第3話 下級神官見習い

 大神殿の正門が開き神官が現れると、私達受験生は中に入って行った。


 これから下級神官見習いの試験が始まるのだと、アリソンは気合を入れ直した。


 何と言ってもここで合格しないと、ガイア様のお世話ができなくなってしまうのだ。


 正門から中に入ると、そこに受付があり係の人から木札を渡された。


 その木札には26という受験番号が書かれてあった。


 木札を持った私は、連れて行かれた部屋の中で自分の名前が書けるか基本的な受け答えが出来るかの簡単な試験を受けさせられた。


 それが終わると、今度は中庭に集合となった。



 中庭にはテーブルが2つ離れた場所に置いてあり、片方には木箱が置いてあった。


 そこで始まったのは、テーブルの上にある木箱を少しはなれば場所にあるテーブルまで運ぶという体力試験だった。


 まあ、アマハヴァーラ教の神具は別として、椅子やテーブルを運ぶ会場設定とか老齢や体の不自由な巡礼者の介助とか、贈り物の受け取りとかあるので基礎体力は必要とは思うわよ。


 だけど、この木箱結構重いんだけど。


 なんとか息を切らせながらも運び終えると、既に両腕はぷるぷる震え膝はかくかくになっていた。


 だが、休憩する暇もなく次の試験が始まっていた。


 それは神具の模型を手に拭き掃除の試験だった。


 粗忽者に大切な神具を壊されたら大変だと言うのは分かるけど、分かるけど、これを本気で試験にするなんてどんな宗教なのよ。


 それが終わると、今度は立ち姿と歩く時の姿勢を厳しく見られた。


 この宗教は、そんなに見た目が重要なの?


 どうせ見習いなんて下働きしかしないんだから、そんなものは下級神官になると時でいいんじゃないの?


 目の前で何も言わずに物凄く睨みつけて来る神官の前で、立ったり歩いたりを繰り返していると試験は終わった。


 そしてしばらく待っていると、私の受験番号が呼ばれた。


 番号を呼ばれた私達は係員に先導されて別の部屋に移動させられると、そこでは

 アマハヴァーラ教の神官服を着た女性が待っていた。


「私はメラニー・シーモアだ。これからお前達の最終試験を行う」


 そう言った試験官は、質問するでもなく、私達に何かをさせる事も無くじっと私達を検分していった。


 私には当然ながら犯罪歴は無く年齢も応募条件に合致しているので、落とされるとしたらこの下級神官のお眼鏡にかなわなかったという事だろう。


「5番、8番、13番、ああ、それと26番は合格だ」

「「「はい、ありがとうございます」」」


 どうやら私はお眼鏡にかなったようね。


 私が「ふぅ」とため息をつくと、朝絡んできた金髪少女が目の前にいた。


「ふん、貴女も合格したのね」


 それは私が絶対落ちると思っていたようで、ちょっと意外そうな声色を含んでいた。


 合格者が集められた部屋で待っていると、先ほどの試験官がやってきた。


「皆さん、合格おめでとう。今日から3日の間に大神殿にある寮に引っ越してきなさい。それからこれは下級神官見習いの神官服です。この服が大神殿への通行証にもなりますから、忘れずに着用してくるのですよ」


 そう言ってテーブルの上に神官服を積み上げていった。


 私達は端の席から順番に席を立つと、試験官の前に積み上げられた神官服を受け取った。


 その服は灰色をしていて、袖やフードの縁は無地だった。

 

 アマハヴァーラ教を示す神官服は白色で、フードの縁や袖に施す刺繍糸の色で階級を表している。


 金色の刺繍を施した太線が大神官、銀色刺繍が特級神官、青色の2本線が上級神官、同じく青色の1本線が上級神官補佐、灰色の1本線が下級神官だ。


 そしてまだ神官になっていない見習いに階級は無いので、階級を示す刺繍糸が無い灰色の神官服を着る事になるのだ。


 まあ、ネズミのようにあちこちに現れては雑用を熟すので、ある意味ぴったりな色よね。


 私達が神官服を受け取って席に戻ると、試験官がにっこり微笑んだ。


「改めて皆さん、合格おめでとう」


 それを聞いた受験生の間から、歓声が沸き上がった。


 すると受験前に絡んできた金髪少女が、また私の元にやって来た。


「ちょっと貴女、どんな手を使ったのか知らないけど、私の同期生になったんだから、足を引っ張るような真似はしないでよね」


 そう言えばこの子には取り巻きが居たはずだけど、ここに姿が見えないという事はどうやら落ちてしまったようね。


 だからと言って、私の事を貴女の新しい取り巻き候補にはしないでよね。


 私はにっこり微笑んだ。


「ええ、そんな事はしないわ」



 合格の証である神官服を手に大神殿から出ると、めったに来ないアンスリウムの中心地に居るので、せっかくだからお祖母ちゃんの好物でもある干し肉を買って帰ろうとマルシェに寄ってみた。


