりぬうっとそれは現れる。


 半透明な身体の中から薄っすらと明滅する光を放ち、いくつものヒレのようなものを生やす蛇のような魔物の姿。目や鱗はなく粘液のようなもので身体は覆われ、ゆっくりと裂けるように開く口に歯もなく、異形そのものと呼べる巨体をしならせエルクリッドとタラゼドを守るようにとぐろを巻く。


「これは……魔獣……エルクリッドさんの……」


「大丈夫タラゼドさん、あたしがあなたを守る……霊術スペル発動、エルトゥ・ルースト……」


 カード入れより引き抜かれたカードが発動され、一瞬何もないように感じたが突然アルダは脱力感を覚えヴァルゴも同様に片膝をつく。

 それがカードに体力を吸われているという事を察し、さらにそれがタラゼドへと還元されて彼の傷を癒やし傷を治すと理解すると、目覚めたエルクリッドの力にアルダは思考を巡らせる。


(ネビュラが言っていたな。魔獣はエルフが概念を固定化させて呼び出せると……ローレライとかいう魔獣はエルクリッド自身のもの、つまりそれだけ火の夢エルドリックの力も目覚めているという事か)


(アルダよ、引き際を考えるならば今だが……力を調べるのか?)


(お前が龍化する前までは調べておきたい、頼めるか)


 御意と返しながらヴァルゴはローレライに向かう姿勢を取り、ローレライもまたゆっくり頭を下げてタラゼドの匂いを嗅ぐような仕草をし、エルクリッドがその頭を撫でながら大丈夫だよと伝え身体を寄せる。


「ローレライ……あたしはこの人を守りたいの、だからね、あいつらを殺して?」


 答えるように身体の中の光を点滅させたローレライが頭を上げてヴァルゴとアルダに頭を向ける。


 エルクリッドが力を制御している、とはタラゼドは思わなかった。変わり果ててしまった彼女の姿に胸を痛めつつ、守られる側となった己の力不足を悔いながら。



NEXT……

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