 荷物になるからと灰色の下級神官見習いの神官服を着ていると、マルシェの店主達の口調もいくらか丁寧になっているのに気が付いた。


「おじさん、この干し肉ちょうだい」

「あ、はい、ありがとうございます」


 そしてウィルミントン銅貨1枚分の干し肉を購入すると、お祖母ちゃんが待っている家に帰る事にした。


 神都はアマハヴァーラ教の町ということもあり、アリソンの下級神官見習いの灰色の神官服でも、町の人達からは一定の敬意をもって見られていた。


 家に帰ると、早速お祖母ちゃんに合格した事を報告した。


「お祖母ちゃん、私受かったわよ」


 そう言って灰色の下級神官見習いの神官服を見せた。


「まあ、流石はアリソンね。私も調力師の仕事が引き継げでとても嬉しいわ。それじゃあ、今晩はご馳走にしなくちゃね」

「うん、それでマルシェで干し肉を買ってきたよ」


 今日は、野菜と根菜だけのスープに干し肉が入った少し豪華な夕食になった。


 お祖母ちゃんは夕食の時に、神獣であるガイア様の神力だまりが大神殿のどのあたりにあるのかとか、調力のやり方などを色々教えてくれた。



 翌朝、灰色の神官服を着ると、着替えが入った袋を手に大神殿に向かった。


 玄関前で見送ってくれるお祖母ちゃんに手を振ると、今度は近所のおばちゃん達に歓迎された。


「まあ、アリソンちゃん、下級神官見習いになったのね。がんばってね」

「はい、ありがとうございます」

「たまには帰って来れるのでしょう?」

「はい、休暇申請は出来るようです」


 そんな挨拶をする中、家で1人きりになるお祖母ちゃんの事を考えて、ご近所のおばちゃん達に少しだけ気にかけてもらえるようにお願いした。


 そして大神殿に到着すると、他の合格者の姿もちらほら見えていた。


 その中に私に絡んできたあの金髪少女がいた。


 そして何とか気付かれないように空気になっていたつもりだが、やっぱりというか視線が合ってしまった。


 すると私の元にちょっと息を切らせながらやってきた。


「今日からは同期生なんだから、私の名前を教えてあげるわ。私はパティ・ラッセルよ」


 そう自己紹介されたら、こちらも礼を返さなければならなかった。


「私はアリソンです。これからよろしくお願いします」


 一族の名前もあるが、ここはアマハヴァーラ教の本拠地だから絶対に名乗れないのだ。


 私の名前を聞いたパティは、自分が上だと思ったようで、「ふうん」というとそのまま離れて行った。


 まあ、親しくなるつもりは無いから、顔見知り程度でも問題はなさそうよね。


 受付で寮の部屋番号を教えてもらいその部屋の前で立ち止まりノックをすると、既に部屋には住人がいるようで返事が返ってきた。


 私は扉を開けて中にいる人に挨拶をした。


「初めまして、アリソンと言います。これからよろしくお願いします」


 そして下げた頭を上げると、そこにはあの金髪が居た。


「何だかそんな気がしたわ。一応言っておくわね。これからよろしく」


 4人部屋の同居人は、あのパティのほか、ロミーとリナという女の子だった。


 同室の3人はロミーが赤毛、パティは金髪そしてリナは茶髪でバラバラだったが、皆同じ青い瞳をしていたので、ほんのちょっぴり疎外感を覚えた。


 私が空いているベッドの上に着替えを置くと、パティがじっと睨んできた。


「貴女は補欠合格のようね。私の足を引っ張らないでよ」


 この時から私は、パティに目をつけられたようだ。


 同室のパティは、とても可愛らしい外見をしているのだが、ひとたび口を開くとなかなか嫌味な言葉がマシンガンのように飛び出してくるちょっと困った子だった。


「ええ、分かっているわ」

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